第14話 大臣の懺悔【大臣視点】


王子は王弟―――ランドルフ殿下に制裁された後、王城の中で隔離され最終的な処置が決まるまでそのまま幽閉となった。

 身の回りの世話をするという事でリリアンや数人の侍従のみが王子のいる区画に立ち入る事を許されてはいるが、王子のいる区画は殿下直属の屈強な兵士たちが固めており王子は何もすることができない。

 ……今となってはもっと早く殿下が動いてくださればこんな事にはならなかったのにと悔やまずにはいられないが、それでも今までの事を考えれば天と地の差なので文句を言っていられない。

 王子が口を出さなくなったことで政務はスムーズに運び、海路が封鎖されていることを除けばひとまずの問題は一通り解決したようにみえた。


 私自身も今はまだ大臣として働かされ、王宮でも変わらずゲルハート様と呼ばれてはいるが……そう遠くなく今の地位を追われるだろう。王子の増長に加担したとみられているのだからそれは仕方のない事で覚悟はしている。

 だがその前に、殿下にお伝えしなければいけない事があったため人払いを済ませた殿下の私室でのお話をお願いさせていただいた。本来であれば許される事ではないが、事が事だけに無理を言ってお願いを通したのだ。

 約束の時間に殿下の部屋を訪問し扉を数度叩くと、入れという殿下の言葉が返されたので礼を失さぬよう入室する。


「殿下、この度はご無理をお聞きくださり―――」


 そう言って供とともに頭を下げようとするのを、殿下が静かに制した。


「面倒な話は良い。時間が惜しい、要件を聞こう」


 促すようにこちらをみる殿下の目は厳しい……王子の事を考えれば当然の事だ、もしかしたら自分の保身に来ていると思われているのかもしれない。

 だがそんな事を気にしていられる状況ではないと思い、口を開く。


「殿下―――王子のあのご様子、おかしいと思いませんか?それに殿下は、あんなに打たれ強くなかったはずです」


 そんな私の言葉に、む?と眉を動かす殿下。やはり、直接殿下を殴打した殿下は何か違和感を感じていたのだろう。


「我が娘リリアンとの婚約破棄の際、王子はあのユーマ殿に……書籍に書き表すなら7頁に渡るほど程は殴打されていたと思いますが、五体満足でした。勿論、手加減をされていたのかもしれませんが……そして先だっての殿下の制裁でも、傷は負えど深刻な傷を受けたようには見えませんでした」


 私が感じていた違和感を言葉に、殿下も思い至るところがあるのか顔が厳しい顔をしている。


「―――王子の深刻な知力の低下に男児のような癇癪と振る舞い、そして一見見過ごされがちですが常人離れした頑強さ。王子の身には何かが起きているのではないでしょうか」


 今の王子はおろか極まりない言動と振る舞いを繰り返しているが以前はそうではなかった。……性格に難がある事をのぞけば、受けてきた教育相応の知性はあった。だが今はそれが感じられず、ユーマ殿を追放し王の代行として増長したというだけでは説明が出来ないほどに頭が悪くなっているように感じたのだ。


「……何が言いたい、ゲルハート」


「―――欲神マルサルオス……聖女教会が管理する古の神です。

 かの神が与える加護は急激な知能の低下と己の欲を抑えられなくなる代わりに、どんな深手をおっても致命の攻撃を与えられなくなると聞きます」


 私の代わりに言葉を返したのは、傍らに立つ供の娘だ。


「……貴様、その娘はもしや――――」


 殿下の言葉に私を見上げる娘。私が頷いて返すと静かにローブのフードを脱ぎ、その顔を露わにした。そこにあるのは、私やリリアンとよくにた目元をした―――リリアンよりも幾分か若く見える金髪の娘だ。


「―――初めてお目にかかります殿下。エシェックと申します」


 そういって作法にのっとったお辞儀をするエシェック。


「お前に似ているが……婚外子か、ゲルハート」


「はい。類稀な魔術の才がありましたので、こうして手の者として働かせております」


「……今は何も言うまい。それより儂とて無学ではないがマルサルオスとは―――穏やかじゃないわね、……じゃなかった、穏やかじゃないのう」


 殿下の性格上婚外子を部下として使う事を快く思われないのは承知の上だが、今はそうもいっていられないので紹介せざるをえない。

 顎鬚を撫でながら、ついユーマが言っている言葉が出るのうと零しつつ思案する様子を見せる殿下。現存するとはいえ聖女教会が管理する古の神の名前を出されても眉唾だろう。だからこそ、殿下には赤裸々に話す必要がある。


「―――我が娘リリアンは聖女ではありませぬ。私が大金を支払い聖女教会に認定させました。……今この状況には聖女教会の思惑も絡んでいると思われます。すべては私の不明によるものです」


「なんじゃと?!」


 目を剥いて驚く殿下、それはそうである。今の状況はリリアンが聖女であるという前提のもとに動いているからで、リリアンが偽聖女であるということは私やエシェックをのぞけば王しか知らない。

婚約破棄に渡って根回しした私の派閥の貴族や、文官たちもリリアンは本物の聖女であるという認識を前提としている。

 私は王子が起こした婚約破棄にわたる出来事の真実、そして王子がリリアンを見初めたので私が聖女教会に賄賂を贈ってリリアンを聖女に認定させた事を赤裸々に語った。


「自害せよ、ゲルハート」


 全てを聞き終わった殿下は無表情にそう告げてきたが、もっともすぎてぐうの音も出ない。


「聖女教会、か。成程、かの者達は帝国とも懇意にしている生臭坊主どもだ。

 そうなってくると色々と見えてくることもあるが……王子の馬鹿さはさておいても事態をここまで拡大悪化させたのはもとはといえば貴様の浅慮のせいではないか。いや、そもそも兄貴も駄目だろう……どいつもこいつも何をやっとるんだ」


 頭を抱えながら殿下が呻いているが、返す言葉もない。


「仰せのままに……この件の責は負います。ですが今は、エシェックの話をお聞き下さい」


「―――殿下、私は風属性の魔術を使い、主に音を利用した感知の魔術を得意としています。

 ゲルハート様に頼まれて幽閉された王子の様子を調べていましたがここ数日王子の魔力が上昇しており……本来の王子の魔力量を越えています。そして、恐らく他に気づいている者はおりませんが、今日の朝頃から王子の魔力が“火”のほかに少しずつ“欲”の属性を持ち始めています。欲の属性を持つのは欲神マルサルオスのみ、そしてそれを管理しているのは聖女教会です」


「……貴様、そんな事が出来るのか。しかしその話が真であるならばすぐにでも動かねばならん。すぐに諸将を集めて―――」


 殿下が思案を始めている。そう、王子に何か異変が起きているのを知ったので無理を言って話を聞いてもらったのだ。

 ……エシェックが王子の異変に気付かなければ見過ごすところだった。エシェックでなければ見逃してしまうね。この娘は音の反響を利用して障害物を気にせず自身を中心にした一定範囲の対象の様子を高精度で感知する、という高度で希少な魔術を使うことができる。王宮の中程度の距離であれば、意識を集中すれば誰にも気づかせずに王子の様子も問題なく感知できる程の使い手なのだ。

 この娘は私にとっても奥の手でもあるがこの状況で隠しておくこともない。


「これは……殿下、ゲルハート様。何やら宮中の気配にあわただしいものを感じましたので感知を使いましたが、王子は今宝物庫にいるようです」


 王子を幽閉している兵士もいる筈なのに……?しかし何かを感知しているのか、中空をみながらそう語るエシェックの様子が次第に険しいものになっていく。顔を見合わせる殿下と私。王子がまた何かをやろうとしている??


「これは―――まずいことになっていますね。王子がまた何かしでかそうとしています」


 エシェックの言葉に緊張する中、同時に城の衛兵が駆け込んできて叫んだ内容に殿下も私も唖然とさせられた。


「……大変です、殿下!王子が建国の英雄の使われていた国宝の鎧と武器を奪取して暴れています!!!!」

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