第12話 無能王子は国民のおもちゃ【大臣視点】


――――巨岩竜討伐戦が終わってから、王子の評判は地に落ちた。


 王子は決戦での大損害は戦死した将軍や諸将の責任、そして戦場に乱入したユーマ殿が陣形を乱したためと喚き散らして頑なに自分の非を認めなかった。


「俺は悪くねぇ!」


 そういって譲らず、敗戦の責任を他人に押し付けようとする王子を見る目は誰もかれも冷ややかなもので、王子は腫れ物のような扱いとなっていた。

 特に王子に積極的に従って壊滅的な被害を追った将達の心は既に王子から離れていて不満と怨嗟が渦巻いているのを肌で感じる。……欲につられた自業自得と言えなくもないが。

 そして王子が何をどう主張しようとも今回の件はあまりにも目撃者が多すぎた。戦いを実際に体験し生還した者達の広める噂を阻止すること等できるはずがない。


 結果、王子は救いようのない無能という評価がゆるぎないものとなっており、ここから入れる保険など無いという状態になっている。

 「国のために廃嫡するべき」「跡継ぎを産ませたら蟄居させよう」と、既に王宮では王子から実権をとりあげて何もさせないようにと主張する勢力がある。だが、それを止められるものなどいない……少なくとも今の王子に権力を持たせたままでは国が亡ぶと誰もが考えているのは同じだからだ。


 そんな事を考えながら歩く街の人ごみは覇気がなくどこか薄暗く感じる。

 私は時々こうして供を連れ変装しながら一般の市民に紛れて街を視察するのを実益を兼ねた趣味にしているが、今の王都は空気が重い。

 食糧難や結界問題、そして敗戦と課題が山積みだからだろうか?

 一応、食糧難については巨岩竜の肉素材を譲り受けることが出来たので一応の解決となりそうではある。

 王子だけは巨岩竜は自分が討伐したからすべて自分のものだとがなりたてていたが当然無視され、王弟殿下の指示により肉素材は王国へ、甲殻や岩石部分は流刑地へと運ばれることになった。ユーマ殿が肉素材は不要だから好きにしても構わないが甲殻や岩石部分だけは使いたいと希望されたようで、王弟殿下がそれを認めたからだ。

 巨岩竜の肉は日持ちする特性があり、魚の塩漬けを発酵させたような“世界一臭い”と言われる悪臭に目を瞑れば今の王国にとって貴重な食料になるだろう。


 そして今の王都にはもう一つ大きな動きがある。救国の竜騎士の舞台が連日満席となって演じられている事だ。


 ―――愛するものを奪われ、仕えた国に裏切られ国を追われた悲運の英雄が祖国の窮地に舞い戻り救い再び去ってゆく。そんな物語が王都では大流行していた。

 ……かくいう私もつい先ほどまでその劇を観に行ってきたのだが、劇を見る観客たちは皆、愛する婚約者を奪われ失意の中で国を追われる英雄の境遇にすすり泣き、追放先で苦しい生活を送りながらも故国の窮地に再び立ち上がり戦うその高潔な姿を讃え、そして物語の大団円には喝采を贈る。

 そして物語の中で英雄と相思相愛であった婚約者を奪い観客が怒りを覚えるほどの無能の限りを尽くし国を衰退させる馬鹿王子への怒りを口にする。それら劇中の登場人物が誰を揶揄しているかなど、言うまでもない。


 本来であれば“不敬!フケイ!フケイです!”とでも言われて処罰されそうな内容ではあるがと興行側現実の人物とは関係がない創作ですと言って譲らず、また世論も劇を指示したことや取り締まる側の法政機関も王子を見放していることから結局黙認されるに至った。


 ……そしてそんな劇を観劇した私もまた胸が苦しくなる。最愛の婚約者を奪われ、国を追われながらも再びこの国の窮地を救った真の英雄たるユーマ殿の胸中を思うと自分の愚かさに恥しかない


 それだけではなく、街並みの中では明らかに王子や巨岩竜やユーマ殿をモチーフにした人形劇が子供たちを笑顔にしている。どうみても王子にしか見えない人形が、ぴょこぴょこと飛び跳ねている。


「おれさまはこのくにのおうじっ!なんだぜ!じゃまなえいゆう!のりゅうきしをついほうしてやったんだぜ!」


 そういいながら威張り散らす王子人形に子供たちが罵声を浴びせている。すると画面の端から巨大な竜の人形が姿を現した。


「りゅう!があらわれたんのぜ?おれさまのさいきょうっ!のせいけんでやっつけてやるんだぜっ!」


 意気揚々と王子人形が竜にいどみかかるが、手も足も出ないまま無様に蹴散らされている


「……ゆあぁぁ?きいてないんだじぇ?はやくしんでね、すぐでいいよ!」


 お前が死ねー、引っ込め無能踏みつぶされろーと子供たちの罵倒がヒートアップする。そんなオーディエンスの声に反応してか、王子人形が竜の足でギュウギュウと押しつぶされて変形している。


「ゆやぁ~、じにだぐないんだじぇっ、おれはせかいをすべるおうっ!になるおとこなんだじぇっ!こんなところでしんでいいいのちじゃないんだじぇっ!はやくたすけてね!」


 握りつぶさせろ、虐待させろ~!と叫ぶ子供たち、このころになると大人たちも加わり、そのまま踏みつぶされろ馬鹿王子!と観客がヒートアップしている。


「じ、じにだぐないんだぜ……じに……やだ……だじゅげで…」


 ついには王子人形が踏みつぶされ、動かなくなった。


「―――だがそんな時に戦場に舞い降りたのは、漆黒の鎧を纏った竜の騎士!!」


ワァァァァッ!!子供も大人も大歓声をあげる。竜にのったこれまたユーマ殿そっくりの英雄の人形が見栄を切って登場した


「覚悟しろ、邪悪な竜よ。呆れるほどに有効な戦術をくらえ!」


 歓声なのか悲鳴なのかわからない熱狂的な声援の中で竜は倒され、英雄は自らを誇る事もなく去っていく。


「かくして、真の英雄たる黒の竜騎士に竜は討伐され、王国は救われたのでした」


 かっこいい!真の英雄だー!と子供も大人も大満足で、おひねりを投げている。子供の情操教育的にはどうかという問題はさておいても、これがこの国の現状だ。王子の無能は知れ渡り国民からは完全に見放され、おもちゃにされている……王子の無能を揶揄する題材にするだけで大ヒットすると言われる程に。


「これが王都の現状です。最早王子の評判は覆せるものではありません」


 供のうちの一人、フードを目深にかぶった娘の言葉に静かに頷く


「……わかっている。この事態を招いたのも、もとはと言えば私が天秤を見誤ったからだな」


 来た時よりも重く感じる自身の歩みを感じながら、陰鬱な気持ちで城へと戻る。ユーマ殿がこの国に戻ってくれれば……。そう思いながら、私は失意の涙を流すしかなかった。

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