case.2 四条美鈴 中編

「ふー。ちょっと早く来すぎたか?」

四条姉妹に会った週末

早速、美晴ちゃんからのお誘いを受けて

最初に彼女と会った

朝の公園で彼女たちを待っていた。


「おにいちゃん!!」ダキ

「おっと、

 元気そうだな。美晴ちゃん」ナデナデ

そんな俺の背中に

美晴ちゃんは抱きついてくる。

流石に軽いので俺はびくともしない。


「美晴!先輩に抱きつかないで。

 先輩、重ね重ねすみません。

 急なお誘いで来て貰ったのにこんな…」

謝りながらこちらにくる姉の美鈴。

前回会ったときと違い、

化粧をしてお洒落をしている。

前回つけていたガーゼも取れているので

無事怪我も治ったのだろう。


「気にしなくていいぞ。美鈴。

 それよりもそんな暗い顔しないで

 今日は楽しく遊ばないか?」

「は、はい」

彼女は人の顔色を伺いすぎだ。

こんなんじゃ、人生疲れるだけだ。


「おにいちゃん!あそんで、あそんで」ギュー

「ほら、たかいたかい」バッ

「おおーー!たかい!!」キャッキャッ

美晴ちゃんはすごく楽しんでいるようだ。


身長が高くて初めてよかったと思ったわ。


「おにいちゃん!もっともっと」

「おう、いいぞ。美晴ちゃんは元気だな」

「この子、人見知りでこんなに楽しそうに      

 しているのはすごく珍しいんですよ」

「そうなのか?」

「ええ…」

今も楽しそうに俺にたかいたかいを

されている美晴ちゃんを見て意外に思う。

しかし、それよりも何か羨ましいそうに

見ている美鈴の方が気になった。


「美鈴にもやってあげようか?」

「な、何言ってるんですか!?

 ダメです!そんな恥ずかしいこと…//」

美鈴もされたいのかと思って聞いたが

どうやら、違ったようだ。


とんだ勘違い野郎だな俺。


「私には彼氏がいるんです!

 そう簡単に彼氏以外には触らせません。」

「それはすまなかったな。」

彼女は顔を赤くして怒りながら体を隠す。


それにしても

美鈴は彼氏持ちだったのか。

顔とスタイルはそこそこいいが

少し暗い性格をしているので意外だった。


「大丈夫です。分かっていますから。

 私のことを笑わせるために

 からかっただけですよね。」

「あ、ああ…」

本気で勘違いしていたのだが、

向こうがそう思ってるなら乗っておこう。


「お兄ちゃん!お姉ちゃん!こっち来て」

「今いくぞ。美晴ちゃん」

「美晴。あんまり離れてはぐれちゃ駄目よ。」

丁度いいタイミングで

美晴ちゃんに呼ばれたことにより

気まずい雰囲気を誤魔化すことができた。




ーーーーーーーー



「わたし、ハンバーグがいい!!」

「先輩、いいんですか?

 自分たちの分なら払いますよ。」

「美晴ちゃんに誘って貰って遊べたんだ。

 ここの支払いぐらい安いもんだ。

 それに俺に先輩らしいことをさせてくれ。」


あの後、遊び疲れた俺たちは

俺のおごりという形でファミレスに来た。

奢るのに関しては

バイトをしているが金を使う趣味がないので

余っているから問題ない。



「あ、ありがとうございます。」

「気にするな。

 じゃあ、俺はドリアにしようかな

 美鈴は何にする?」

「私はカルボナーラで」

「分かった。

 すみません。注文いいですか?」

注文が決まり、店員を呼ぶ。


特に問題なく注文を頼み。

料理が来るまで雑談をすることになった。


「おにいちゃんってかれしいるの?」

「彼氏はいないかな。彼女もいないけど」

「美晴!なに聞いてるの!?」

彼氏がいると聞かれるとは…

多様性の時代を感じる。

まあ、子供の言い間違いだけどな。


「先輩って、彼女いないんですね。

 色々と慣れているので意外でした。」

「まあ、そんなもんだよ。

 それに恋愛なんてめんどくさいしな。」

「そうですよね…」

彼氏持ちとは思えないことを口にする。

もしかしたら、

彼氏と上手くいっていないのかもしれない。


ま、俺には関係ないけどな。


「じゃあ、

 わたしのかれしになっておにいちゃん。」

「み、美晴!?」

「大きくなっても変わらなかったらな」ナデナデ

「わーい!」

「お義姉さんもよろしくな」

「先輩も何を言ってるんですか!」


美晴ちゃんの結婚発言に

あわてふためく美鈴をからかいながら

俺たちは昼食をいただくのだった。







「ふぁ、おにいちゃんのひざ、きもちいい。」

昼食を食べた後、公園に戻ったのだが

美晴ちゃんはお腹一杯で眠くなり

ベンチに座る俺の膝の上で眠そうにしている。


「先輩。私、飲み物でも買ってきます。」

「あぁ、分かった

 これで好きなの買ってきな。」スッ

「お昼も奢って貰ったのに申し訳ないです…」

「気にするな。可愛い後輩とその妹のためだ」

「か、可愛いって…///

 失礼します!!」ダッ

お札を受け取らずに急いで離れて行った。

彼氏持ちをからかいすぎたかもしれない。

悪いな。美鈴と心の中で反省する。


「おねぇちゃん。たのしそう」

「美晴ちゃんが楽しんでるからな。」

「ちがう。

 けいたくんといるとき、

 おねぇちゃんはいつもかなしそう。」


けいたくん?


美晴ちゃんの口から出てきた謎の単語。


「美晴ちゃん。

 そのけいたくんって誰だ?」

「けいたくんはおねぇちゃんのかれし。

 だけど、いつもおねえちゃんを

 いじめるからわたしきらい。」

「そうなのか。

 美鈴をいじめる悪いやつなのか。」

「うん…」

悲しそうな顔をしている美晴ちゃん。


なんとなく、美鈴の話を聞いてて思っていたが

美鈴と彼氏の関係は上手くいってないのか…


しかし、美晴ちゃんの意見で決めつけるのも…




「おねがい、おにいちゃん!!

 おねえちゃんをたすけて…」ウルウル

美晴ちゃんは俺に涙目で助けを求める。


随分と信用されたものだ。

頼られること自体は俺も嬉しい。


しかし、


「ごめんな。美晴ちゃん…

 俺にはどうすることもできないんだ。」

「そんな…」

絶望したような顔をする美晴ちゃん。


残念ながら俺に

彼女たちの関係に踏み込むことはできない。

これに関しては、彼女たちの問題だ。

部外者である俺が

首を突っ込むわけにはいかない。


「やだ!いやいや!」

「そう言われてもなぁ」

美晴ちゃんのイヤイヤに俺は困り果てる。


どうしよう…


「おねがい!おにいちゃん。

 わたしをすきにしていいから!」


本当にどうするべきか…



…?



は?



「美晴ちゃん、何を言ってるんだ?」

「おねえちゃんのことたすけてくれたら、

 わたしのことすきにしていいから」 

4歳の少女が

姉を助けるために俺に体を売ろうとしてる。


いや、事案だろ。


「どこでそんなこと覚えたんだ?」

「ひるどら」

うん!子供が見るもんじゃねえなそれ。

テレビ局もそんなドラマ流すなよ


「おにいちゃん…わたしほんきだよ」ギュ

そう言って彼女は俺の腰に抱きついてくる。



あー…


女の子にここまで言わせたんだ。

ここで動かないのは男として情けないよな。


「分かったよ。美鈴を助けてやる。」

「ほんと!」キラキラ

嬉しそうに顔を上げて

こちらを見てくる美晴ちゃん。


「ただし、約束は忘れるなよ。」

「うん。おにいちゃん、ゆびきりしよう!」

「おう。」

そうして、あの時と同じように

小指を絡ませ約束をする。


これは約束だ。

俺が美鈴の事情に首を突っこむ為の…


「ゆびきった!ふわぁ…」

約束ができたことにより

気が抜けたのかあくびをする美晴ちゃん。

目もしょぼしょぼしてて眠そうだ。


「俺の膝で寝てていいからな」ナデナデ

「うぅん…」

午前中も遊びまくってたからな。

美晴ちゃんは心地良さそうに寝ている。


「出てきていいぞ。美鈴」

「気づいていたんですね。」

近くの木の陰に隠れていた美鈴が出てくる。

いつからいたのかは俺も分からない。


「美晴に酷いことをするつもりですか?」

「そんなことはしない。

 なんなら、君とも約束するぞ。」

「大丈夫です。

 今日1日、先輩と過ごして

 信頼できるって分かりましたから。」

「なんのことだ?」

「今さらとぼけても意味ないですよ。」

意味ないのは分かってたけど、

少しはカッコつけさせてくれよ。


「そろそろ、話して貰ってもいいか?」

「はい…」

返事をすると彼女は俺の隣に座る。

お喋りの時間は終わりで

ここからは話し合いの時間だ。


美晴ちゃんとの約束を守るためだ。

なんとかしてやる。


「私、啓大っていう幼なじみがいるんです。」

「美晴ちゃんに聞いたわ。彼氏なんだろ」

「はい、そうです。

 私が小学生の時からずっと一緒で

 去年、どちらが告白したとかでは

 ありませんが付き合うことになりました。」

「美晴ちゃんがいつも美鈴をいじめてると

 言っていたけどそこはどうなんだ?」

確かにに美鈴には彼氏がいるらしい。

しかも、小学校の頃からの付き合いだ。

情愛もかなりあるように思える。


それなら、

美晴ちゃんの言っていたことと話が会わない。

二人は好き合って付き合ったはず。

なのにいじめているという話になるのはなぜ?


「いじめ…ですか。

 啓大は私のことを

 別に苛めているわけではありません。

 美晴の勘違いです。」

「そうか…なら、この話は終わりだな。」


いじめられているのではないなら、

助ける必要はない。

美晴ちゃんとの約束も無効だ。


これでめでたしめでたしー


「啓大は私を良くしようとしてるんです。

 お前はどんくさいから余計なことするなとか

 バカ女なんだから勉強しても無駄だって

 駄目な私の為に言ってくれるんです。」

「…」

彼女は何一つ俺には理解できないことを言う。


これはまだ終わりとはいかないみたいだ。

俺は彼女の話を黙って聞くことにした。


「たまに躾と言って手も出してきます。

 覚えが悪いから体で覚えなきゃ駄目だって、

 私が悪いんだからしょうがないですよね。

 全部私が悪いんですよ。」


躾という名の暴力か。

前回会ったときにつけていたガーゼも…


「…そんなことはー」


「そんなことあるんですよ。

 彼が全て正しいのです。

 彼が正しいのだとしたら

 悪いのは私です。

 そんな私を治そうとしてくれるんです。

 彼が私を愛してないとできないことです。」


「愛か…」


俺には理解できない感情だ。

その俺ですら間違っているような気がする。

それほど彼女の愛はおかしく感じた。


「そうです。愛です。

 私たちは愛し合っているのです。

 だから、先輩に助けて

 貰わなくても大丈夫です。

 だから、私のことは気にせず

 先輩は美晴と遊んであげてください。」

そう言って、美鈴は笑顔で俺を見る。

その笑顔はなにも感じない。

空っぽに見える。


おそらく、彼女は壊れてしまったのだろう。

彼氏に自分のことを否定され、

恋人関係で縛られ、体のいいストレスの

捌け口にでもされたのだろう。



これが恋人関係か…くだらない。



俺はロマンチストではないが

こんな関係を恋人関係と言いたくはない。

吐き気がする。



「美鈴…

 俺は君に聞きたいことが2つある。」

「なんですか?」


だから、俺は彼女に聞く。


「君はその関係を続けたいのか?」

「分かりません。

 啓大が続けたいと言っているなら

 続けなきゃいけないですね。」


質問の答えは想像通りだ。

彼女に自分の意思はない。

彼氏に言われないと答えを出せないのだろう。


「そうか。」

「はい、それが一番いいんです。」

「じゃあ、美鈴はそれで幸せなのか?」

「…っ」

俺の質問に彼女は言葉を詰まらせる。


「君はその啓大ってやつと一緒に居て

 幸せなのかって聞いてるんだ。」

「それは啓大が…」

「啓大は関係ない。

 君自身がどう思っているか聞いてるんだ。」

「私が…」


俺は彼氏という逃げ道を塞ぐ。

今の彼女にはきついだろうが仕方がない。


「そうだ。答えられないか」

「…」コクリ

彼女は答えられない。

答えが分からないといった方が正確だろう。

判断する材料がないのだから。


「なら、今日俺や美晴ちゃんと

 一緒に居て楽しかったか?」

「そ、それは」

「楽しくないなら楽しくないでいい。

 君の本音を教えてくれ。」

「わ、私は…」


簡単なことだ。

判断材料がないのなら判断材料を作ればいい。


「俺は二人と遊んで本当に楽しかった。

 また、遊びたいと思えるほどな。

 美鈴は違うのか?」


「…った」


「ごめん。聞こえない」


「楽しかった…」


とても小さい声だった。

しかし、ようやく彼女の本音が聞けた。


「普段、啓大がいるから

 おとなしくしている美晴が年相応に

 遊んでる姿が見れて嬉しかった。

 先輩と遊ぶのも何もかも新鮮だった。

 啓大のことをなにも考えないで

 美晴と先輩と遊べて楽しかった!!」


一度、本音を吐き出すと

どんどん彼女の感情が爆発していく。


「じゃあ、彼氏といるのはどうなんだ?」

「それは…」

彼女は言葉に詰まる。

彼氏に遠慮しているのだろう。


「言ってみろ。

 ここにいるのは

 俺と寝てる美晴ちゃんだけだ。」


「嫌だ!!

 啓大に暴言を吐かれるのも

 暴力を振るわれるのも

 みんなみんな!全部嫌だ!!」


彼女の気持ちは俺には分からない。

だけど、今の彼女の悲哀に満ちた表情で

辛いことは良く分かる。


「私だって大切に愛されたいし

 誰よりも優しくされたい!」

「そうだな。その権利はみんなにある。

 美鈴もに生きればいい。」

「自分の好きなように?」

価値観と同じだ。

人のことを制限する権利は本来、誰にもない。

誰もが自由に生きていいのだ。


「ああ、好きなようにだ。

 今、美鈴はどうしてほしい?」


ここからは彼女の意思次第だ。



「あ…ああ…助けて…せんぱい…」

震えた声で彼女は呟く。

まだだ、もう少しだ。

もう少しで彼女の本音が聞ける。



「先輩!私を…私を助けてください!」ドサ


俺の肩に泣きながら抱き着いてくる美鈴。



言ってくれた。

俺が待っていた言葉を言ってくれた。


「ああ、任せておけ」ギュ

「せんぱい…ぅう…せんぱい!!」

安心させるように優しく言いながら、

彼女のことを片手で抱き続けた。





「んん…先輩」

少し経つと泣き疲れたのか

そのまま、眠りについてしまった。



「ゆっくりお休み。美鈴」


穏やかに眠る彼女を見ながら,

俺は今後について考えるのだった。








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