EP.1 変化していく関係 ー


「うーん、おいひい!」モグモグ

俺が着替えて戻ると

五十嵐は朝食を食べている最中だった。

口一杯にごはんを詰めている姿は

どことなく小動物のような感じがした。


「あっ!おかえり、佐藤くん。」

彼女は俺が戻ってきたのに気がついたのか

食べるのをやめ、大声をあげた。


この数分で随分とこの家に慣れたようで

完全に遠慮がなくなっている。


「食事中に大声でしゃべるな。」

「ごめん、ごめん。

 佐藤くんが来たのが嬉しくって…つい」テヘ

行儀が悪いので俺が指摘すると

彼女は舌を出しながら謝ってくる。


「佐藤くん、すごく美味しい!

 特にこの卵焼き!!」

「そうか…」

嬉しそうに俺の料理を食べる彼女は

玲と同じように卵焼きが気に入ったようだ。




なんだかんだ褒められるのは嬉しい。

絶対に口には出さないけどな。


「ごはんのおかわりはいるか?」

「いるー!!」

俺がご飯をおかわりするか聞くと

勢いよく返事をする五十嵐。


いや、俺方から言ったけどさ…

それにしてもこいつ遠慮なさすぎだろ。


「モグモグ…

 佐藤くんってこの家に一人暮らしなの?」

「喋るか食べるかどっちかにしろ行儀が悪い。

 …高校に入ってからはずっとそうだな。」

「ほへぇ~すごいなぁ」

俺は弁当箱に具材を詰めながら

ご飯を食べている彼女の話相手になる。



「ほっぺにご飯粒がついてるぞ。

 全くお前はその年にもなっても

 まだ飯の食い方も知らないのか?」

「お母さん、ごめんなさ~い」

俺が食べ方について指摘をすると

彼女は俺のことを母だとか冗談を言ってくる。


「誰がお母さんだ!!」

俺は思わず否定した。


こいつの母親とか絶対苦労しそうだ…


気の抜けた無駄な時間だ。

だけど、俺には…

そんな無駄な時間がとても楽しく感じた。


母か…


もし、まだ俺に家族がいたらーー


「佐藤くん」

「学校行くんだろ?早く食えよ」

もう二度と叶わない想像をしていたところを

俺は五十嵐に話しかけられ現実に戻された。


「なんで泣いてるの?」

「な、何を…」

五十嵐の誤った指摘に反論しようとした。


ツー


そのとき、俺の目から一筋の涙が流れた。


なぜ…


なんで俺は泣いているんだ…


「私、佐藤くん何か嫌なこと言った?」

「いや、目にゴミが入っただけだ」ゴシゴシ

俺は泣いたのごまかすために目元を手で擦る。


俺はあまり人に弱みを見せたくない。

だから、今はこれでやりすごそう。


「あ、擦っちゃ駄目だよ!

 そういうときは水で洗い流さなきゃ」

「ああ…そうだな」

五十嵐の指示に従って俺は洗面台に向かう。


バシャバシャ

俺は制服に水がかかるのも気にせず顔を洗う。

冷たい水で洗ったことにより、

ようやく頭が正常に働きだしてきた。


今のはなんでもない。

そう…本当に目にゴミが入っただけ。


俺は自分を納得させるために言い訳をする。

違うと自覚していも認めたくなかった。



家族うしなったものを求めている自分を…



「佐藤くん、そろそろ時間になるよ!」

俺が自分に言い訳をしていると

五十嵐の声が聞こえてきた。



そろそろ学校に行く時間か…


「分かった」

彼女の声で俺は暗くなった気分を無理矢理

切り替えて彼女と学校に向かうことにした。





……



………


俺たちが外に出るとまだ少し早い時間だからか

周りに学生ほとんどいなかった。


「おい、あまりふらふらするな。

 車がきたら危ないぞ。」

「はーい」

色々と危なっかしいイメージがあるので

俺が注意すると彼女元気よく返事をしてきた。


お前は小学生かよ


「佐藤くんと~登校楽しいな~」フンフン

五十嵐は楽しそうに変な歌を歌いながら

上機嫌で俺の横に並んでいる。


ブンブン

彼女にしっぽが生えているように見えるのは

多分、俺の気のせいだろう。


「犬かよ」ボソ

「佐藤くん、犬が好きなの?

 ご主人!朱里に優しくして欲しいわん。」

俺が呟きに反応して、

手を頭に乗せ犬の耳のようにした彼女が

上目遣いでこちらを見てくる。


「…」

「そんな目で見ないでよ!

 私だってちょっとなしだと思ってたもん!」

俺がゴミを見るような目をしていることに

気がついたのか彼女は言い訳を始めた。


なしだと思うなら、最初からやるなよ…


「佐藤くんは猫派だったのか…なら」ボソ

「絶対にやるなよ。後で後悔するだけだ。」

「は~い…」

彼女が危ないことを呟き出したので

俺は無理矢理、彼女のことを静止した。

彼女は落ち込みながら返事をしてくるが

未然に黒歴史を防いだ俺に感謝してほしい。


それに俺はミニ豚派だ。

そんなバカなことをしている内にー


「着いたぞ」


俺たちは何事なく無事に学校に着いた。

かなり早めの時間に来たからか。

周りに学生の姿はほとんど見えなかった。


「え…?

 あっ!学校だ」

五十嵐の方は

俺との会話に夢中で気づいてなかったようで

彼女は校舎を見ると驚きの声をあげた。


「あっという間だったね…」

「そうだな」

五十嵐は少し俯きながら、

登校がもう終わることを俺に告げる。


なんだかんだ、家からずっと話してたのもあり

この時間が終わるのが寂しいのかもしれない。   


「ねえねえ、佐藤くん」

「なんだ?」

彼女は子供のように俺のことを呼んでくる。


なんか嫌な予感がする…


「今度は連絡するからまたよろしくね。」

彼女は笑顔を俺に向けて言ってくる。


俺がまた一緒に登校する前提。

どうやら、拒否権はないようだ。

人の意見など聞く気がないようだ。


…。


…本当に困ったやつだ。


「早く行くぞ…人に見られる」

「あっ、待ってよ佐藤くん!」

俺はあえて答えずに校舎に向かって歩く。


彼女に付き合ってたら、

時間がいくらあっても足りない。 


そう思いながら、校舎に入ると






俺に誰かが挨拶をしてくる。

俺はその声に心当たりがあった。

今、できれば会いたくなかった人物の一人だ。


「玲…」

「朝から君に会えるなんて嬉しいよ。」

彼女は名前を呼ぶと

嬉しそうに俺に向かって笑顔を向けてくる。



「玲、早いんだな…」

「私はこれでも生徒会長だからね。

 少し早めにきて始業式の準備の手伝いさ。」


こんなに早く来ている理由は始業式か

俺や五十嵐とは違い立派な理由だ。


「玲は偉いな」

「ふふ、君に誉められるとはね。

 …少しだけ抱き締めてもらっていいかい?」

彼女は褒められて喜んでいると思いきや、

俺に抱き締めるように要求してくる。


「学校だぞ…」

「今は他に誰もいないよ。

 それに君の方も満更でもなさそうだよ?」

「俺はそんなつもりはーー」

俺は拒否をするが玲は止まらない。


俺はただ彼女の行いを褒めただけなのに…


「ほら、私のことを抱き締めて…翔。

 私は君の温もりを少しでも感じたいんだ。」

「お、俺は…」 

少しずつ俺の方に近づいてくる玲。


場所が違ければ俺は大人しく抱き締めていた。

だけど、今は駄目だ。

すぐに人がやってくる。


「外に置いてくなんて酷いよ、佐藤くん!」

「ん?」


そう…俺を追って五十嵐が来るのだ。


「あっ、生徒会長さん。

 おはようございます!」

「おはよう、君は朝から元気だね。」

「えへへ、ありがとうございます。

 生徒会長さんは今日もお綺麗ですね。」

「ふふ、ありがとう」

五十嵐は玲に挨拶をしたと思えば、

そのまま呑気に会話をし始める。


彼女のおかげで先程まで

俺と玲の間にあった空気が少し落ち着いた。

後で五十嵐にお礼を言おう。

おかげで人目のつくところで

玲を抱き締めることにならずにすんだ。


「君は確か…五十嵐さんだったかな?」

「はい!五十嵐朱里です。

 五十嵐でも朱里でも好きに呼んでください」

「じゃあ、朱里でいいかな?」

「大丈夫です。

 私も玲さんと呼んでいいですか?」

「ああ、構わないよ。

 これからよろしくね、朱里。」

「こちらこそよろしくです。玲さん!」

俺が眺めている内に打ち解けている二人。


これがカースト上位のコミュ力か…

俺には考えられないほど早い打ち解け方だ。


「ところで、朱里。

 今日は早く来たようだけどどうしてだい?」

「それはさとー「時間は大丈夫なのか?」」

玲の質問を正直に答えようとする

俺は五十嵐を止めようと言葉を滑り込ませる。


五十嵐このばかは何を言おうとしてるんだ!

しかも、よりによって玲に…


「翔?時間ならまだ大丈夫だよ。」

「そ、そうか…ならいい。」

「心配してくれるのかい?優しいね君は。」

俺の言葉を勘違いしたのか

玲は嬉しそうな顔でこちらを見つめてくる。


玲はこの場を去らないのは残念だったが

なんとか話をそらせたよう助かー


「そういえば、

 君たちさっきまで一緒にいたようだけど…」


ってなかった!?


「正門でたまたま会っただけだ。

 うるさいから俺は校舎に先に入ったけどな」

「そ、そうです。

 佐藤くん酷いんですよ。

 クラスメートを無視して先行っちゃって~」

俺は玲に嘘をついた。


急造にしては良くできた嘘だろう。

俺の性格からして五十嵐がうるさいから避けた

という嘘は違和感はないはずだ。


それに五十嵐も嘘に乗ってくれた。

これでより信憑性は増しただろう。


「…」ジッ

何も言わずに俺を真顔で凝視してくる玲。

こちらへ向けられる彼女の目は

俺の全てを見透かしているようにも見える。


「玲さん?

 どうかしましたか?」

「なんでもないよ。

 私はそろそろ行くとするよ。

 じゃあね、朱里。」

「はい!頑張ってくださいね、玲さん」

五十嵐に声をかけられると玲は一瞬で

顔を笑顔に戻し、五十嵐に別れを告げる。


「翔、始業式の日に悪いけど、

 放課後に生徒会室まで来てくれるかい?」

「分かった。」

玲は俺に申し訳そうに頼みごとをしてくる。


弁当の件だろう。

今日もしっかり作ってきたので問題ない。


「それとちょっと耳を借りてもいいかい?」

「ん?いいぞ」

そう言って彼女は俺の耳元に近づいて


「ーーーーーーーーね。」

「…っ!?」

そっと囁いた。


「じゃあ、またお昼に会おうね。」チュ

玲は五十嵐の見えない角度から

俺にキスをしてその場を去っていった。



「玲さんかっこよかったな~

 佐藤くんもそう思わない?」

「…。」

彼女が俺に向けて何かを言ってくるが

残念ながら聞いてる余裕はなかった。


「聞いてよ、さーとーうーくーん!

 って…汗すごいよ大丈夫!?」

「だ、大丈夫だ…気にするな。」スタスタ

「あ、置いてかないでよ!」

俺はまた五十嵐を置いて歩きだした。


ブルル

玲に言われたことを思いだすと体が震え出す。

彼女は間違いなく俺の嘘に気づいている。


彼女は言った


彼女は俺の耳元でこう言ったんだ…



『これで2回目だね』


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