第26話「親子」

♦︎♦︎♦︎♦︎


「こーちゃん!」


 暑い日差しを浴びながら中学校からの帰り道、あまり気に入っていない呼び方で叫ばれた自分の名前と共に誰かが後ろから勢いよく飛び乗ってきた。


 後ろを振り向くとそこには1人の可憐な少女が居た。


 黒髪ロングで整った顔立ちはまるで清楚なお嬢様といったイメージだ。


 だがそのイメージとは反対にその子は活発な女の子だった。


「詩織…その名前はやめてくれって言ったろ?」


 するとその少女、望月詩織もちづきしおりは不服そうに頬を膨らませて訴える。


「えー、いーじゃん!可愛いし!」

「可愛いって…かっこいい方がいいんだけどな……」


 ボソリと呟いた俺の言葉を聞き取られていたらしく詩織はニヤニヤとしながら言う。


「ふーん?こーちゃんはかっこいいって言われたいんだぁ?ふーん、へー?」

「そういう意味じゃないって」

「いやいやー、いいんだよ別にー」

「だから違うってぇ…」


 もう何を言っても聞いてくれないなと察した俺は諦めモードに入っていた。


「……かっこいいよ、皇成」


 そんなやり取りをしていたら詩織がふと何かを呟いた気がした。


「ん?なんて?」

「なんでもなーい!」


 詩織は軽やかに俺の前に回り込み、満点の笑みで答えた。


「幼なじみなんだし教えてくれてもいいじゃん」

「やーだねっ!乙女の秘密だよー」


 なんだよ乙女って、と軽口を叩きながらいつも通り俺たちは帰路に着く。


 こんな平和で優しい毎日がずっとずっと続けばいいのに。


「あ!……詩織ちょっと待ってて」


 俺は詩織にそう言い残してその場を離れる。


 そして近くに居た泣いている子供に駆け寄った。


「君、大丈夫?」


 しゃがんでその子と目線を合わせて優しく尋ねる。


 どうやらその子は転んで膝を擦りむいていたらしい。


 俺はリュックの中から簡易的な救急セットを取りだして応急処置をした。


「いたいのいたいのー、とんでけー!」


 そんな子供だましのおまじないもかけてあげた。


「ほら、もう大丈夫だよ?」


 するとその子は泣き止んで俺の顔をじっと見つめた。


「お母さんどこにいるか分かる?」


 するとその子はふるふると首を振った。


「じゃあ一緒に探そっか」


 そうしてその子の頭をポンポンと撫でた時後ろから声がした。


「翔真ー!!」


 駆け寄ってきたのは母親らしき人だった。


 手には同じくらいの歳の男の子も抱えていた。


 恐らくそっちの方の面倒を見ていたからこの翔真君の方まで目がいっていなかったんだろう。


「大丈夫?翔真」


 母親は俺と同じくしゃがんで目を合わせて聞いた。


「うん…このお兄ちゃんに助けてもらったの」


 すると母親は俺の方を向き、頭を下げた。


「本当にありがとうございます…!!」

「いえいえ、顔をあげてください。当然のことをしたまでです!」


 その後も何度も頭を下げながらその親子は去っていった。


 親子が帰っていくのを眺めていると後ろから詩織に話しかけられた。


「中一になっても相変わらずこーちゃんは優しいねぇ」

「うん、母さんとの約束だからな」

「あぁ、そうだったね」


 2人でしばらく親子の姿が見えなくなるまでそこに立っていた。


「帰るか」

「そうだね」


 そうして今日も穏やかな一日を終えるのだった。

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