幕間3 泡沫

「お邪魔します。」

「よく来たな、美鈴。」

夏休みのある日、

美鈴は朝一番に俺の家まで訪ねてきた。

ちなみに時間は朝の7時だ。


「翔さんに会いたくて早く来ちゃいました!」

「それほど楽しみだったのか?」

「はい!」

笑顔で答える彼女は少し微笑ましい。


今日の服装は白いワンピースで

なんとなく夏らしさを感じる。


「じゃあ、部屋にいくぞ」

「待ってください!翔さん。」

俺が部屋に案内しようとするが

なぜか彼女はその場から動かない。


「んー。」

すると、彼女はこちらを向いて両手を広げる。

なにかを待っているようだ。


「んー!!」

「ああ、これか」ギュ

彼女に急かされたことで気がついた俺は

彼女を正面から抱き締める。


「翔さんのぬくもり…」フゥー

俺が抱きつくと

美鈴から幸せそうな吐息が聞こえる。


「美鈴はこんなのがいいのか?」

「はい。先輩をすごく感じられますから!」

彼女は興奮気味に俺に説明してくる。

たしか、ハグをしてると

愛情を感じると聞いたことがある。

彼女はそれが言いたいのだろう。


「んー♪」スリスリ

俺の胸に顔を擦り付け始める。

俺には何がいいのか理解できないが

彼女にとってはそれがいいのだろう。


フサフサ

俺の視界には

髪を揺らしている彼女の頭が映っている。

それを見ていると俺はある好奇心に駆られた。


ナデ


ビク!


俺が頭を軽く撫でると美鈴の体が震えた。


ナデナデ


ビクビク!

なにこれ面白い。

さっきよりも多めに撫でるとさらに震えた。

調子に乗ってさらに撫でようとすると


バン!

「……おわっ!!」

俺は美鈴に壁に押し付けられてしまった。

いわゆる壁ドン状態だ。


あ、やばい

彼女を怒らせてしまったと思い覚悟をする。


「翔さん…」ハァハァ

俺の名前を呼ぶ彼女の目はトロンとしている。

そして、呼吸も荒い。


もしかして…


「同意とみなしてもよろしいですよね」ヌギ

彼女は俺の返事を聞かないうちに

無理矢理服を脱がしてくる。

美鈴は頭を撫でたことにより発情したようだ。



「美鈴…ステイ!!」

「翔さんが悪いんですよ」ハァハァ

「頼むから止まってくれ!!!」

俺は必死に発情した美鈴を抑え込む。


結局、美鈴を説得するのに1時間かかった。




……


………


「翔さん!

 女の子は好きなひとに抱き締められながら

 頭を撫でられるとキュンとしちゃうですよ。

 だから、沢山ナデナデされたら

 キュンキュンしちゃって

 誘ってるのかって勘違いしちゃいます!!

 女の子には絶対にしないでください。

 特にあの生徒会長ーーー」

「分かった。もう二度としないから!!」

あれから俺は発情から戻った美鈴に

リビングで説教をされている。


ナデナデは危険

俺に新しい知識が加わった。


「私にはむしろいっぱいしてください!」ズイ

「あ、はい」ナデナデ

自分にはしろと美鈴が頭を近づけてくるので

俺は大人しく彼女の頭を撫でた。


撫でるなとか撫でろとかどっちなんだよ


「ん~♪」スリスリ

気持ちいいのか満足そうな声を出している。

俺の手のひらに頭を擦り付けてるのも

相まって猫のようにも見えてくる。


「美鈴、眠いのか?」

「いえ…大丈夫です。」ウトウト

俺が撫でると美鈴は眠そうにする。

朝も早いし、結構無理をしたのだろう。


「一緒に寝るから布団に行こう。」

「翔さんも一緒に?」

「ああ。俺も少し眠いんだ。」

眠そうな彼女を放っておけず、

とりあえず、寝るように促す。


俺も寝ると言ったのは

そういえば、大人しく従うからだ。


「なら、お姫様だっこでお願いします…」

「はいよ。お姫様」ヒョイ

「…///」

俺は照れてるお姫様をお姫様だっこで

ベッドまで連れ行くのだった。



「…すぅすぅ」

美鈴はベッドに横になり

少し頭を撫でるとすぐ眠ってしまった。

寝ている姿は穏やかだ。


「美鈴…」

感情は基本的には普通に甘えてくる。

脅しや無理矢理など強引なことはしない。

……ちなみにさっきナデナデは事故だ。


だから、俺は彼女のことを嫌ってはいない。

彼女は俺の大切な後輩だ。

俺もできる限り優しくしたいとは思う。


しかし、彼女の俺に対する認識は違う。

彼女が俺に求めているのは先輩ではなく、

それ以上の関係…恋人になりたいのだ。

だから、俺に他の異性が寄ることを嫌う。


特に顕著なのが玲に対してだ。

口では容認しているが気に入らないのだろう。

玲としたことを俺に聞くと

同じことをしようと俺を誘ってくる。


上書きしたいのだろう…玲との思い出を…


俺としても今の状況は不味いと思っている。

かといって無理矢理関係を切るのは

余計に危ない気がする。

俺のせいで誰かを傷つけたくはない。

だからこそ俺は耐えることにしている。



いつか、彼女と普通の関係になるのを夢見て…




ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ふぁー。ん?」

「…」

私が目を覚ますと目の前に翔さんがいた。


「すぅ…」

「翔さん?」

翔さんは寝ている。

私が早く来すぎたせいだ。

だから、睡眠が足りなかったのだろう。


「ごめんなさい…翔さん」

私は謝罪をする。

早く来すぎたことではない。

今までのこと全てに対してだ。


「ごめんなさい」

私は再度、寝ている翔さんに謝る。


脅しから始まった私たちの関係。

最初は満足していた。


翔さんが私を見てくれる

翔さんが私を抱いてくれる

翔さんが私のことを女として見てくれる


全てが幸せだった。


そう…


最近の私は現実に戻り、

彼に対しての罪悪感が押し寄せている。

彼は私のせいで苦しんでる。

その事を思うと私も辛くなる。


私のやっていることは最悪だ。

彼が私のことを嫌いになっても仕方がない。

むしろ、嫌いにならない方がおかしい。

本当は彼のことを私から解放してあげたい。

でも、弱い私が彼のことを放さない。


「ごめんなさい…」ポロポロ

目から涙が溢れてくる。


『放すともう二度と会ってくれないよ。』

そう、私に語りかけてくるのだ。

先輩と離れるのは嫌!!

だけど、私が先輩を苦しめる。

私は良心と執着の板挟みにあっている。


「翔さん…」ポロポロ

私はどうすればいいのかが分からない。


私は彼に好きになってもらいたいだけなのに…


「みすず?」

「か…翔さん!?」

翔さんが薄目を開けて私の名前を呼ぶ。

名前を呼びすぎて起きたのかもしれない。


「こ、これはですね…」

私は泣いている言い訳をしようとする。

彼にこんな姿を見られるなんて…


ポン


「ふぇ…?」

私は気の抜けた声を出した。

だって、翔さんが私の頭に手を置いたからだ。


「美鈴、大丈夫だぞ。」ナデナデ

「か、翔さん!?」

寝惚けているのか私を安心させるように

優しく頭を撫でてくれる。


なんでこんな私に優しくしてくれるの…


「私には優しくされる資格なんて…」ポロポロ

「俺がついてるぞ」ギュ

「…うう///」

彼は俯く私を抱き締めた。

先輩の体温を直に感じる

私の冷たい心を癒してくれる。


これ以上、されたら私…


「だから、今はゆっくり眠ろうな」ポンポン

「…ぁあ。」

そう言って私の背中をリズムよく叩く。

心地よいリズムで私は眠くなってくる。

このままではまた寝てしまうだろう。

だけど、寝る前に言いたいことがある。


「翔さん…あなたは私のことが好きになる」


おまじない

好きな人が自分のことを好きにさせる。

おまじないのことなんて信じてはいない。

だけど、願掛けのためにする。


「翔さんが悪いんですよ…」

あなたのために手放してもいいと思った。

だけど、あなたはこんな私にも優しくした。

 

そんなことされたら…






 手放すことなんてできるわけないでしょ

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る