第9話 王子、出陣(笑)!【大臣視点】
王子が妖精女王の娘にした無礼の被害は甚大で、穀倉地帯や主だった耕作地の収穫が絶望的になり、俄かに食料の買い占めの兆しが見えたため即座に特定食料の買い占めを禁じる通達と、食料の転売屋は即拘束と容疑が確定次第大小や量に関わらず即絞首刑という重罪とすることでその動きを止めることに成功した。
加えて備蓄食料の放出を手配し、諸外国からの輸入の手配までを段取りして疲労困憊となっていた。だが国民を飢えさせるわけにはいけないという一心で、なんとか当面をしのぐことはできた。とはいえその場しのぎでしかないので長期的な事を考えると根本的なところでどうにかしないといけない。
そんな事を考えているが今は国の重臣が集まる会議の真っ最中。だがそこで王子が何かいいことをひらめいたというように立ち上がって話し始めた。もう王子が口を開くと嫌な予感しかしない。
「俺はいずれ王位につく。そんな偉大な美しき王である俺には美女を集めた完璧で壮大な後宮……ハーレムが必要だ。
そのためには国中の美女を集める必要があるが、美女を増やすには分母である出生率をあげなければいけない。―――そこで俺は閃いたんだよ。年寄りにかかる医療費を削って、出産や育児に回せばいいと!!」
また突然とんでもない事を言いだしたなと頭が痛くなる。
……しかし言ってる事だけ拾って脳内で試算してみると思ったよりもうまくいってしまいそうなので否定しにくいところがやりにくい、むしろ数字だけでみれば恐らく、可能だろう。
ただしそれは大多数の庶民の年寄りを見殺しにすることを意味する。
特に身寄りのないお年寄りや、年老いた両親を持ち子を持たないという状況の働き盛りの家庭への負担は増加する。そうなった場合、各家庭に両親を見捨てるという選択肢を強いることになるし、それを国家として先導するのは人道に背くという考えはないのかと、思わず顔を顰めた。
「国の金で年寄りを無理やり生き永らえさせてもこの国の生産性は向上しないだろ?なら年寄りの医療費は自己責任にして、子供や子供のいる家庭に使った方が将来のためになるんじゃないか。
産んで増やして人口が増えれば労働力も増えるしその中から優秀な奴も産まれてくる総数が上がるだろ?おまけに美人が増えたら俺の側室入りも十分あるし俺は将来の後宮候補が増えるし皆ハッピーじゃん、フフッ、この天才過ぎる頭脳が悩ましい……!!」
前提として論理の問題や社会道徳もあるし、まず言ってることが滅茶苦茶すぎる。国民は年老いるまで働き、それが終わったら速やかに死ねとでもいうのだろうか?
だが、王子のこの主張は生活に困らず一定の収入が担保されている貴族層にとっては影響がないため。話を聞いている貴族たちの中にもなるほどと同意を示すものがいる。国民の一般的な生活を知らない層からしたら妙案に聞こえてしまうだろうが、そんな法律を通したら本当に反乱が起きる可能性がある。
「そうだ!!子供の教育の費用や医療費を全部無償にしよう。出産費用も全額国負担でいい。年寄りの福利厚生は年齢に応じて控除を減らして、一定の年齢以上になったら完全自己負担にすれば良い。そのかわり子供がいる家に減税していけば子供のいる家の暮らしも楽になるだろ」
……そんな事をしたら子供のいる家庭とそうでない家庭での対立が生じるし、世論も割れる。何よりこの法案が通ったら子供を持つ国民はこの王子を間違いなく支持するが、この王子に支持基盤を与えてしまって良いのだろうか……?
「そんな事をしては国民の大半、中流階級未満の家庭のお年寄りが病に倒れた時に助からなくなります。そうなった場合の批判は―――」
国内の衛生を担う大臣が手を挙げて意見をする。
「だからそう言ってるんだよ。無理に年寄りに長生きしてもらうよりも子供を増やす方が国のためになる。老後の保障は最低限でいい。それとお前、更迭(クビ)な。俺の考えた完璧な案に意見したんだから領地没収、はい確定。おい衛兵そこの元大臣の平民を連れていけ」
すらすらと喋りながら大臣にクビを言い渡す王子。その姿に同席している他の大臣や貴族たちも戦慄している。お待ちくださいと叫ぶ大臣を、なんともいえない表情の衛兵が引きずっていった。
……この王子は道徳という物がないのか?それに、働き盛りの者には老後の不安を背負って働けというのか?
「あと、税収を従来の3割から4割にするぞ。なんか考えていたら、ぼんやりだけどおぼろげながら浮かんできたんだよ、4割という数字が」
「浮かんできた…?」
何を言っているのかわからないので、思わず聞き返してしまう。
「あぁ。ぼんやりとその数字の輪郭が浮かんできたんだよ」
……そんな理由で税率の数字を決めるのかと正気を疑いたくなる。国の政として数字を出すのであればその数字の根拠があってしかるべきだが、つまり……何も考えていない思い付きということか?
……あぁ、でもくそっ、なんか試算してるといざやったらいけてしまう気がしてきたぞっ!!税率4割に引き上げても子供を抱えている家庭の負担は今よりもずっと軽くなる。王子の正気とマルサルオスの狂気が入り混じっているのか、おかしなことを言ってくるがそれを否定しようと試算すればするほどなんとかなる要素が出てきてしまう。
国民の不満や国内で子供を持つ家庭とそうでない家庭で2極化することに目をつぶったらこの国の財務状況だけでいえばプラスになってしまう。
王子自身の生来の才覚に下半身直結無能が超融合して斜め上の政策をうちたてている。こんなのどうしろというのだ……?!
ただの無能であればいっそお飾りにするなりできるのに、中途半端にやる気と自信に満ち溢れて余計なことを言うので、余計に場も政治も混乱させられる。
何よりも微妙に理にかなっていそうなので賛成する層が発生しているのが最悪すぎる。
「失礼します……大変です!王国の北より、巨岩竜が出現しました!!」
そんな重い空気の会議に駆け込んできた伝令の言葉に、一同がざわざわと騒ぎ出す。マズい。王子なら間違いなく―――
「ほう、巨岩竜!!俺の栄光の勲に相応しいな!!」
ほれみろぉ!また余計なやる気を出しよった!!!!!!!!!
「お待ちください王子、巨岩竜といえば討伐に慣れているユーマ殿を頼るべきではないでしょうか」
私自身も虎の子の精兵を失っており、この国を取り巻く魔物状況は非常に不安定だ。こんな所で兵力を減らすわけにはいかないので流石に口を出すが、王子は人差し指をチッチッチ、と左右に振って自信満々に言う。
「ユ・ウ・マァ~?なぁに吹抜けたことを言ってるんだ!この国は俺の国だぞ?あんな追放野郎に頼る事なんか無い!それともこの国の騎士や兵士じゃ信用できないとでもいうつもりか?」
そういう言い方をされると反論が出来なくなる。なんてやりにくいんだこの王子…!!
「し、しかし巨岩竜と戦うとの戦いは幾つもの手順に従い、渓谷に追い込んで動きを封じながら慎重に戦ってやっと討伐できる非常に討伐難易度の高いモンスターなのですよ」
ならばせめてセオリー通りに戦ってもらって兵の被害を少しでも少なくしようと軌道修正しようとする。だが―――
「面白い。なら倒してやろう……平地で真正面からなっ!!」
さすがにこれには諸将もざわめいている。
「いいか、平地で戦うという事はこちらも自由に動ける。つまり……自由に動いて戦えるという事だ!!」
拳を振り上げて叫ぶ王子。……いや、同じことを繰り返して言っているだけでは??
「数で勝れば、自由に動ける分こちらが有利という事。兵士の数で押しつぶしてやれば良い!!この巨岩竜の戦いで戦功をあげたものには先に更迭した大臣の領地の割譲や、陞爵も約束するぞ!!我こそはという物は武功を挙げよ!!」
……嫌な汗が止まらない。思慮ある将や、辺境伯派の貴族ややユーマ殿と共に巨岩竜と戦ったものは王子の提案に消極的な姿勢を見せているから良い。
だが実際に巨岩竜と戦ったことがないものは王子のぶら下げた褒章に浮足立っている。いや、明確に乗り気のものもいて今更どうこうできる雰囲気ではない。
このままでは王国の将兵が巨岩竜に蹂躙されてしまう。ユーマ殿が居ればこんな事にはならなかったのに……!!なんでこの王子は余計な事にばかり全力何だ……!!やる気と行動力のある馬鹿はなんでこんなに厄介なのだ!!!!私にはこの王子を御するのは無理だ。誰か、この国を助けてくれぇ……!!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます