第10話 あっけなく蹂躙される王国軍【王子視点】


 あれから幾日か経ち忌々しい使者の娘に平手された跡も消えて美しいプリンスフェイスが戻ってきた。この俺のイケメンフェイスは全人類の宝と言っても過言ではないのに、なんという事をするのだあの女は!

 いずれ正式にあの妖精上の森を侵略して無理やり俺の女にすることも考慮しなくてはいけない、この俺が舐められたまま黙っているなど絶対に許されないからな!!

 作物が駄目になったと聞かされたときは大いに焦らされたが、リリアンパパがなんとかしてくれたので全然問題は無い。あのおっさんはハゲだけど有能だから助かるな、ハゲだけど!!


 そして俺はリリアンとの淫靡な毎日をすごしていた。最近の俺はすこぶる身体の調子がよく、以前とは違って全能感と自信に満ち溢れていてなんでも出来そうな程に気力が充実している。これも俺が次代の王故にだろう。あぁ、あふれ出る俺の才能が憎いなぁ。最近は何か目に見えない大いなる力が宿っているような、そんな感覚すら感じるっ!やはり俺は特別な存在ということだ!!


 そんな中で国の良い政策を思いついたので提案していたら兵士が駆け込んできた。巨岩竜と呼ばれる大型の魔物の発生という事だが、ユーマが何体も討伐したと聞いては黙っていられない。そんな雑魚、この俺が自ら軍を率いて討伐してやろう。そうすれば国民は俺を讃える事間違いない。そうだ、どれだけデカかろうと魔物一匹ぐらい数でかかれば余裕だろう。

 出陣前、リリアンにその話をしたら笑顔で「頑張ってくださいね」と応援された。フフフ、やはりリリアンは俺の事をよく理解しているな!


意気揚々と出陣した俺は勝利の確信をしていた。迫ってくる巨岩竜を迎え撃つべく、平野に集まった兵の総数は総勢5,000名を超す大軍勢だ。

 そして俺は平野のなかでも比較的小高い丘陵に陣取り、戦場を一望出来る位置にいる。

 将兵を配置し、正面から迎え撃つべく隊列を整えたが、盾持ちを前列にした槍衾に遠距離攻撃が出来る弓弩兵、加えて攻防一体で障壁から魔術による攻撃のできる魔法兵までいる。さらには火薬式の大砲も持ち込んできたし、騎兵による遊撃部隊も含めて、圧倒的な兵力に勝利は揺るがないだろう。オジキの派閥の奴らや巨岩竜との戦闘経験者は、不測の事態に備えると遠巻きに部隊を展開している。臆病者め、拍子抜けである。

 何が英雄だ、戦いは数だよ親父ィ!この人数でかかれば巨岩竜だろうとなんだろうと楽勝だ!

 霧で視界が悪い平野に、地響きのような音が近づいてくる。霧の中からゆっくりと岩のような甲殻をした灰色の竜が平野に姿を現した。確かにその巨躯は小さな山程はあるだろう。だが、一歩一歩がカメの歩みのようなもたもたした歩み。なんだ、こんなに動きが遅いなら袋叩きにして一方的に蹂躙できそうだ。

 これなら華々しい凱旋も確実!そうだ、俺を『祝福』しろっ!!

 平野を通過しようとする巨岩竜に兵士たちが浮足立っているのを感じるが、こっちは圧倒的な数の暴力なのだ、恐れること何もない。


「全軍進めーっ!さぁ、あのデカブツを討ち滅ぼせ!!!!!」


 剣を抜きながら叫ぶと、兵士たちが突貫していく。将兵の雄たけびが平野に響き、大気が震えている。そうだ、ただ巨大であるだけのモンスターなど恐れる必要など……


 ―――巨岩竜が、足元の将兵たちを見ていた。ゆっくりと右足を持ち上げ、思いきり大地を踏みしめる。大地が振動し、ついで巨岩竜の正面の地面に亀裂が走り、発生した地割れに兵士たちが恐怖の叫びとともに転落していく。


「……何?!」


 正面の惨状に、騎馬隊が横に回り込んで攻撃をしようとしている。だが、轟音と共に地面を削りながら迫る尾に薙ぎ払われて、騎兵が粉みじんのひき肉にされてはじけ、すり潰されていく。地面ごと削り取る尾の一撃のあとには、えぐり取られた地表以外何も残っていない。……巨岩竜の尾は伸縮性で、自身の左右までを薙ぎ払いの攻撃範囲に備えているようだ。

 先陣の騎馬隊が一撃で全滅したことに、後続の騎兵達が引き返していくのが視える。馬鹿か、すぐに逃げるな、突っ込め!!

 さらに巨岩竜がゆっくりと口を大きく開くと、何かが喉の奥から射出されたが、それは巨岩竜が飲み込んでいた岩だった。大砲の弾よりも速い速度で打ち出されたそれが打ち出されるたび、戦場の陣形を削り取り、着弾地点までの数多の兵士を奪っていく。勇壮な兵士の怒声は一瞬で断末魔の悲鳴と阿鼻叫喚に染まり、今ここにいるのは兵士ではなく、逃げまどい、救けを求め、命乞いをしている非力な人間の群れと化した。あまりにも、あまりにもあっけなさすぎる。これが王国軍5,000人の戦場か……?


「戦いにすらなりませんでした!!まさか巨岩竜がこのような攻撃手段を持っているとは……全軍総崩れでございます。……王国軍はボロボロです!!」


 傍に馬を走らせてきた将軍が顔を青くしながら言ってくる。


「う、うそだ……嘘だそんなことーっ!!」


 俺は眼前の光景を見ながら、叫ぶしかなかった。

 構えた盾もむなしく虫けらのように踏みつぶされて行く盾持ちの兵士、なんとか両翼から隙を伺ったり背後に回り込もうとするも尾で薙ぎ払われるバラバラになって吹き飛ぶ騎兵、そして続々と発生する地割れに転落していく兵士達。正面に展開した魔法兵達が魔法障壁を展開するが、口から発射される巨岩を防ぐことはできず踏みつぶされていく。……直撃しなくとも、その衝撃や破片を喰らったりしたことで身体を欠損している者もいる。これでは戦いではなく虐殺、ただの一方的な蹂躙だ。

 兵士たちの悲鳴や断末魔が木霊し、瞬きひとつの間に数え切れない兵士がゴミの様に死んでいく……なんなんだよこれ、弱すぎるだろ。こんなに弱いとか俺の想定外じゃねーか。


「どいつもこいつも……使えない雑魚ばかりで……くそがーっ!!」


 俺は怒りと共に火球の魔法を放つ。みなぎる力を感じる!!これは凄い威力間違いなし!!俺の放った火球は巨岩竜の眼球へとまっすぐに伸びていき、爆ぜた。これはいいところに当たったぞ、さぁ、もだえ苦しめ!!そうだ、カスみたいな雑兵に頼ったのが間違いなのだ、俺一人でもあんなうすのろ余裕で倒せるはずだ。ユーマにできるんだから俺にできないはずがない。爆発の煙が残る中、続けざまに火球を放っていく。


「泣け!叫べ!そして……死ねぇっ、巨岩竜!」


 虫けらみたいに死んでく無能な兵士たちとは違う、俺の最強っ!の魔法が次々と巨岩竜に当たっては爆発を起こしていく。魔力が空になるまで連射したが、もうこれは巨岩竜も死んでるんじゃないか?そう思いながら眺めていると着弾の煙が晴れてきたが……えっ、無傷??


 ―――ぎろり、と巨岩竜の目が俺を視ている。


 は、え?効いてない?それどころか、あの巨岩竜“俺”を認識している。そして巨岩竜は咆哮と共に俺に向かってきた。……あのデカブツ、俺を狙ってきてるのか?!な、何なんだってんだよぉ……!!


 「今の攻撃でこちらを狙ってきています!王子、おさがりくださ―――ぷぎゅっ!!」


 俺に向かって振り返って叫びながら、足止めをするべく駆け出していた将軍が飛んできた岩に押しつぶされて死んだ。豚の悲鳴のような断末魔だなと思いながら、あっさり死んでるんじゃねえよ俺のためにもっと足止めしてから死ねと死体に唾を吐き捨てながら踵を返す。


「なんなんだよあの竜、なんなんだよ!指揮官も無能で兵士も弱すぎる。どいつもこいつも俺の邪魔ばっかりしやがって、こんなの俺の戦場じゃねぇ!俺は悪くねえ!!」


 馬を走らせながら叫ぶが、誰も俺の話を聞いちゃいない。俺の周りを走る馬に乗った指揮官も、武器を捨てて走る歩兵も、半ば恐慌状態で一心不乱に逃げている。

 今この場を逃げ延びる事だけしか考えていない。……俺はあの竜に敗北したのか?俺は、敗北者なのか…?ありえない。

 俺はこんなところで死んでいい人間じゃない!!死にたくない、死にたくない。俺は最高の王でハーレムを作って王国の歴史に残る偉大な王として名前を残すんだ…!!地面を伝わって走る振動が明確にこちらを追ってきているのがわかり、命の危険に股間がぐっしょりと湿っているのを感じる。いやだ、いやだ、いやだいやだいやだ、イーヤーヤダヤダヤダ!!


「生ぎだいっ!!!」


 鼻水を垂れ流しながら泣きながら叫んだ次の瞬間―――影が戦場に降った、そう見えた。爆風のような衝撃波を置き去りにしながら、何かが戦場の空を切り裂いていく。その魔力に煽られてか戦場の霧が霧散していく様子に、思わず空を見上げながらそれを見る……みてしまう。

 飛翔する何かの落とした影が、広大な平地を走っている。遠目に見てもわかる、翼を広げた黒い竜とその背に跨る黒い鎧の騎士。俺よりも目立ち、名声をほしいままにした厄介者。


「ユーマ……サザランドォ……!!」


 その姿を見た瞬間、激しい嫉妬と怒りが蘇る。俺の美しい顔を好き放題に殴りつけた無礼者。あいつのせいで何の非もない俺は屈辱を味あわされたんだ。

 妖精女王との関係がこじれたことも、今俺がこうして命の危険に晒されて辛酸をなめさせられているのも、全部全部あいつのせいだ。

 今度は手柄を横取りに来たのか?卑しい奴め!!また俺の邪魔をしに来というのか、下種野郎。


「あいつを討て!あいつは追放された男だぞ!!俺の顔を何度もぶったクズ野郎だ!殺せーっ!!」


 巨岩竜のことなんて今はもうどうでもいい。それよりあのいまいましいユーマが俺の前にいることの方が許せない。

 だが、誰も俺の事を聞いていない。兵士達は歓声を上げて空を見上げて、巨岩竜もその首を持ち上げてユーマと奴が乗る黒竜を追っている。

 この戦場にいる誰も俺を視ていない。……俺は眼中に無いとでもいうのか?俺は、俺はこの国の王位継承者セドリックなんだぞ!!!!!!!!!俺を視ろ、サザランド!!

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