第8話 破壊の巨獣とやらかし再び

 それからも流刑地生活は続いたが、クロエの言葉通りに作物や自然の恵みが劇的に豊かになって流刑地の食糧事情は大幅に改善された。

 人口比率でいえば食料自給率は100%をこえているので王国よりもずっと良いと言えるだろう。

 しかし今後の事を考えて耕作地を増やしたり、ついでに土系の魔法の得意な住人に住宅事情の改善を見据えて粘土や長石の採石地を探してもらったりと流刑地の改善に大忙しである。

 だが毎日へとへとになるまで働いても、家に帰れば義姉上がご飯を作っていてくれるので疲れなんて気にならないぜ。


「きょうはおやさいさんたくさんのすーぷだよー」


「わーい」

「ぎゃおーう」


 また、ある日は


「きょうはやいたおさかなさんとさらだだよー」


「わーい」

「ぎゃおーう」


 俺もクロガネも義姉上に食育されてるので、毎日大喜びでご飯を食べている。実家にいた幼少時の離れ暮らしでは、毎日義姉上の手料理だったから懐かしさを感じる。上手いとか下手とかではなく舌に馴染んだおふくろの味である。

 そんなのんびりスローライフな毎日を過ごしていたある日、激しい雷の音を轟かせて“何か”が街に飛来したのを感知した。

 街の住人は混乱したり大騒ぎだったみたいだが、俺は良く知っていたので普通に出迎える。飛来した何かがいるのはと踏んだのですごく急いで走って駆けつける、俺は素早いリューサ……竜騎士だからね。


 目的の場所に行くと、雷を纏い人を背にのせられそうなほどの大きさの猛禽類によく似た巨鳥、大雷鳥(サンダーバード)3頭が、騎馬が引くような騎馬戦車を引いており、街の中央の広場に鎮座している。その周囲には巨鳥種に跨った護衛の鳥騎兵達がいる。


 ―――そして戦車の上で腕組みしながら赤い外套をたなびかせている顎鬚蓄えた巨漢マッチョのイケオジこそ、俺の師匠であり王弟でもあるランドルフ殿下だ。……殿下様とかつけるとはりたおされるので俺はお師匠と呼ばせてもらっているが、ついでに辺境伯でもある王族だ。

 出迎えた俺の姿を見て破顔するイケオジ、いつみても顔がいいっすね。


「お久しぶりです、お師匠」


「うむ、元気そうでなによりだユーマ」


 この人は俺がまだ子供だった時にクロガネの背に跨って空を飛んでるときに空の上で出会ってから気に入られて、そこから色々と目をかけてもらったり後ろ盾になってもらったり、ついでに色々と鍛えられた恩人なのだ。

 若い頃は大雷鳥にまたがって暴れまわっていたと冗談めかして言うけど多分冗談じゃないと思う、俺の竜騎士としての戦い方の基礎はこの人に叩き込まれたしね。

 今は古傷が痛むと戦車に乗って戦場の空をかけるイケオジだけど、この人は本来バキバキの一騎当千タイプの武将だと思う。胸板とか筋肉とかスッゲェもん。


「というわけで我が弟子が元気にやってるか見に来たぞ!!それに、お前の所に遊びに行きたいと五月蠅いのがいてな」


 そう言って自身の背後を親指で指すお師匠。


「わーいユーマくんがいるよぉ、きゃっきゃっ♪」


「久しぶりね、ユーマ。謁見の間でのことの後、ゆっくり話す暇もなく出立してしまったからこちらから会いに来たわよ」


 お師匠の背後、同じく戦車に乗っていたのは辺境伯の双子の娘のヒルダとザナだ。

 髪を右で結んで垂れ目でほんわかした雰囲気でついでにスタイルが良い方がヒルダ、髪を左で結んでツリ目で貧…スレンダーでクールな美人がザナ。どちらも俺と同じ歳なので気心知れた仲だ、何度か一緒に冒険もしたしね。


「ヒルダとザナも久しぶり。あ、義姉上は今は自室で休まれてます」


 そんな俺の言葉に、沈痛な表情を浮かべるヒルダとザナ。2人とも義姉上に随分懐いていたから辛いよね。


「……そうか。儂からもお前には色々と話がある。色々と土産も持ってきたぞ」


 そう言うお師匠達を洋館へ案内するが、街の住人はまたとんでもない大物が来たなと始終遠巻きにお師匠たちを見てた。ここにいるのは政争に敗れた元貴族とかも多いけど、辺境伯は知らない人がいないくらいの大人物だからね、…仕方ないね。だからって、街の皆の事を最近だらしねぇななんて言っちゃだめだからね。


 起きてきた義姉上と3人が挨拶をかわした後、俺は政務室を兼ねた応接間に3人を通す。義姉上には長話になりそうだからと部屋に戻ってもらったが、話が終わったらお部屋に遊びに行くね~とヒルダはお気楽だった。ヒルダはいつでもマイペースで羨ましいんだぜ。


「さて、それでは早速だがお前たちが追放された後の事だが―――」


 そう言ってお師匠は西の森付近や西の砦で起きたことの顛末と現地に行った時の事を話してくれたが、あまりのヤバさとアホさに呆れるしかなかった。

 国の西側で魔物に侵入された、そこまでは仕方がないが自分の見栄のために兵士や民をあたら死なせるとか王族としてダメすぎる。お師匠は侵入した魔物を制圧してから、西側の被害が甚大過ぎたのでその後の処理をしていてたらしい。で、とんぼ返りで俺の様子を見に来てくれた、と。弟子想いの師匠で頭が下がります。


「いやぁ、酷いですね。あの王子何考えてるんですか……いや何も考えてないとか」


「そうだよなぁ、やっぱりそう思うよなぁ。魔物の侵攻の時は儂も兄貴に出陣を止められたが、これまずい事になるのではないかと嫌な予感がしたんでな。

 無視して強行軍で国を横断したが、戦場に到着したら死屍累々で酷い有様だったぞ。王子の私兵は戦力外だからともかく、大臣の精兵が全滅していたのには驚かされた。それに事後処理が終わったら今度は兄貴は面会謝絶になってるしどうなってるんだ」


 西側の魔物の事は、結果から見たらお師匠がファインプレーすぎですね。

 お師匠が向かってなかったら被害はもっと出てただろうし。王弟かつ辺境伯で軍事行動に対しで独自の采配を許されてるお師匠だから出来た事だと思う。


「王子の私兵は一方的に蹂躙されて逃げまどったあげくに殲滅されていた様子だったわ。大臣の精兵はさすがというか統制のとれた動きで魔物の群れを迎撃していた形跡があったけど、それでも相手が悪かったみたいで、実力のある魔物の率いる群れが侵攻してきているわね」


 お師匠の言葉にザナが言葉を続けている。結界を破ってこれるような魔物だと普通の兵士たちじゃ厳しいだろうしなぁ。


「魔物の群れもあきらかに強そうだったけど、私たちが上から爆撃して数を減らして全滅させたんだよっ!ねぇユーマくんほめてほめて~」


「はいはい偉いねヒルダ頭ナデナデしてしんぜよう」


「わぁいしあわせ~」


 結構真面目な話をしている最中だったので話半分にヒルダの頭を撫でるたけど目を細めて喜んでいた。それでいいのかヒルダェ……。それはようござんした、と思いつつお師匠を見るとお師匠も王子のあまりの駄目っぷりに頭を抱えている様子だ。


「昔はもっとまともだったんだがなぁ。いつのまにか心根が腐り堕ちてしまっている。このままだとこの国終わるぞ」


 ですよねー。わいもそう思います。


「……とりあえず壊滅した西側の砦の修復や再建は西側の領主に指示したりうちの領土から復興の資材を送ってなんとかしてききたが、あの王子のしでかした事の余波はまだある。戦死者や犠牲になった民の遺族への特別弔慰金もそうだが、失策というか失態続きでで国民の不安や不満の声も少なからず出ている。いきなり国内に不協和音が響いてるのはマズい」


 ……そりゃ国民からしたらそうだろうなぁ。


「本人だけが事態を理解してないんじゃないですか?特に反省もせずに人のせいにして聖女様とお盛んだったりして」


 冗談めかしてお師匠に言ったが、割とそんな気がしてしまうあたりがヤバい。


「お盛んと言えばそれに妖精女王の娘に暴言吐いてぶっとばされただろ。穀倉地帯が壊滅したり色々と不味い事になってるしな」


 それな。クロエからも聞いてるけど下半身と脳が直結してる感じが凄い。少なくともまともな神経してればそんなこと言わないよね。


 そんな事を話していると、お師匠の配下の人が駆け込んできた。


「失礼いたします!!殿下、ユーマ殿、大変です!!王国の北端の山脈地帯から、“巨岩竜”が出現、侵攻を開始しました」


「「な……なんだってー?!」」


 俺とお師匠の声がハモった。

 ちなみにヒルダは頭を撫でられて眠くなったのかうとうとしていて、ザナは声もなく驚いている。この2人は本当に対照的だなー、主に胸とか。


 王国の北……クロエがいっていたやつか。巨岩竜というのは文字通りに砦よりもでかい4足歩行の竜で、翼を持たず、人間に対して積極的に攻撃をせず巨体でゆっくり歩くだけの竜種だ。いってしまえば岩石のような外皮と甲殻を持つ巨大なトカゲのようなものである。ただ、砦をなぎ倒してしまうほどの巨体は、進んでいくだけでその道筋の全てを踏みつぶして壊滅的な被害を出すので超級の危険生物である。


「……で、進路は?」


 即座に将の顔になるお師匠、うーんかっこいい。


「監視を飛ばしていますが王国の北側からゆっくりと東に向かって進んでいます。途中にある都市や村を更地にしながらこちらに向かってきています」


「こっち来んのかー」


 思わずぼやいてしまったが、折角流刑地が住みやすくなってきたのに更地にされるのは困る。しょうがないから討伐しに行くかー。巨岩竜自体は既に何体も倒しているので、しっかり準備をして戦えば討伐は難しいものではない。


「……ふむ。お前はわしの領地に伝令を飛ばして急ぎ空戦部隊を編成せよ。巨岩竜の侵攻ルートで爆弾や妨害を行いながら、侵攻ルートを変更させよ。渓谷地帯に追い込んでから仮設の迎撃砦を建てて決戦するのがよかろう。迎撃巨槍も急いでくみ上げさせろ」


 お師匠がテキパキと部下の人に指示を出していく。

 ちなみにこの作戦は何度か巨岩竜を迎撃する中で俺が提案させてもらったものだ。敵は巨体が武器なので切り立った渓谷に追い込んで行動を封じながら体力を削っていくことで、兵士の被害を抑えながら有利に戦う事が出来るのだ。

 これは転生前の世界でよく遊んでいた魔物狩りゲームで巨大なドラゴンを迎撃するステージであったギミックを実際に再現してもらったら思いのほか有効だったというものなんだけど、今じゃ巨岩竜の対策としてセオリー化している。


「……それが、王子の率いる王国主力軍が、進路の平地に全展開しておりまして……平地で真っ向から決戦を挑むつもりのようです」


「「ハァッ…!?」」


 再び俺とお師匠の声がハモった。イーヤハーってレベルじゃねーぞ!

 あの馬鹿王子、平地で蹂躙されたい……ってコト?!ないわー、いや、もう本当にないわー。どんな判断だよ、邪魔する位なら何もしないでじっとしててくれないかなぁ……。

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