第1話「"七瀬渚沙"という人間」

 俺は地面を強く蹴ってそいつらの元へ走っていった。


 ここから見える範囲では4人、これなら昔護身術を多少嗜んでた俺にも勝機はある。


 そしてそのまま奴らの1人に向かって飛び蹴りを喰らわせた。


「ぐふっ…」


 そこで俺の存在に気づいた残り3人のうちの2人が俺に向かって走ってきた。


「なんだてめぇ!!」

「何しやがんだよごらぁ!」


 いかにも三下のチンピラが吐きそうなセリフだな。


「くたばれ」


 俺はこれだけ呟くと飛んでくる拳を綺麗に払ってから片方に腹パンを喰らわせた。


「ゔっ…」


 情けなくうずくまるのを見て少し怯んだもう1人はただ感情に任せて拳を振り上げた。


「うわぁぁあ!!」


 俺はそれをしゃがんでかわし、下からアッパーを喰らわせた。


 そして残ったもう1人を睨み、足を前に出すと男はニヤリとした。


「陰キャには俺らに勝てるわけないさ……」

「は?」


 そいつは何かを呟いてニヤリとしていた。


「まあまあ、そう怒るなって。俺が悪かった」

「……」

「反省する」


 やけに素直だ。何かおかしい。


「反省で済むと思ってるんですか?この子はこんなに怯えてんですよ?」

「あぁ、本当にすまない」


 何か引っ掛かるが表は反省してるように見える。


 こんな簡単に許してやるのは癪だがそれは俺が決めるべきことじゃ無い。


「まぁ反省してるやつを痛めつける趣味はないんで今回は俺は見逃します」

「あぁ、ありがとう」


 なんとも気味の悪い笑顔だ。


「でも次やったらぶっ殺す」


 少し語気を強めて言った。


「あぁ、わかった」


 男は申し訳なさそうに俯きながらいう。


「それと俺はチクったりしませんがこの子がチクった時はそれはしっかり罪を受け入れてください」

「ああ、わかったよ。本当にすまないことをした」


 俺と迫られてた女子に謝ってから男は去っていった。


 実際襲ってるとこを見たわけじゃないからこれ以上俺にできることはない。


 面倒ごとに関わるのはごめんだが、あれを見逃すのは俺の良心が許さなかった。


 とにかく、大事にならなくてよかった。


「大丈夫?」


 俺は驚いて腰を抜かしていた彼女に手を差し出した。


「うん…ありがと」


 彼女は俺の手を取って起き上がると少し照れくさそうに呟いた。


「ねぇ君、何年生?名前…なんて言うの?」

「え?あぁ、俺は2年の七瀬渚沙と言います」

「どうして私を助けてくれたの……?」

「それは……」


 その質問に俺は少し逡巡した。


「困っている人がいたら助けてあげたいから…かな?」


 少しの逡巡の末、俺はそんなありきたりな言葉を発した。


「そっか、なぎさ……ありがと」


 そうして彼女は俺の名前とともに感謝を述べてその場を後にした。


 俺の発言はまるで何かを濁すような言い方だった。


 いつだって俺は大事なとこで自分の感情に蓋をしてきた。


 今だってそうだ。本当はただ昔いじめられていた幼なじみの姿と重なっただけだった。


 でもそんなことも俺は言えなかった。


 幼なじみに嫌われている俺には言う資格がないと思った。


 そうやっていつも感情にもやをかけて生きてきた。


 だってそれが、"七瀬渚沙"という人間だから。


 そんな自分にため息をつきつつも、これで丸く収まった、そう思い込んでいた俺は次の日こんなことになるとは思ってもいなかった―――

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