第16話 今更掌返して助けて欲しいとか、もう遅い(前)


巨岩竜を倒した報酬として甲殻や体表に纏っていた岩石を融通してもらった事で、流刑地の建築用資材は大いに潤った。

 ネックだった運搬も『せめてこれくらいはやらせろ』とお師匠が譲らず、お師匠の配下の兵士さん達がしてくれる事になったのもありがたいところ。

 お師匠は他にもやる事があるという事で段取りを済ませると領地へと帰っていったが、運搬の指揮を任せるためにヒルダとお師匠に戦車を引く巨雷鳥のうちの一頭が俺の領地に居残りすることになり、特にヒルダは義姉上様の話し相手にもなってくれて素直に感謝しかない。お師匠の事だからそう言う事も踏まえてヒルダを滞在させてくれたんだと思うけどね。


 時を同じくして領地に合流してきたクロエが義姉上の体調面でのケアをしてくれることになり、館も人数が増えて一気に賑やかになった。

 クロエ曰く、今の義姉上は聖女として旅をしていた間の記憶と精神がごちゃまぜになっているので知っている人間は友人として認識しつつも旅の記憶に蓋をしている非常に不安定な状態という事。

 焦らず少しずつ現在の状態や記憶とすり合わせながら治療していくというのでそのあたりはクロエを頼りにさせて任せるしかない……俺としては義姉上が穏やかに暮らせるのならそれでいいんだけど。


 ―――そんなある日の事、領地に予期せぬ人物が訪れたという事で住民から連絡があり、向かってみるとそこにいたのは大臣のゲルハートだった。フードを目深にかぶった女の子も連れている。2人だけでこんな所へわざわざ何の様だ?と訝しく思ったところで女の子は酷い怪我をしている様子だったので一旦館へと運び、とりあえず話を聞くことにした。


 館の応接室で、俺、ヒルダ、クロエ、そしてゲルハート、女の子が向き合って座る。女の子は先ほどクロエが治癒の魔術をかけて怪我を完全に治していた……妖精女王の娘っていうだけあってクロエの治癒ってすごいんだよなぁ。表情を変えずに“死んでいなければどんな傷でも完璧に治療できます”、なんて言ってたけどそう言えるだけの確かな腕だと思うった、さすが次代の女王。


「―――ありがとうございます」


 そう言って俺達に頭を下げる女の子に、気にしないようにと声をかけながら大臣に話しかける。


「……で、なんでまた王国の大臣がまともな供も連れずにこんな所へ?まさか大臣も追放されたなんて言わないよな?」


 ハゲ……じゃなかったゲルハートにはリリアンのこともあるので複雑だが、とりあえず状況の確認は必要だすいと促すと、大臣は机に額をぶつける勢いで頭を下げながら叫んだ。


「……今更になるが君や聖女を追放したのは誤りだった、すまない!……そして恥を忍んで頼む、今一度力を貸してほしい、王国を救ってくれ!!」


「嫌です」


 なんだそれと思いながら即答でお断りする。いきなり掌返してごめんなさいは通じないだろ……。本人も言ってるけど恥知らずすぎるなぁ??

 あとは流刑地での生活も楽しくなってきたし、住みやすい街に発展させていくのちょっと面白いので今更王国に帰る理由がない。毎日の充足感や楽しさはここの生活の方がはるかに上だ。


「な、何故だ!?君は英雄だろう?!」


「その英雄を嵌めて追放したのはアンタでしょ?丁寧な根回しまでして追放しておいて何を今さら英雄と持ち上げるんですかねぇ」


「そ、それは……あの時は、ああするしかなかったのだ……」


 嘘言え、ほかにいくらでもやりようはあっただろハゲ!

 保身と自分の利益のために義姉上と俺を切り捨てておいて何をいけしゃあしゃあというのかと呆れてしまう。


「はいダウトー!あぁ、ダウトってのは嘘って事ね。

 いや何言ってるんだよリリアンが王妃になった方が得だから義姉上や俺を嵌めて王子との結婚仕組んだんだろ?流石にわかってるから今更おためごかしは通じないぞ。

 で、そのうえで改めて言うけど、無理。

 俺も義姉上も王国とは関係ないから何があったか知らんけど自分たちで解決してくれ」


 最大限言葉を選び感情的にならないようにお断りする。

 大臣はと言えば一切表情を動かさずに冷めた態度で接する俺の様子に顔を青くしているが、もっと簡単に俺を説き伏せれるとでも思っていたのだろうが、残念ながら俺はすでに王国への関心/zeroなのだ。


「そ、そんなことを言わずどうかどうか頼む!!このままでは王国は終わりなんだぁっ!!」


 頭を下げながら必死に懇願してくるが、義姉上の心が傷ついたのももとはといえばこのハゲ達が義姉上や俺を嵌めたからなので許す道理も助ける理由もない。


「それこそ自業自得では?というか、今更謝られてももう遅いとしか言えないし聞く気もない。

 ……とりあえず、今日はこの街に泊まっていってもらっていいから帰ってどうぞ。あと義姉上は今凄く不安定な状態でアンタ達と合わせたくないから、義姉上に会わないように村の空き家に泊まっていってくれ」


 細かい事情を聞いてはいないけど、聞くまでもなくお断りムード全開。あと大臣だろうとそのお伴だろうと遜る必要もないしお客ってわけでもないので最低限の対応だけで十分でしょ。

 そんな取り付く島もない様子の俺にがくがく震えて絶望している大臣と、フードの下で表情をうかがう事が出来ない女の子。そういえば大臣が連れてきたこの女の子は何者なんだろう?


「た、頼む、いや、頼みますユーマ殿、いや、ユーマ様……!!王子が乱心して暴れているのです!!私はその報を聞きすぐにこちらへ飛ばして来ました!」


 ……うわぁ、あの王子絡みかよ。余計関わりたくねぇ。というか聞く気ないと言っているのに何必死にまくしたててるんだろうね。


「失態を重ねて幽閉された王子が、建国の英雄が使っていた伝説の鎧を奪取して反乱を起こしたのです!!」


「うわぁ……」


 普通にアホすぎてドン引きしてしまう。王国の人達は何ぐだぐだなことやってんだろう、しっかりしろよな、知らんけど。


「……あぁ、それで自分一人逃げ出して此処に来た……ってコト?」


「うぐっ?!」


 なんでここに大臣がいるか合点がいったので指摘してあげると潰されたカエルみたいな声をあげる大臣……わかりやすく駄目な大人だなぁ!しかもこの言いようだと事態の顛末確認せず自分だけ即逃げかましたんじゃないの??


「……それでそこの女の子がボロボロだったのも理解できたぞ。その子が護衛してたんだな?アンタは傷ひとつないのに女の子が傷だらけだったのはそう言う事ね」


 俺の言葉にバツが悪そうに俯く大臣……うーん、このオッサン、追い詰められるとダメなところがボロボロ出てくるなぁ。


「……そ、そうだ、ユーマ様!この娘が気になるのであれば、リリアンの代わりにこの娘を差し上げましょう!!」


「――――はっ?」


 何を思ったのか唐突にそんな事を言ってくる大臣。このハゲ何言ってるんだ?!


「名をエシェックと言いますがリリアンの腹違いの妹にあたる私の婚外子です。ほら、顔もリリアン程ではありませんが整っていますし珍しい魔術を使うのでユーマ様のお役に立つはずです!!この娘をユーマ様に差し上げます、これでどうか――――」


 そういって女の子のフードを脱がせると、そこにはリリアンに似た目元の女の子が困惑した様子で大臣―――自分の父親――――や、俺を交互に見ていた。そら、そうよ。というか自分の娘を何だと思ってんだ。追放抜きにしてだんだん腹が立ってきたぞ……!!


「だ、大臣?!何を……」


 エシェックと呼ばれた女の子がそう言いながら、困ったように大臣を見ている。父と呼ばず大臣と呼ぶその言い方に少し嫌な引っ掛かりを覚えていたが、次の瞬間にそれは的中した。


「お前は黙っていろ!身分が低い母を持つお前をここまで育ててやったのは、私の道具として役に立つからだ。それはお前も十分理解しているだろう?!黙って私の言う通りにしているのだ!!」


 俺が目の前にいるというのにそんな事を言う大臣に、かつての俺の父親が重なる。俺を“政略結婚の道具、家族じゃない”と蔑んだ目を向けていた父親の視線と、大臣がエシェックを見る目が同じだと気づいてしまう。


「いいか、お前は道具だ。道具が口答えをするんじゃぁない!!」

 

 成程、王子が暴れて困っているのは真実なんだろうし、それで切羽詰まってこのハゲに余裕がなくなっているのも理解した。だが――――おれは いまから いかるぜ。


「そぉい!!」


 テーブルを飛び越えて大臣の前に着地し、そのまま掛け声とともに大臣を殴り飛ばす。死なない程度に手加減はしたが……このハゲ!殴らずにはいられないッ!!


「ぴぎゃぁっ!!」


 情けない声を上げて大臣が吹き飛び、地面で痛みにのたうち回っている。


「なぁ大臣……人には触れてはいけない痛みがある。そこに触れたら後は命のやり取りしか残らないって知らないのか?」


 とはいうものの、ここで命をとる事はできない。こいつには法の下に処断されて死んでもらうという仕事が残っているのだ。国が亡ぶ引き金引いたんだからきっちり報いを受けたうえで死んでもらわなくてはいけないよ、うん。

 とはいえ、俺の地雷を踏みぬいたこのハゲを理解(わか)らせてやることはさせてもらうけどな……!!

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