第26話 さようなら王子様

 セドリックから槍を引き抜き鎧をひっぺがした後に正座させ、いざ介錯してやろうと俯いた首に刀を振り下ろしたら鋼鉄をハンマーで殴りでもしたような音が鳴った。


「―――硬ぇっ!!」


 岩盤でもなぐりつけたかのような衝撃に思わず顔を顰める。

 斬りつけた刀の方が弾かれる始末で、さっき戦っていた時よりも一層硬くなっているような感覚すらある。

 ……なんだこれ、お前の身体どうなってんだよ。


「普通の刀じゃダメそうだな。大将が造った“キックバック”って剣、あれならどうだ?俺っちがひとっ飛びして取ってこようか!あれならこいつの首も“はっぴぃ”で埋め尽くせるんじゃないか?」


 キックバックというのは俺が造った武器で、数珠繋ぎになった小さな刃が剣先に沿って回転するという剣……という名のマジカル☆チェーンソーだ。切れ味は抜群だが使っている間俺が放電して刃を回転させ続けなければならず、燃費と取り回しが良くないので今回は持ってこなかった。

 槍を使わないときの俺の主武器でもある、良く斬れるんだわ。槍兵とか騎兵としてじゃなく剣士として戦う時の俺のとっておきだ。


「あー……どうだろう、キックバックこれは斬れるかなぁ?もっと根本的なところに問題がある気がする」


 そういってセドリックを見下ろすと、既に顔色は土気色を通り越して毒々しい紫色になっていてゾンビとかクリーチャーとかそういったモノの方がしっくりくるので早いところ死なせてやりたい。


「……シテ……コロシテ……」


 あれだけ生に執着していたセドリックが死を懇願するというのもシュールだが、個人的な感情を抜いてさっさと殺してやらないと哀れすぎる。


『待て待て、今の状態だとこの王子様は殺せない。ちょっと待ってろ少年』


 此処にいる誰でもない人の声。……あれ、でも俺はどこかで聞いたことがあるような?


「ゆきゅっ?!ぎゃ、ぐ、ゆんやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!?!?!」


 突然海老ぞりのように激しく痙攣しながら転がり回り、ビッタンビッタンと地面の上を跳ねまわり始めるセドリック。片腕を失ったまま残りの手足もぐちゃぐちゃに折れ曲がっている姿で身悶えているのは因果応報とはいえ見るに堪えない。

 しかしあまりに様子がおかしいので警戒しながら槍を構え様子をうかがうと、

 セドリックの身体から湯気のような煙が音をたてて出てきて空中で集まっていく。


『よぉ王子様、親殺しとか越えちゃいけないラインってあるだろうが……考えなよ。そのせいで俺の封印が解ける最後の一手になったってのも皮肉なもんだけどな』


 空中に浮かんでいた煙は人間の―――成人男性の形と、そして桃色の髪をした幼女の姿になり、地面に着地した。女の子の方は鼻や口の周りがなんだか犬っぽいし耳もケモミミで法服に似た服を着ている。……獣人族とも違うようだけどすごくケモケモしているぞ。

 ……そして男の方は全裸である。……全裸ァ?!しかし……男の方の顔、どこかで見たことがあるような?どこだったか。


「―――待たせたな、俺を呼んだのは君だろ?」


 そう言って俺を視てウインクをしてくる全裸男。……うん?どこかで見たことがあると思っていたがこいつは俺が前世、地球にいたころにネットで音MADやクソコラで散々ネタにされてみたことがある顔だ。


「呼んでないけど?……いや、ちょっとまてお前の顔見たことあるぞ……お前、まさおか」


「YAS I AM!チッチッチ!」


 アイドルばりに顔だけは整っているその顔は見た覚えがある、というか俺の世代でネットやSNSに降れているオタクなら多分皆知ってる。

 イケメン歌い手(笑)として有名だったが、未成年への暴力行為がライブ配信されてた事に始まり芋づる式に暴力行為やその他犯罪行為が明るみになってブタ箱へ、そして実家の自動車会社は違法行為を行っていて行政処分からの倒産で坂を転がり堕ちるように転落していったどうしようもない奴だった。

 まさか前世でネットのおもちゃにされていた痛い奴が異世界で神やってるとは思わないよ。

 聞いた話は心身を病んでどこぞの精神病院に入院したとか聞いたけどまさお死んじゃってたのかー。

 ……しかしマジかよ、お前がマルサルオスなのか。というか伝説の鎧の件然り、この世界って転生者いっぱいだなぁ。


「ところで俺をまさおって知ってることはお前地球からの転生者だよな?ねぇどこ住みなん?」


「うん?えぇ。ソウデスネ………そぉい!!」


 やけにフレンドリーに絡んでくるまさおにとりあえず腹パンしておく


「ぶるぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ?!?!?!?どぼじでいきなり殴るにょおおおおおおおお?!」


 吐瀉物をまき散らしながら地面の上を転がるまさお、その無様さすごく……まさおです。確かこのまさおという男は未成年に手を出したりしていたしクズだった筈だしとりあえず殴っておいてもいいでしょ。


「うわぁーんかみさまー!」


 ケツを持ち上げた状態でアフゥン……とビクビクしているまさおに幼女がかけよっていく。この2人はどういう関係なんだろうね?


「いやぁ、俺が知ってるまさおって犯罪者だからとりあえず用心して全力で殴っておこうかなって」


 とりあえずトドメを刺せるように身構えると、まさおが起き上がって手を振る。


「とりあえずで全力腹パンやめてよねぇ?!?!?俺じゃなきゃ死んじゃうね!!!!

 前世で散々悪いことしたけどこっちの世界では真面目にやってるって!!マジマジほんとマジ……あ、ミミィは俺のうしろに隠れてな」


 ケモ幼女を自身の背後に隠しながら必死に弁明しているまさお。真面目にやってるぅ?え~、本当でござるかぁ?


「そうだ、それより今なら王子様を解釈してやれるぜ!

 そいつ、……俺の依代にされてたから中途半端に死ななくなってたんだ。みるに堪えないから楽にしてやれよ」


 そう言ってセドリックを指さすまさお。

 そうだ、まさおに遭遇したのはびっくりしたけど今はセドリックのとどめをささなきゃいけないんだった。よく考えたらまさおは犯罪者だけど俺とは直接関係ないしなんならネットミームでおもちゃにしてたからな……おかげで掛け声がそぉい!になっちゃうからいにはゲラゲラ笑わせてもらったんだし。まさおの処遇は後で決めよう。


「可哀想に。その王子がありえないほど度を越したクズだったばかりに、俺との融合係数が高すぎて俺の不死性の影響を強く受けちまったみたいだ。ほら最強フォームで13枚のカードと同時に融合してると人間やめちゃうみたいな感じ」


 あー、やっぱりなんかそう言うのあるんだ……確かにそういえば婚約破棄の時から異常に頑丈だよなぁとは思ったけどさぁ。


「わかるようなわからんような。けど自分で自分を最強フォームとかいうなよ……いやここまでやっても死なないって事はある意味最強なのか。諸々は後で聞かせてもらうとして、もうセドリックって斬れるのか?」


「そりゃもうスパッと」


 頷くまさお。さりげなくケモ幼女を抱えて目隠ししているのはセドリックの処刑をみせないようにするためだろうが、全裸の男がケモケモしてるとはいえ幼女を抱えているのは絵面がヤバいと思う。おまわりさんこいつです!

 ……そんな事を思いながら改めてセドリックの傍に立ち、静かに話しかけてやる。


「よぉセドリック、お望み通り介錯してやるが―――最期に言い残すことはあるか?」


 そんな俺の言葉を聞き、セドリックはせきを切ったようにどっと涙を噴出させ鼻水と涙で顔を汚しながら言葉を絞り出した。


「……ぐやじい!ねだまじい!誰からもちやほやされて歴史に名前を刻む英雄になったお前が憎い!!王子の俺がなんでこんな終わり方になるんだよっ……!!俺は世界の王になる男の筈だったんだ、お前が、お前さえいなければ……!!」


 ゆんやー!とかいってた知能低下バフもきれたのか比較的まともな受け答えをするセドリック。しかし最後まで全く懲りない悪びれない奴だな。


「お前が王子に産まれたのはお前が持った天運だけど、そこから何を成すかについては無限の選択があった。

 俺がいてもいなくてもそこは一緒だ。

 そしてその中でお前が選んできた行動の結果なんだ、お前が何者にもなれないまま死ぬのは自己責任だよ自己責任」


「―――んぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!!!!!!!!恨んでやる、呪ってやる!おまえさえいなければっ!!オッノーレェェェェェェェェッ!!」


 セドリックの絶叫が響く中、俺の慈悲がセドリックを“セ”と“ドリック”に分けて“セ”の部分がこころころと地面を転がっていく。その最後の表情は屈辱と悔恨と絶望の表情を浮かべており、おだやかで美しいとされるいくさ人の顔とは程遠いものだった。醜いものだな。


 ……さようなら、セドリック。

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