第2話 この国が滅びるのは確定的に明らか


 謁見の間でのやり取りのあと、義姉上を部屋までお連れして寝台に寝かせた。

 心労からか気絶するように眠ってしまったが、お労しや義姉上……。

 涙を流しながら眠る義姉上の顔を見ていると、いつからいたのか俺の傍には歳のころ13、14歳ほどの少年がいた。黒髪はサイドを長く伸ばし、後ろを結んでいるので一見少女のようにも見える。少年の軍楽隊が着るような上着は黒地に金の刺繍が入っていて豪奢、そして下は健康的なハーフパンツ。この少年の名前クロガネ、俺の“兄弟”である。


「みてたかクロガネ。まぁそんな事でよろしくたのむわ」


「あぁ、バッチリ見たぜ。この国を見捨てる事は俺も構わないんだが……大将、このままじゃこの国は終わりなんだぜ」


 クロガネがそう言って嘯く。


「大将は王国最強。その婚約者を寝取るってのはアホのやる事だし、リリアン嬢と大将の関係は周知の事実であんな風にお粗末に反故にされていいものじゃねぇだろ。特に大将と轡を並べて戦ってきた辺境伯の旦那筆頭に、武官達は面子を潰されたように感じてるんじゃねぇかな。あの婚約破棄の場でもアホ王子に同調していたのは文官が殆どだったろ」


「そーなのかー」


 あまり気にしてなかったのでクロガネの言葉に生返事すると、やれやれと溜息をつかれてしまう。しょうがねーじゃん義姉上の事で頭一杯だったんだし。……リリアンについてはいずれ落とし前つけさせなきゃなとは思うけど。


「はぁ、大将は時々抜けてるからなぁ……。あの王様の疲れ切った反応を見るに本来の予定と違ったんじゃないか?色々とありそうだけどな」


 そんな事を言いながら俺の傍らにあった椅子に腰かけて足を組み、肩を竦ませるジェスチャーと共に話を続けるクロガネ。


「それに姐さんの事もそうだ。姐さんは聖女として結界を張っていただけじゃない。

 姐さんが取り付けたのはこの王国の大地を支えている妖精女王の加護や、俺達が協力した海王との不可侵条約もある。

 他にもこの数年の救国の旅で姐さんが築き上げてきた平和は、この国の王族ではなく姐さんあってのものだ。その姐さんを追放するという事はそういった今この国を平和たらしめている基盤全部ドブに捨てるってこったろ?」


「まぁ、そうなるな」


 クロガネの言葉に頷く。それは俺も想定していた事だ。そこまで王家の連中達が理解してるかは正直自信がない。俺たちの旅での調停は“聖女ディアナ”との間に結ばれたもので、この王国とのものではないのだ。一応説明はしたんだけどなぁ……。


「このままいけば精霊の加護を喪ったこの国の大地は腐り、海洋航路は再び海王の眷属で封鎖され、そして人の魂の淀みは浄化されずに貯まり続け遠くないうちに魔王やそれに類するものを発生させるだろう。もしかしたらそれ以上の事がおきるかもしれねぇな」


 半ば確信を得ている様子で、空を見上げながら語るクロガネ。


「そ、そんな…そんな……!!」


 クロガネの言葉に、俺は声を震わせるが、そんな俺の様子にクロガネが無言で頷く。


「―――そんな事俺達には関係ないしどうでもいいよな兄弟!!!!!!!」

 

「ハッハァ!大将ならそう言うと思ってたぜイエーイ!!」


 そう言ってクロガネと一緒にパァンと掌を交差させて打ち鳴らす。

 今クロガネがいった事は予想の範囲内だし、俺もそう思っていた。けど、俺は別にこの国の王族や民のために騎士になったわけじゃない。

 敬愛する義姉上が無理・無茶・難題に挑むというので義姉上を護る為に冒険していたのだ。……だからこの国とか民がどうなろうと俺の知ったこっちゃない。

 ようは、優先順位の問題だ。俺にとっては義姉上を護る事が最優先の目標であり、その過程やついででこの国の王族や民が守護られる分には構わないけど、俺にとってはあくまで義姉上を護る事が最優先なのだ。


 あと、義姉上をこきおろし侮辱し心を砕きゴミのように捨てたのはこの国の王族なんだ。そんな奴らを助けてやるつもりは毛頭ないし、義姉上を不要と言ったんだからあとは自分たちで何とかするだろ。


「オーケィオーケィ。それと俺もこの国をナワバリとするのを辞めっから」


 そういってクロガネが何でもない事のように言うが、これもこの国にとっては結構致命的な事だと思う。この国は周囲を(休戦中の)敵国・海・魔物の生息地で囲まれている。

 まだ年若いとはいえクロガネがナワバリとしているから魔物はこの国を襲わなかったのだ。これは義姉上の負担を少しでも減らすためにクロガネ(と俺)が周囲に棲む強大な魔物と死闘を繰り広げこの地の主として君臨したので、今まで義姉上の結界が脅かされる事が無かったのである。

 ……聖女として国を守護する方法は何も魔力で王国の結界魔術を発動させるだけじゃない、ってコト。


 そしてクロガネがナワバリを放棄すれば、俺やクロガネが征服してきた蛮族・魔物・魔族が遠慮なしにこの国を襲い始めるだろう、知らんけど。


「いいんでねえの?この国がどうなっても自己責任だしな!!あとは国に残ってる奴らがなんとかするだろ」


「だよな!というわけで俺は追放先を新たなナワバリにするぜ。……ところで大将はどうするんだ?」


「俺は追放先の治安を安定させて、あとはのんびり領地運営しながら自分を鍛えるわ」


 折角なので転生前の知識を基に色々と技を開発したりできる事増やしたりしたかったんだよね~。漫画とかゲームとかアニメの技を再現とかしてみたいし。


「へぇ、今でも十分強いのにまだまだ強くなる気か大将」


「義姉上を完全に完璧に護る為なら強さなんて―――こんなんなんぼあってもいいですからね」


「出たよ大将の変な物言い。ま、俺っちも一緒なんだ気楽にいこうぜ」


 という訳で義姉上が深く傷つけられたことは遺憾だが、俺とクロガネがいればどこでもなんとかできるという確信があったのでこれからの事についての不安はない。

 そんな話に一区切りがついたころ、義姉上の腕に嵌っていた護国の腕輪が音を立てて外れた……どうやらこの国を守る守護結界と義姉上の接続が切れ、リリアンに移行したのだろう。義姉上は完全に用済み、というわけね。ふーん、へー、ほー。


「俺っちも姐さんの傍についていたいところではあるんだけど、先に追放先にいって周辺の魔物を制圧してくるぜ」


 窓辺に移動したクロガネがそう言いながら窓から身を乗り出そうとしていた。


「おー、頼むわ。つよつよなやつとかネームドモンスターみたいな奴は後で協力してやっつけような」


 そう言って声をかけると、にっこり笑いながらクロガネは窓から飛び出し、黒い霧のようなものを纏った後に漆黒の鱗と甲殻を持つ竜へと姿を変えていた。正確には竜が人に姿を変えていたので元の姿に戻ったというのが正しいのだけれども。


 鼻先から伸びる一本角、四肢を持ち体長の2倍以上はある巨大な羽根。ファンタジーにでてきそうなドラゴンそのものの姿になったクロガネは、俺と義姉上を一瞥した後あっという間に空の彼方に飛び去って行った。さすがクロガネ、判断が早い!

 クロガネは俺や義姉上が子供の頃、怪我して森に墜落しているところを義姉上が拾って育てた幼竜なのである。今では立派な子竜になったが、義姉上を姐さんと呼び母のように慕い、俺とは兄弟みたいに接している。俺にとっても弟みたいなもんだしな。


 そしてクロガネが旅立った次の日、寝込んだままの義姉上を馬車にのせて王城を出たところで入れ違いに来た早馬の言葉をすれ違いざまに聞いた。


「―――西の森に隣接する村が魔物の群れに襲撃されて壊滅しました!!住民は国の西端を護る砦に避難しましたが砦が危険です!!」


 判断が早い!!もう魔物が攻めてきてるのウケるんですけど。義姉上から結界が移行してクロガネも去ったら即襲来とか魔物側が有能すぎる。

 ま、俺達はもう関係ないからこの国の皆で力を合わせて頑張ってくれ。というわけでアディオス!!

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