幕間1 束縛

「ーーということがあったんだ」

俺が美鈴と関係を持った次の日、

お昼を食べながら

美鈴との出来事を玲に説明する。


美鈴と間にあったことは

玲にも無関係なことではない。

だからこそ、 

俺は玲に全てを話すことにした。


「そうか…

 そんなことよりも、君の弁当は美味しいな。

 卵焼きは砂糖派なのが君っぽくていい。」

「そんなことって!

 あんたのことで…っんん!」

「少し落ち着きなよ。君らしくない。

 落ち着いてお昼でも食べようじゃないか。」

食って掛かろうとした俺だったが、

口に卵焼きを突っ込まれ、黙らされる。


なんで、落ち着いていられるんだ

動画を公開されて一番困るのはお前なんだぞ


「前に言っただろう。

 別に私は君との関係をバレても構わない。

 だから、脅しなどどうでもいい。」

「なんでだよ!

 あんたのこれからの人生を

 左右するかもしれない出来事なんだぞ。」

「ふふ、やっぱり君は優しいね。

 どうせ、受験期の私を心配してるんだろ?」

彼女は俺のことを嘲笑うように笑う。


「君は今までの努力が台無しになるから

 私が悲しむとでも思っているのだろう。」

彼女は俺が言いたいことを全て当てた。


当たり前だ。

玲は高校3年生で重要な時期だ。

俺なんかのせいで

今まで頑張ってきた彼女の努力を

水の泡にするわけにはいかない。


「違うのか…?」

「違うな。」

俺の質問に玲は即答をする。


なんで即答できるんだよ…


「私にとって、

 他者の評価など今さらどうでもいい。

 それより大切なモノができたからね。」

「大切なモノ?」


彼女にとって大切なモノ?

一体それは何なんだ?


「君のことだよ。翔」ギュ

そう言って俺に抱きついてくる玲。

 

俺のこと?



「私にとって一番大切なのは君なんだよ。

 君がいれば他になにも要らない。」

「そんな価値は俺にはない!」

「それは私が決めることだ。

 君といえども否定されたくないね。」

彼女ははっきりとした強い口調で言ってくる。


「私は君といるときだけ、

 全てをさらけ出すことができるんだ。

 こんなことができるのも君にだけだ。」シュル

俺に顔を近づけながら服を脱ぎはじめる玲。


彼女は今から俺と始めるつもりだ。

学校であるのにも関わらず…


「分かった!!

 玲が言っていることは分かったから。

 だから、学校でこういうのはやめてくれ!」

俺は慌てて彼女の手を掴み、

服を脱ごうとするのをギリギリで止める。


「ふふ、このまま私を組伏せてくれるかい?

 私はその方が興奮するからいいよ。」

「バカなことを言うな。

 こんなところでできるわけないだろ!!」

両手を捕まれ襲われているような状況で

彼女はふざけたことを言い始める。


「私はね。

 今回、一つだけ

 君のことで許せないことがあるんだ。」

「許せないことだと…

 俺はただ玲を守りたかったことだ。」

彼女は俺のことを静かに責めてくる。

俺に対して許せないことがあると…


美鈴の脅しに従ったのも全て玲のためだ。

なのになぜ俺が玲に責められる…


「ふふ、君の気持ちはよく分かってるよ。

 必死に私を守ろうとしてくれたんだね。

 優しさが伝わってきて私は嬉しいよ。」


「なら!!」

「君のそういう優しいところが

 今は狂いそうなほど腹立たしいよ。」


分からない…

どうして彼女が怒っているのか。

俺には検討がつかない。


「何のことか分からないって顔をしてるね。」

「俺はなにをしたって言うんだ?」

これ以上の押し問答は意味がない。

だから、直接聞いてみる。



「翔、君は私に嘘をついたね。」



怖い…

恐怖を感じる。

玲のこんな顔は今まで見たことがない。


「嘘?俺は嘘なんて…」

だっけ?」

「…っ」

俺は確かに玲に嘘をついた。

彼女に依存しないようにするために

俺らの関係が悪化しないようにするために


今回の一件で

俺には玲以外に◯フレがいないことがバレた。

彼女はそれを裏切りと捉えているのだろう。


「何が俺のことを信じてくれだ。

 そんな都合のいいことを言って、

 君は私のことを騙していたんだね…嘘つき」

「そ、それは」

俺は彼女に指摘され、

彼女の手を緩めてしまう。


「最低だよ。翔」ドン

「うっ…」ボフン

その隙に玲は俺をソファに突き飛ばす。

冷たい言葉と一緒に…


ズキ

俺は痛みを感じたが

それが突き飛ばされた体の痛みなのか。

それとも玲の言葉による心の痛みなのか。

今の俺には判断はできない。


「私はね。君のことを信じていたんだよ。

 だから、大人しく頻度も減らした。

 なのに君は私に嘘をついた。」

「だけど、それは玲のためで…」

「そんな表面だけの言葉じゃ信じられないよ。

 だって、君は嘘つきだからね。」



そうか…



俺は噂と変わらないクソ野郎ってことか

人を傷つけることしかできない最低な人間



「…っ」

「ん?何か言いたいことでもあるのかい?」

俺は玲を相手に何も言えなくなる。


美鈴の時と同じだ。

自分のことが嫌いになっていく。


「…もういい」

「翔?」

「もういい!

 俺は何をしようがクズなんだ!!」

「…。」

俺は全てを吐き出す。

もうこんな人生こりごりだ。

好きでこんな風に生まれたんじゃない。

望んでこんな風に育ってきたわけでもない。


俺はもう疲れた…


「俺みたいな人間に

 生きてる価値なんてないんだ!

 だから、誰も俺のことなんて…んん!?」


生きていることを望んでいない

そう言おうとしたができなかった。


「それは違うよ。翔」ギュ

玲が俺の頭を抱き抱えてきたからだ。


「私は君がいないと駄目なんだ。」

玲は優しい声色で俺に語りかけてくる。


ドクンドクン

彼女の鼓動が聞こえてくる。

その音を聞くと自然と心が落ち着く。


「君は何でも受け入れてくれるからって、

 言い過ぎだった。ごめん…翔。」

申し訳そうな声で俺に謝ってくる玲。


「いや、悪いのは…全部俺なんだ。

 だから、玲が…謝らなくていい。」

俺は掠れた声で玲の謝罪を拒否する。


そう、全部俺のせいだ。


「そんなことはないよ。

 さっきは嘘つきと言ったが

 全部、私のためだったんだろ?」

「ああ…

 玲は俺なんかといない方がいいから…

 離れた方がいいと思って…」

「優しいな。翔は…」ナデナデ

玲は優しい手つきで俺の頭を撫でる。


「大丈夫だ。

 私は君がどんな最低と思われても離れない」

「そうなのか?」

「色々と君の悪い部分を言ってしまったが

 そんな部分も全て含めて、

 私は君のことを愛してるんだ。

 今さら、君から離れるわけないだろ。」

玲はこんな俺でも

愛してる、離れないと言ってくれる。

彼女の優しさに俺は包まれていく。



「だから…翔。

 私だけを愛してくれないか?

 そうすれば、私は一生君の側にいられる。」


告白だ。

玲は俺に告白をしてきているんだ。

彼女の言葉は甘くて優しい。

このまま従えば俺は楽になるだろう。



だけど…



「ありがとう。玲

 でも、やっぱり俺には恋愛は無理だ。

 玲の気持ちには答えられない。」

俺は彼女の告白を断る。


俺は恋愛はできない。

できるのは性欲を発散するだけだ。


「そうか…」

「ごめん。玲」

悲しそうな声をする玲。

その声を聞いただけで後ろ髪が引かれる。


「なら、一つだけお願いしてもいいか?」

「俺にできることなら」

優しい彼女からの頼みだ。

できる限り答えてあげたい。


「次の授業が終わるまで

 このままでいてもいいか?」

「ああ、分かった。」

俺は玲の要求を飲み、

彼女に頭を抱えさせた状態のまま横になる。


キーンコーンカーンコーン


チャイムがなる。

昼休みが終わったようだが、

玲との約束なので俺たちはそのままだ。


「ねぇ。翔、一つ約束をしないか?」

「何を?」

彼女は俺を抱きしめながら聞いてくる。


「私との関係は解消しないでほしい。

 このままでは解消されそうだからな。」

「それは…」

確かに彼女の言う通り、

このままでは

美鈴に関係を解消するように言われる。

それは目に見えている。


「その代わり私は絶対に君を裏切らない。

 だから約束をして欲しいんだ。」

「でも、もし脅されたら…」

「私のことは気にするな。

 いざとなったら、どうにでもできる。

 だから、安心して約束していい。」

玲は心配なのだろう。

この関係がすぐにでも崩れてしまうのが…

だから、約束で

俺との関係を維持したいのだろう。


「分かった。約束しよう。

 俺は玲との関係は解消しない。」

「ありがとう!翔」ギュ

俺に礼を言うと彼女は抱きつく力を強める。

彼女の胸に包まれ、俺は眠くなってきた。



「ふふ、甘いなぁ。翔は…」



寝惚けた頭では

彼女が何を言ったか聞き取れず、

俺はそのまま眠りに堕ちていった。

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