第4話 不毛の王国、豊穣の流刑地


 到着した追放先の流刑地は思っていたほど酷い土地ではなかった。

 随分と痛んではいるがかつて領主が住んでいた洋館と、都市部には木造の古い家屋が並び廃れた小都市というような様相だった。そして流刑地に追放されているのも政争で敗れた者や何らかの理由で廃嫡されたものなどで犯罪者というよりは貴族特有の御家事情で飛ばされたような人が多い。勿論、犯罪者紛いの人間がいないわけではないが。


 俺と義姉上が街に到着し、「追放されてきた」と説明すると流刑地に棲む人たちは目を剥いて驚いていた。

 まぁそりゃそうか、理想の聖女とまでうたわれた姉上が心を砕かれ幼女のような振る舞いになり、ついでに武名をとどろかせた俺も一緒に追放されてるので皆一様に信じられないものを見たという様子。

 適当にかいつまんで事情を話すと、元貴族の住人たちは何とも言えない表情で理解を示し、無人のまま今は誰も住んでいない元領主の洋館を使う事をすすめてくれた。というか、いくら流刑地だからと言って元聖女と王国最強騎士には良い場所に住んでほしいと労われてしまった。元、なんだけどもこのあたりは今までの功績や知名度によるものだと思う。


 今更だが俺は異世界転生者で、以前はブラックゼネコンで社畜建築設計をしていて床や並べた椅子で寝ることが当たり前だった。なので小屋だろうと野宿だろうと気にしないが、義姉上の体調の事もあるので申し出に甘えさせてもらうことにした。


 無人の洋館は埃っぽくいたるところに蜘蛛の巣があり、歩けば床板がギィギィと音を鳴らすような場所だったが、それでも造りはしっかりしていて雨風をしのぐには十分な場所だった。


「だ、だいじょうぶだよゆーまちゃん。おばけがでてきても、おねえちゃんがついてるからね!」


 婚約破棄以降、俺と出会ったばかりの頃の子供時代にまで心がさかのぼってしまっている義姉上だったが、俺を背後に庇うようにしながらぷるぷる震えて歩いていくのを見ると子供のころからこの人はこういう人だったな、と懐かしさと切なさを感じた。

 こんな優しい義姉上をボロボロになるまで使い潰して裏切ったあのクソ王子、もっと殴っておけばよかった。


 それから街の住人の人達も協力してくれたので洋館を綺麗に掃除し、馬車に積み込んできた布団を運び入れた。最低限度の家財道具はのこっていたがさすがに布団はカビていたので、道中使っていた移動用の寝台の布団に取り換えた。俺?俺は元政務室にボロいソファがあったからそれで充分よ。元社畜からしたら極上のベッドすぎるモンニ!


 ……なんて甘い考えは通じず、俺がボロソファで寝ることをよしとしない義姉上に泣きつかれて2人で同じ布団で寝ることになった。そりゃ子供の頃はそうやって一緒に寝てたけどこの歳だと色々と誤解を招く絵面なんだよなぁ……。ちなみにクロガネはちゃっかり幼竜だったころのサイズに身体を縮めて枕元で丸くなって寝てた、便利な能力だなぁ。

 ……なんだか子供時代に戻ったみたいで懐かしさ感じるよな~、と思いつつ、俺達の流刑地での生活が始まった。


 と言っても流刑地での生活はやる事が決まっているわけではないので、ミニサイズになったクロガネに義姉上のお守りを任せて俺は森に狩りにいったり、転生前に覚えていたアニメやゲームやマンガのキャラクターの必殺技を再現しようと創意工夫に励んだり、なぜか成り行きで街のトラブルの仲裁や住人からの相談を陳情されるようになったのでそれをこなしていた。

 実家にいたころに領主の実務をやってた経験が活きたので、人生どんな経験がどこで活きるかわからないものである。若いうちに色々経験しておくのって大事だと思うよ。


 そんな流刑地での生活が続いたある日、懐かしい友人が訪ねて来た。というのも突然洋館の玄関前に尋常ではない気配が現れたので警戒しながら扉を開けたら、よく知る顔だったのだ。前触れもなく現れるあたり変わってないなぁと苦笑してしまう。


「お久しぶりです、ユーマ様」


 薄緑色の長髪に花冠と白いドレスをきた美女。人間離れした美貌と透き通るような翡翠色の瞳が、人ではないという事をやんわりと伝えている。


「やぁ、クロエ。突然来るからびっくりしたよ…おっと、上がってくれ」


 そう言ってクロエを執務室兼応接間へと通す。足音もなく俺の後をついてくるが、この美女の名前はクロエ。王国の大地に影響を及ぼす妖精女王の一人娘で、以前魔族に花嫁として攫われた際に義姉上やクロガネ、あと辺境伯の双子の娘達と協力して奪還したことが縁で友誼を結んでいる。

 今は妖精女王の下で次代の女王として鍛えられていると聞いていたが、そんなクロエが供も連れずに訪ねてくるなんて珍しい。……いや、クロエ自身がそこら辺の妖精やらエルフよりもはるかに強いんだけどね。

 お互いの近況を話したが、既に俺と義姉上が追放されてこの地に来ていることはクロエや妖精女王の耳にも入っていたようだ、だから来たんだろうけど。

 ちなみに家にいるのは俺と、お休み中の義姉上(とクロガネ)なので、お茶も俺が準備したよ。この辺りは前世の知識。


「さて、本題に入りますね。母上―――妖精女王はこの度の事に深く胸を痛めておいでです。そして、かつて王国が妖精女王の住まう古の森の木を伐採し、開墾しようとし起きた争いの調停をした聖女ディアナ様を追放した事に対しての遺憾の意を王国にお伝えしました」


 あ、なるほど。だからクロエが此処に来てるのね。要するにあの色気がすっごい妖精女王様の使者として王国に文句言いに行ってくれたのか。此処に来たのはその帰り道かな?


「手間をかけさせてすまない」


 心遣いに感謝しつつ頭を下げると、好きでやっていることなのでと笑うクロエ。


「―――そして王国のファッキンな王子…おっと失礼しました、無礼極まりない態度に王国の大地の加護を放棄することを正式に決定しました」


 普段は殆ど表情を変えないクロエが露骨に顔を顰めている……あのアホ王子かぁ~、クロエに渋面させるとか何やらかしたんだろうあの王子。

 あと、今さらっとファッキンとか言おうとしたよねっ!よくないからやめようね、その口癖言うようになったの俺なんだから強く言えないけど!クロエを救出に行った時になんやかんやで俺だけ敵陣の真っただ中に落っこちて、そこから助け出したクロエを抱えながら俺がファッキン魔族吹っ飛べー!とか言いながら敵を蹴散らしてたらクロエがファッキンっていうようになったので完全に俺の責任ですね!!ごめんなさいね!!


 ……元々王国は妖精女王の森を侵して臨戦状態だったんだけど、両国間で暗躍する魔族の討伐やクロエ救出を経てこれ以上の森を侵さない事を落としどころとして和睦したのだ。その結果王国の大地の土壌は妖精女王の加護で飛躍的に改善され、わざわざ妖精女王の土地に手を出さなくてもよくなったという経緯がある。

 それも妖精女王が義姉上を気に入って結ばれた関係だから、義姉上追放したらそうなるわな。


「なんか色々ごめんね、クロエ」


「いえいえ、ユーマさんが謝る事ではありませんよ。……それと、母上からこの流刑地の大地に豊穣の加護を与えるとの事です」


 それは助かるなぁ、食料があるのは助かる。王国が妖精女王の森に手を出したのは王国自体人口の増加に対して農作物の収穫が足りてないって状況でその肥沃な大地に目をつけたのがきっかけだだったし。住む土地が豊かになるのはありがたいので素直に感謝、圧倒的…感謝…ッ!

 そんな形で妖精女王からの支援を受けることになりこの流刑地の食糧事情は大幅に改善されそうだった。代わりに王国が酷い事になりそうだけど。

 その他幾つか今後についての話や妖精女王から提案された協定についてなどを話した後は、他愛ない雑談に興じた。


「でもクロエがあんなしかめっ面するなんて珍しいよな」


 ははは、と割りながら言ったら、思い出したようにげんなりした顔とため息とともにクロエが教えてくれた。


「あのファッキン王子…おほん、王子、追放について遺憾の意を伝えた後、それまでの話を聞いて無かったかのようにニヤニヤしながら側室に入れてやるからベッドに来いと言ってきたんですよ」


 ファ~~~~~~~ッ?!あのバカ何やってるんだよ?!いやクロエは妖精の一族だから人外の美人だけどさぁ、それでも人として分別ってあるだろ?あいつ下半身に脳みそついてるの?ばかなの?しぬの?

 立場で行ったら王国は妖精女王の加護を受けた庇護下にあるんだぞ?!その相手になんて事を。


「それは災難すぎる……お疲れ様、あとなんか本当に申し訳ない」


「いえ。あまりに失礼で下品な物言いであれやこれやといってきたので、そぉい!と吹き飛ばしてスッキリしてきたので問題ないです」


 にこりと笑って言うけど、客観的に見たら立場が上の相手の使者にセクハラしたんだからぶっとばされてもしかたないよね。きえろ王子、ぶっとばされんうちにな。いやもうぶっとばされてたわ。

 そりゃ断交されても仕方ないわ。加護取り消されてまた食料足りないモードになっても仕方ないわ、ただただ国民が可哀想だけど。

 あと王国に残ってる臣下の皆ははやく王子から全権奪い取って黙らせた方がいいと思うな!

 しかし王子のそんなアホな失言をあの国王が許すかな、と思ったけど謁見の間では王子とリリアンに対応されて王は不在だったようだ。……なんだか妙な違和感感じるな、知らんけど。

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