case.2 四条美鈴視点 前編

私には幼なじみの啓大がいる。


「無能はお前は何をしても駄目だな。

 俺がいなきゃなにもできない欠陥品だ。」 

駄目な私には啓大しかいなかった。

小さい頃から彼と私の上下関係は決まっていて

私はただ彼に従っていればよかった。

それが正しいと私は思っていた。


「俺に何も言わずに勝手なことをするな!!」

「ご、ごめんなさい。

 でも、今日は急用があって…」

「うるさい。俺に口答えするな!」

今も私は啓大に間違いを正してもらっている。


啓大の許可がないと

美晴と遊びに行くこともいけないらしい。


「お、おねえちゃん」ギュ

不安そうな顔をしながら美晴が抱きつく。

啓大の剣幕が怖いのだろう。

その体はとても震えている。


「なんだその顔は?

 俺になにか文句でもあるのか!!」

そんな美晴の行動が気に入らないのか。

啓大は今度は美晴に怒鳴り始める。


「やめて!美晴にはなにもしないで!!」

「俺に命令するな!!」バシン

「きゃっ!?」

「おねえちゃん!」 

彼の標的が美晴に移りそうになるのを止めるが

怒りは収まらず、

怒った啓大は私に平手打ちをしてきた。


「啓大、ごめんなさい…」

「これで思い知っただろう。

 俺に二度と逆らうんじゃないぞ。美鈴」

「はい…分かりました。」

私に暴力を振るったことで満足したのか

彼はそう言い残しその場を後にした。



「おねえちゃん…大丈夫?」

美晴は啓大のことでまだ少し怯えており、

おそるおそる私にはなしかけてきた。


「大丈夫よ。美晴は大丈夫?」

「うん…」

悲しそうに返事をする美晴。

とりあえず、彼女が無事でひと安心だ。


「おねえちゃん、

 おかあさんたちにいおうよ?」

美晴は私たちの関係をおかしいと思っている。

両親に相談したいのだろう。


「大丈夫よ。啓大とは付き合ってるから…」

私は美晴の意見を拒否する。

だって、間違ったことをしてるのは私だから。

啓大が怒るのも当然のことだ。


「こんなのおかしいよ!」

「おかしくないわ。

 私と啓大は愛し合ってるの。」

啓大は私のためにやっているから。

愛してるから私に厳しくしている。

私はそう思っているから…


「ちがう…ちがうもん!」

「美晴、違うなんてことないわ。」

「こんなのまちがってる。」

「美晴は小さいから分からないのよ。」

「…っ!おねえちゃんのわからずや!!」ダッ

「美晴!?」

私が彼女の言うことを否定すると

脇目も振らずに駆け出して行った。


美晴は私が啓大に

いじめられていると勘違いしている。

私たちの関係を止めたいのだろう。

しかし、私が美晴の意見を

聞く気がないから怒ったのだろう。



しかし、こんな私のことを

面倒見てくれるのは啓大しかいない。

だから、私は彼から離れることはできない。


たとえ、この関係が間違っていたとしても…





「ど、どこ行ったの?」

駆け出して行った美晴を見失って

手当たり次第に辺りを探す。

美晴は足が早い。

遠くまで行ってしまったのかもしれない。


「もしかして、誘拐!?」

最悪の事態を考えて私は青ざめた。

もし…そんなことになったら…


「あ、おねえちゃん。」

そんな私の心配とは裏腹に

あっさりと美晴を見つけることができた。


「美晴!どこ行ってたの!!」ギュ

「こうえんにいってた。」

私は美晴に会えたことに感極まり

思わず彼女のことを抱きしめる。


「よかった…

 勝手にどこか行っちゃ駄目よ。」

「うん、わかった。

 おねえちゃん、おこってごめんね」

「いいのよ、美晴。私も悪かったわ。」

お互いに謝り、仲直りをする。

色々と叱りたいことはあるが

今はとりあえず彼女の無事を喜ぼう。


「あれ?

 美晴、そのジュースどうしたの?」

美晴が見覚えのないオレンジジュースを

持っていることに気づいた。

さっきまでは持っていなかったはずだ


「おにいちゃんにもらった。」

「え?知らない人に貰っちゃ駄目よ!」

「おにいちゃんはやさしいもん。

 だから、だいじょうぶ。」

どうやら、公園に行ったときに

親切な男の人に貰ったらしい。


「おにいちゃんにまたあいたいな」

「美晴、その人のこと気に入ったの?」

「うん。おにいちゃんすき!」

普段、人見知りが激しい美晴が

人に懐くなんて珍しい。

よっぽど、気に入ったのだろう。

 

「じゃあ、今度会ったらお礼を言わないとね」

「うん、わかった」

おにいちゃんについて美鈴から話を聞きながら

私たちは家に向かって歩き出す。


そして、私はその日にあったことなど

すっかり忘れていくのだった。






それから1ヶ月ほど過ぎたある日の放課後、

私は美晴と一緒に買い物に来ていた。


「美晴、あんまり遠くにいかないでね。」

「はーい…あ!

 おにいちゃんだ!!」ダッ

「もう!言ってるそばから。」

何かを見つけたのか。

美晴は駆け出し、

そのまま一人の男の人に突撃した。


「おねえちゃん!おにいちゃんがいたの!」

「え?お兄ちゃん??

 あ、すみません。

 妹が失礼なことをしませんでしたか?」

美晴は嬉しそう抱きつく男の人に

迷惑をかけていると思い、謝罪する。


「いや、特には何も。

 子どもは元気が一番だからな。」

男の人は気にしていない素振りで

笑顔で私に話しかけてくる。


男の人の見た目は金髪で

茶色の肌をしていて少し怖い印象だった。

そんな姿を見て頭の中には疑問が浮かぶ。


この男の人は誰?


美晴は知っているようだったが、

私には見覚えが一切なかった。

美晴がどこで知り合ったのかも謎だ。


もしかして、美晴にひどいことをするために…


私は男の人を警戒することにした。

しかし、私の警戒はすぐに杞憂に終わった。



「美鈴ちゃんと美晴ちゃんだな。

 俺は佐藤翔だ。よろしくな」

「さとー?」

「そうだぞ。さとーだ。」

「さとーおにいちゃん!」キャッキャッ

「おう。さとーお兄ちゃんだぞ~」ガオ-

話してみた印象は見た目の印象とは違い、

美晴に対してとても優しい人だった。

それに彼の正体は

前に美晴にジュースをくれたお兄さんだった。

そんな親切な人が

美晴をどうこうするわけがない。



「さとーおにいちゃん!あそんで~」ギュー

彼に遊んでとねだる美晴はとても楽しそうだ。


子供である美晴には

なんとなく感覚で分かっていたのだろう。

彼が優しい人だということを。

だから、美晴は先輩に遠慮なく甘えてる。

その様子を見ると姉である私も少し妬ける。


あんなに楽しそうにしてる美晴は

なかなか見られないから…


「「ゆびきりげんまんうそついたら

  はりせんぼんの~ますゆびきった!」」

「約束だからな」

「うん、やくそく」

その後、彼は美晴と

近いうちに遊ぶ約束をして指切りをした。


その時の彼の姿は

見た目にまったく合っていなくて、

私は思わず笑ってしまいそうになった。

だけど、とても綺麗に見えた。


「いいなぁ」


兄がいたら、こんな感じなのかもしれない。

そう思いながら、私は二人を見守っていた。


これが私と佐藤先輩の初めて出会い。

このときの私は

先輩との出会いが私の人生を

大きく変えるとは思ってもいなかった。





……



………



それから、数日たった休みの日



「おにいちゃん!!」ダッ

美晴は先輩の姿を見ると

一直線に先輩の方に突撃した。

よほど、先輩に会いたかったのだろう。


「おっと、

 元気そうだな。美晴ちゃん」ナデナデ

先輩は美晴のことを抱き止め、

頭を優しく撫でている。


二人は本当の兄弟のように仲がいい。

私が少し嫉妬するぐらいに…


私は今日、初めて啓大以外の異性と出掛けた。

美鈴と先輩の約束で公園に行くことになった。

二人のゆびきりの約束が実現したのだ。


また、啓大に言わずに

勝手なことをしてしまった。

啓大に後で何をされるか分からない。


だけど、美晴のためだ。

楽しそうに指切りをしていた美晴を

悲しませたくなかったから私はここに来た。


「美晴!先輩に抱きつかないで。

 先輩、重ね重ねすみません。

 急なお誘いで来て貰ったのにこんな…」




「気にしなくていいぞ。美鈴。

 それよりもそんな暗い顔しないで

 今日は楽しく遊ばないか?」

先輩は美晴だけではなく、

私こともすごく気にかけてくれる。

異性に気遣いをされるのは初めてだった。

気遣いに慣れない私は少し困惑する。


「おにいちゃん!あそんで、あそんで」ギュー

「ほら、たかいたかい」バッ

「おおーー!たかい!!」キャッキャッ

私が困惑していると

今度は遊んでとねだる美晴の願いを聞いて

たかいたかいをして遊んでいるようだ。

美晴も先輩も楽しそうにはしゃいでいる。


二人の関係はとてもまぶしい。

私と啓大の間にはない笑顔で明るい関係。

それを見て私は嫉妬してしまう。


どうしてかは分からない。

美晴が遠くに行ってしまう気がしたから?



「美晴ちゃんに誘って貰って遊べたんだ。

 ここの支払いぐらい安いもんだ。

 それに俺に先輩らしいことをさせてくれ。」


『お前みたいなどうしようもない無能が

 俺と一緒に食べられるんだ。感謝しろ。』


「気にするな。可愛い後輩とその妹のためだ」


『お前らは俺に従っていればいい!』


私は無意識に先輩と啓大を比べていた。

比べてはいけないと分かっているのに

優しい先輩を前にして

私の心がそれを許してくれなかった。


啓大は啓大の良さがあり、

先輩には先輩の良さがあるのだから

比べることなど本来できない。


だけど…

優しい先輩を見ると考えてしまう。



啓大かれしが先輩だったら…


私のことをどのように愛してくれるのかを

 

今のように優しいままでいてくれるのかを


そんな都合のいい妄想を。


駄目!!


私は頭を振って妄想を無理矢理振り払う。

こんなことは考えてはいけない。


だって、これ以上考えたら

もう戻ってこれなくなる気がしたから…


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