第20話 アホ王子に粛清を

 

 セドリックをおいかけていくと奴が墜落していったのは王都の中央にある噴水広場だった。

 着陸した後のクロガネには何かあった時のために上空で待機していてもらうことにする。

 ぐるりと辺りを見渡すと、以前は噴水とその中心にある美しい石像を取り囲むように露店が立ち並ぶ王都一の市場だった筈が今は寂れて人通りどころか人の影すらない。

 そんな今は無人の広場の石像の真上に墜落したようで、砕けた石像の残骸とともに噴水の水を自分の血で赤く染めながらのたうち回っていた。


「い、いぢゃいいいいいぃぃぃぃぃっ、おもにおなかがいたいぃい!おな、おにゃ、おにゃかに刺さってるのぜぇぇっ?!?!」


 素っ頓狂な悲鳴をあげながら自身の腹に突き刺さった刀を見て震えている。とはいえ窮鼠猫を噛むという言葉もあるので用心深く注意しながらセドリックに近づいていくと、俺に気づいてこちらを指さしながら喚き散らしはじめた。


「き、きしゃまぁぁぁっ!ユーマ、きさまぁぁぁっ!未来の王っ!たる俺になんてことをしやがるんだこの卑劣野郎!何がユーマ様だおまえなんか卑劣様で十分だぁ!!このげすぅっ!!」


「卑劣も何もそれが戦いなんだし、最初から殺し合いだって言ってるじゃん。

 お前自分を物語の主人公か何かと勘違いしてないかか?お前は主人公でも何でもないし普通に死ぬよ」

 

 そんな俺の言葉に震えるセドリックだったが、突然くっくと笑い始めた。何だろうと思えば周囲に気配が増えていた。ギリギリまで気配を消して近づいてきている奴らがいたようだ。

 当たりを見渡すと品性の欠片も知性感じない粗野な連中が広場の陰に身を隠しながら武器を構えていた。遠巻きに俺を囲んでいる形になるが、セドリックが従えたならず者たちだな。この距離まで近づかれたという事はそれなりに腕は立つらしい。


「お、お前らぁ!こいつがユーマだ!今だ、殺せ!!ぶっ殺せ!!こいつを討ち取ったら貴族、いや将軍にしてやるぞ!!出来る限り惨たらしく残虐に殺せば褒章もたんまりくれてやるぞぉぉぉぉぉぉっ!!」


 セドリックが俺を指さしながら叫び、その言葉に目の色を変えて色めきだつならず者たち。


「貴族かぁ!いいねぇ、王都の女どもを嬲るのにも飽きてきたんだ。貴族になって領民嬲りながらいい暮らしとか最高じゃねーかぁ」


「そうだそうだ、こんな地味な奴を殺すだけで大金持ちとか殺り得じゃねーか。どけ、こいつは俺が殺る!!」


「うるせぇっ、手柄は俺のモンだぁ!!」


 どいつもこいつも捕らぬ狸の皮算用で俺を殺せる前提で乗り気になって突っ込んでくるが、一応伝説の鎧を装備してるセドリックが完敗してるというのに俺の見た目だけで判断して殺れる気満々で向かってくるとか死に急ぎすぎる。数は2…30人位、これなら秒殺だぜ。というわけで……そぉい!


「とりあえず首をはねておこうね」


 攻撃範囲に入ったところで槍を振るえば次の瞬間には全員の首が飛び、血しぶきを上げて身体が崩れ落ちた。

 情熱とか思想とか理念頭脳気品優雅さあと勤勉さそして何よりも速さが足りていない奴らばかりだったなぁ。


「あぁ?!あっけなくやられてるんじゃねーよ使えないカスどもがぁっ!!死ねよゴミが……あぁ死んでるか」


「ならず物でもお前の配下だろうにあんまりな言い草だな」


 本当に人の上に立つことに向いてないアホだなと思いながら、他に何かをする様子がないのを確認して踏み込んでトドメをさしに刺突する。


「にょわーっ!!」


 しかしセドリックはへっぴり腰になりながらも羽根に魔力をこめて点火し、奇声とともに地面を滑るように転がりながら回避していた。瞬時に俺から距離をとっているのは鎧の力だが、おかげで槍が地面に深々とささって見事に回避されてしまった。セドリックの往生際が悪いのをぬいても鎧自体は高性能なので侮れない。以前の持ち主、スペックに凄くこだわったんだろうなぁ……。まさかあんなカスに悪用されるとは思うまい。……いやぁ、現実世界の元ネタ通りと言えばその通りなんだろうけどさ。


「ぢぐじょお!いででで、いでぇよぉぉぉっ!!お、おれはこんなところでしぬべきいのちじゃないんだぜぇっ!ゆんやぁーっ!」



 見るに堪えない惨めさで泣き叫んでいるが、無視して槍を引き抜き再度構える。だがそんな時、戦いに乱入するものがあった。


「……そのまま死ねぇっ、ごみ王子!」


 コツン、と石がセドリックにぶつけられた。


「そうだ、お前が無茶苦茶したせいでこの王国はボロボロだ!!」


「消えろ!死ね!!お前の無茶な指揮で兵士だった息子は死んだんだ!!」


「そうだそうだ、全部お前のせいだ!!お前のせいで国はボロボロだぁ!ならず物たちで治安は悪化して酷い事になってるんだ責任取って処刑されろ!!」


 口々に言いながら石やごみをセドリックにぶつけているのは王都に住む住人だった。ならず者達が討たれたので出てきたのか……。それぞれがセドリックを罵りながら色々なものをぶつけている。


「お前が連れて来たならず物に俺の娘は嬲られて殺されたんだ!!王都の治安を滅茶苦茶にしやがって!!」


「おまえのはいかにかあさんはめちゃくちゃにされたんだ。かあさんをかえせー!」


 家々の窓からも声と共に色々なものが王子に投げつけられている。


「な、なにすんだ愚民どもが!?王子であり未来の王っ!たるこの俺にそんな事をしていいと思ってるのかぁこのげすどもぉ!制裁っだぞ!!」


 非難の声に俺の存在を忘れて逆切れしはじめるセドリック。……今一応殺し合いの真っ最中だっていうのにつくづくふざけたやつだ。

 しかし住民には悪いけどこの王子は唐突にやらかしそうな気がするので、さっさとトドメをさそうと構えたところでセドリックが立ち上がって地団太を踏み始めた。


「ゆんやぁぁぁぁぁっ!!どいつもこいつもつかえないくずっ!ばかり!!俺様の栄光の邪魔をしてぇっ!皆殺しだーっ!!!」


 セドリックの叫びと共に奴の頭上に巨大な火球が発生し、そしてそれが急速に圧縮されて縮んでいく。


―――まずい。


 セドリック自身は火の魔法の使い手なのは把握していたが、ああいう使い方が出来る男ではなかった。

 追い詰められた土壇場で目覚めたのだろうか。

 充填した魔力を圧縮していけば、それは限界を越えた瞬間に破裂する。この距離からセドリックにトドメをさしに突っ込んでも着火された魔法は止まらない。


「セドリック、街中でそんなものを撃ったら被害が―――」


 あまりの非常識さに思わず制止をかけるが、セドリックはイキイキとした声とともに俺の方を向いた。


「撃っちゃうんだな、これが!!」


 そんな言葉とともに圧縮されたセドリックの炎が限界点を越えた。住民の横槍に動きを止めた俺の失態だ。


「――――大将ッ!!」


 咄嗟に竜の姿で飛び込んできたクロガネに抱えられて飛び上がった直後、セドリックの炎が爆ぜた。……クロガネをしてもヤバいと思ったんだろうが、その通りで広場は球状の業火に燃え、さらにそこから街路沿いに伸びた炎が王都を走り爆ぜ、街を炎の海に沈めていた。


「……本当に撃ちやがった」


 俺を抱えたクロガネが信じられないものを見るように呟いているが、それは俺も同感だった。一国の王子が自分の国民に向かって魔法ぶっぱなすとか正気の沙汰じゃない。いったいどれだけの王国民が死んだんだろうか。


「ははは、みろユーマ!これが俺の真の力だ!!純粋な暴力のみが成立させる真実だ!!」


 ―――そんな喜悦に満ちた声と共に炎の中からセドリックが飛び出してきた。腹に突き刺さっている剣を引き抜いて捨て、傷口を炎で焼いて止血すると俺に向かって突進してくる。


「……やっぱイカれてるよお前」


「俺の行く手を阻むなら今度こそ俺の手で殺してやるぞユーマァ!」


 俺の呟きに対してハイテンションな反応で返してくるセドリック。民になじられて色々と吹っ切れたからなのかもしれないが、今のセドリックは今まで以上に何をするかわからないイカれ具合なのでさっさととどめをささなければ。

 再びフォーメーションBでセドリックと打ち合うが、だんだんとこちらの動きへの反応が間に合ってきている。


「使ってやるからもっと寄越せマルサルオスゥ!こんなもんかよお前の力はッ!俺の全てを使って……ユーマの全てを奪わせてくれぇ!!」


 セドリックの絶叫に応えるように鎧が身じろぐと眼の部分から赤い残光を発しながらその動きがさらに早く鋭くなる。こちらも手を抜いているわけではないが、鎧の力がセドリック自身の限界をはるかに超えた力を引き出しているのか、それとも鎧自身がセドリックの能力を無視して最大出力で動いているのか、どちらにしてもロクなものではなさそうだった。具体的に言うと戦闘終了後に下半身不随とか目が見えなくなったりしそうね。空中を自在に高速移動しながら全方位から切りつけては離脱を繰り返しながら勢いずくセドリック。


「そうだユーマァ、もっとお前の力をみせろ!!お前が力を見せることで俺の栄光は輝きを増す!!お前を討ったものとして俺の名は轟くのだッ!!」


「それは俺に勝てたらの話だろ―――そぉい!」


 弁舌に夢中になっている隙にカウンターの要領で腕関節を狙い、セドリックの左肘を切断する。断たれた左腕は地表へと落ちていくが、セドリックは瞬時に左腕の切断面を炎で焼きつぶし止血するとこちらにぶつかってきた。

 

「くそぉぉぉぉぉっ!マルサルオス!頼む!こいつを殺させてくれぇぇぇっ」


 右手に握った折れた剣の連打で押し込もうとしてくるが、先ほどまでの勢いはない。


「俺は……英雄になるんだ!!」


 片腕で打ち合う事は不利と理解したのか、至近距離で炎の魔法を炸裂させるセドリック。……だが咄嗟に放ったのか広場の爆破ほどの威力はなかった。それでも並以上程度の人間では焼き尽くされていただろう。


「やったぞリリアン!」


 セドリックが勝ち誇る声が聞こえる。俺自身は炎の中にいるが、生憎クロガネが炎から防護してくれているのでこちらは無傷なのだ。ドラゴンで炎耐性があるクロガネがついてるからなので、これは奴と俺達の相性の問題だろう、運がなかったな。


「よぉ王子、今女の名前を呼んだか?……戦場で女の名前を呼ぶのは、瀕死の兵隊が甘ったれて言うセリフらしいぞ」


 炎を切り裂きながらそう言葉を返し、突き、薙ぎ、攻撃の手を休めず追い込んでいく。


「俺が、ユーマに、負ける……?!」


 声からセドリックの絶望感を感じるが容赦せずダメ押しをして精神攻撃もしていく。悲しいけどこれ殺し合いなのよね。


「英雄になりたいお前にひとつ教えておいてやるけど、英雄っていうのは英雄になろうとした瞬間に失格らしいぞ?」


「何を……ゴファアッ?!」


 俺の言葉に揺さぶられたのか、動きを止めた直後のセドリックの言葉は何かを吐く音で遮られた。マスクの隙間から血が零れ落ちているが、その下ではセドリックが吐血しているのだろう。


「こ……これ毒、入ってる……!!ゴボォッ」


「騙して悪いが私情なんでな。死んでもらおう……あぁ、死んでもらった、か」


 自分の異変に気付いたセドリックが震えながら血を吐き続けているが、淡々と死を告げる。

 初撃のゲイボルグで仕留め損ねはしたが鎧に穴をあけた。

 ……そしてそこを狙ってゴッドキルランスの攻撃を掠めた。

 ゴッドキルランスの本当の力は伸びる事ではなく、その槍先にため込んだモノにある。

 クロガネをして“俺でも触ったら死ぬ”とまで言った、旅の中で出会った複数のネームドモンスター達から採集した毒を混ぜた危険極まりない超劇毒。……断たれた槍先は危ないから後で地表から回収しておこうね。

 毒が回るまで随分と時間がかかったのは鎧の力か、それともマルサルオスとやらの加護か。どちらかはわからないが、ともかく毒は無事に回り切ったようで武器を取り落とし空中でビクンビクンと痙攣を繰り返しているセドリックの襟首を掴むが、最早反応すらない。

 ……すまんな、最初から決着はついていたんだよ。

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