第28話「泣かないで」

「今日から私もこーちゃんみたいに人に常に優しくなろうと思います!」


 帰り道小石を蹴りながら詩織はそう宣言した。


「そうか、いいことじゃないか」

「だから私は今日からこーちゃんの真似をするのです!」


 んー、なんか違うするけどまぁいいか。好きにやらせよう。


「おう、頑張れよ」


 そう言いながら俺は詩織の頭をポンポンと撫でた。


 すると詩織はくすぐったそうに目を細めて嬉しそうにする。


 そんな詩織が可愛らしくてついつい長くやってしまう。


「あ!」

「ん?どうしたんだ?」


 急に大きな声を上げた詩織に尋ねると詩織はたたた、と前に走って行った。


 追いかけていくと詩織は落とし物をしたお婆さんにそれを届けていた。


 詩織が戻ってきてからまた頭をポンポンと撫でて言う。


「よくできたな」


 すると今度は怒ったように頬を膨らませて睨んできた。


「もう詩織は子供じゃ無いのー!これからは詩織がこーちゃんを助けるんだから!」


 言っている内容があまりにも可愛くて、そして嬉しくてクスッと笑ってしまう。


 そしてそれに気づいた詩織がまたぷくぅと頬を膨らませる。


 こんなやりとりをしながら俺は思う。


 あぁ、今日も平和だなぁ、と。



♢♢♢♢



 詩織が俺の真似(?)を始めてから数日経った頃、俺たちは出掛けにきていた。


 詩織と2人きりで遊んだことは何度もあったが、中学に上がってからは初めてだった。


「今日楽しみだね、こーちゃん」

「うん、そうだね」


 そうして俺らが初めに来たのは家の近くにある遊園地だった。


 様々なアトラクションがあって最近オープンしたばかりだから乗り物なども清潔感があっていい。


 一緒に片っ端から乗っていこうと言う話になって俺らはまずジェットコースターに来ていた。


「ひえー、近くで見ると高いね、これ」


 詩織は上がっていくジェットコースターを見上げながら言った。


「大丈夫だよ、俺隣座るからさ」

「そーゆー問題じゃないんだよー」


 と、愚痴をこぼされたものの詩織の顔は輝いていた。


 まぁ、楽しんでるならいいか。


 そう思いジェットコースターに乗り込むのだった。


♢♢


 ジェットコースターを降りた後俺たちは近くに設置してあったベンチに腰掛けていた。


「結局一番怖がってたのこーちゃんじゃん…!」


 詩織はお腹を抑えながら笑っている。


 いや、こっちは割とガチで笑い事じゃなかったけどな。


「でも最後まで吐かなかった俺偉い…」

「そーだね、偉い偉い」


 そう言って詩織は俺の頭をポンポンと撫でた。


「俺の真似、だいぶ様になってきたな」

「そう?嬉しいなぁー!」


 ルンルンな様子で詩織は足をばたつかせていた。


 雑談をしながらしばらく経った頃、目の前に人だかりができてた。


「なんだろう?」

「いってみるか」


 俺たちはその人だかりに近づいて行った。



 よく見るとその人だかりの中心には俺と同じかそれよりも年下の男子と小太りのおじさんがいた。


「先に俺の幼なじみに手出したのはお前だろ?」

「お前が俺のこと突き飛ばすのが悪いんだ、警察に訴えてやる!」

「はぁ?あんま調子乗んなよ、おっさん」


 状況から察するにおじさんがあの子の幼なじみに手を出そうとしてそれをあの子が突き飛ばして止めたってとこか。


「もういいよ渚沙、私は大丈夫だから」


 すると後ろにいた女の子の1人が声をかけた。


「ねぇこーちゃん、私止めに行ってくる」


 隣で一緒にやりとりを聞いていた詩織が俺の耳元でそう呟いて人だかりの中心に向かって歩き始めた。


「ちょ、待てって。俺がいくから詩織はここで待ってろ……?」


 詩織を後ろから追いかけて人混みを縫っていくと目の前から詩織の姿が消えていた。


 フードを目深に被った奴とすれ違ったが今はそれどころではなかった。


「は…?」


 下を向くと詩織が腹から血を流して倒れていた。


「しお…り?」

「「「きゃああぁぁああ!!!」」」


 周りの人もそれに気がついたのかその場から離れていった。


 俺だけがその場に残り、地面に膝をつきそっと詩織の頭を膝の上に乗っけた。


「こー…ちゃん……」

「詩織、詩織!大丈夫か?」


 詩織が傷口を手で抑えている上に俺は手を添えた。


 手が血で染まって行くが、今はそんなことどうだっていい。


 ただ、詩織が助かれば…


「こー…ちゃん…多分…わた…し、もう…無理だあ……」


 詩織は今にも消え入りそうなか細い声で言った。


「だからね…さい…ごに、これだ……け、きいて……?」


 俺は声が出ず、こくりと頷いた。


「私…はね…、こー…ちゃんの…ことが……好きだったんだ…」


 一つ一つの言葉を力強く紡ぐ詩織の姿が溢れ出る感情のせいでぼやける。


「だか…らね…こーちゃん…のおか…あさんが…言ってた……こーちゃんを…支えて…助け…てあげられる存在に……なりた…かったの」


 ぽつり、ぽつりと感情の雨が滴り落ちる。


「ねぇ…こうちゃん……私……できてたかなぁ……?」

「…うん、できてたよ。ずっとずっと詩織の存在に助けられてたんだ」

「そっ…かぁ……よかっ……たぁ……」


 すると詩織はお腹を抑えていない方の手を俺の顔に添えた。


「こー…ちゃん……強く…やさ…しく……生きるんだよ……?」

「うん……」

「ほ…ら、泣か…ないで……今まで…ありが………………」


 そこで詩織が必死に紡いできた言葉がぽつりと途切れた。


 それと共に我慢してきた俺の気持ちも崩れ落ちてしまった。


「うわぁああぁぁああああぁあぁああ!!」


 大好きだった詩織を腕の中で抱きながらありったけの大声で泣き叫んだ。

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