第5話「そっと」

 寝ようと思って目を閉じた瞬間布団の中がモゾモゾと動いた。


「……?」


 よく見ると俺の布団に隣にいた陽葵が入り込んできている。


「眠れないのか?」


 俺は小声で陽葵に話しかける。


 すると陽葵は自分の感情を誤魔化すように笑った。


「あはは、ちょっと昔のこと思い出しちゃって……」


 その言葉だけで俺はどの事を指しているか分かった。


 いつしか本人の口からも直接聞いたあの事だということを。



♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎



 陽葵の幼少期は大手証券会社に勤める父、陽大ひなたと専業主婦の母、あおいのもとで幸せに暮らしていた。


 陽葵が5歳のある日、陽大が久しぶりの連休を取れたという事でみんなで旅行に行こうという話になった。


 陽葵も5歳という事で飛行機を使わず車で行ける範囲とのことになっている。


 旅行までの数日間陽葵はどこか落ち着かない気持ちで過ごしていた。






「ねぇママ、いつになったらりょこういけるの?」

「明日だよ明日」


 陽葵が葵に尋ねると葵もどこか楽しそうな様子でそう答えた。


「たのしみだねー!」

「そうだね、でも楽しむためには今日しっかり準備しなきゃダメなのよ?」

「うん!ひまがんばる!!」


 葵の言葉に陽葵は元気よく返事をした。





 当日、天候に恵まれ快晴の中の出発となった。


 それはまるで天が陽葵達の旅行に合わせてくれたかのように空いっぱいに青空が広がっていた。


「パパお空はれたね!」

「あぁ、そうだなぁ!今日から三日間はめいいっぱい楽しもうなひま!」


 その言葉に陽葵は無邪気にはしゃぐ。


 そんな幸せそうな家族は笑顔で黄色のミニバンに乗り込んでいった。




「そうえばなぁ、ひまに言うことがあるんだよ」


 車を走らせながら陽大は言う。


「なぁに?」


 陽葵は可愛らしく首を傾げる。


「実はな、ママのお腹には陽葵の弟がいるんだよー!」


 すると陽葵は目を輝かせた。


「ほんと!?ねぇママ、ほんとなの!?」


 陽葵は興奮した様子で葵に尋ねる。


「本当よ、ずっと兄弟欲しいって言ってたもんねぇよかったね」

「うん!!」


 すると陽葵は満面の笑みで答えた。




 その刹那だった。




 車体が浮き、衝撃が走った。


 ただ子供が泣き叫ぶ声が響いていた。


 先程まで賑やかだった黄色のミニバンは変形し、横転していた。


 その事故で陽葵だけが生き残り、父の陽大、母の葵は帰らぬ人となった。


♦︎♦︎♦︎♦︎♦︎


 当時陽葵は5歳だったがその時のことだけは鮮明に覚えているという。


 目の前で両親が血を出し動かなくなる瞬間をチャイルドシートに守られながらただ見つめていたという。


 だからこそ、普段は記憶に蓋をして絶対にそれについて触れないようにしていた。


 だがその時のことを陽葵は時々思い出してしまう。


 トラウマで学校に来れない時もあった。


 今だってそうだ。


 笑顔で取り繕っているが思い出した恐怖で体が震えている。


 俺はそんな陽葵をそっと抱きしめた。


 そして耳元でつぶやく。


「大丈夫、俺がいるよ」


 俺は陽葵の震えが収まるまで小さな体を優しく包み込んだ。


 すると陽葵は安心したような表情をして可愛らしい寝息をたてて夢の中の世界へと落ちていった——

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