第31話 王国の落日(前)
王城での戦いから、色々な事が変わった。
お師匠はあの後無事に領地に戻り、静養したことである程度回復したと聞いている。クロエを連れてお見舞いという名の全回復に行こうとしたが、今は大人しくしていろと言われてしまって行けずじまいだ。引き続きヒルダと護衛さんたちは俺の領地での預かりとなったけど、お師匠の事だから政治的なあれこれを考えての事だと思うので素直に従っておく事にする。
俺がセドリックを討った事については御咎めなしとなった。セドリックの暴走があまりにも危険だというのが理由と、後ろ盾であるお師匠の存在も大きい。満場一致であのままセドリックを好きにさせていたら不味いという認識はされていたので、王子を殺したのではなく国の危険分子を討ったという事になっているようだ。
現状で俺とその勢力を敵に回したくないという諸侯の思惑もあるのかもしれないけどね。
それと、首都としての機能を果たせなくなった王都に以前のような賑やかさは無くなっていた。
何より土地が痩せ果て、作物等の収穫量は激減したことは依然変わっていない。
大臣たちが奔走したことで竜の肉が安価に出回っているので飢えることがないのだけは大臣がした良い働きだろう。もっともその肉も、臭くて不味いという二重苦なのだが。
結果として人の流出は止まらず、王国は内部で分解されつつある。
各地に侵入していた魔物の群れは地方の領主(主にお師匠派閥のまともな方の武官達)やお師匠の軍が無事に討伐して今は一時の平穏を享受しているが、またいつ魔物が襲ってくるかわからない。そもそも、結界が最早体を成していないのがあり、結界で防げる魔物のアベレージを越える強さの魔物が日常的に侵入してきているので結界に意味がない。無いよりマシ、程度だ。
そして王国と言えば、大臣は死に体の王都に送り返したのでいずれ何らかの軽くない罰を受けることになるだろう。護送されていく前に、娘に関しては路頭に迷わないように、人並みの生活が出来るように後の事は責任もって引き受けるといったら、観念したのか宜しくお願いしますと言って膝をついて頭を下げてきた。親としてはろくでもない毒親だったけど最後の最後で少しは親らしい態度を見せたな気がする。
捕まえてきた捕虜に関しては想定外だった事が幾つかあった。
「えっへっへぇ、私はユーマ様のモノなんですよね??教会の暗部の事を吐けばいじめていただけるんですよね?!?!?!」
……竜騎士達との戦いで庇った事で何か勘違いされたのか、バルフェ俺の事を様付けで呼びを熱い視線で見てくるようになった。単純に情報源として死なれては困るだけなったのだが聞いてもないのに喜々として情報を吐いてくれる……代価として色々と要求してくるが、そっとしておいている。まぁ、情報を吐いてくれるなら何でもいいけんだけどさぁ。
「ハァ……ハァ……クロガネきゅん……健康的なおみ足……!」
ローンの方もクロガネに命を助けられたことで、クロガネに物陰からねっとりした視線を送るようになり大変気持ち悪い感じになっている。クロガネは竜であることを説明したら『食べられちゃいたァい』とうっとりする始末……それはどういう意味かとは聞けなかった、キモくて。ともかく普通に気持ち悪いので、クロガネもドン引きしていた。ただ、ローンの方は戦闘中のやり取りや態度でも薄々感じていたがバルフェよりも教会内部の多方面の知識について詳しかった。ローンとバルフェの吐いた情報で教会暗部の情報や、教会がやってきたクソみたいなマッチポンプについての貴重な情報が手に入った。教会の所業を暴露してやるための段取りに目星がついたのはこの2人(特にローン)の情報が大きい。
ローンとバルフェはそのまま俺達の勢力に加わる事を希望している、まぁ口封じに殺されかけてるわけだしなぁ。裏切りそうな様子はないけれどもそこはとりあえず保留にして拘束だけしている。
クロガネが倒していたのでキックバックによるミンチを回避した3人の竜騎士は、それぞれガリア、ナッシュ、ボルテガと言った。
3人とも、軽くない怪我を負っているのと逃げられる状況ではないので観念して大人しく軟禁生活を送らせていた。
怪我に関してはクロエからの提言で全回復をかけずに自然治癒に任せ、軟禁してある部屋への食事の搬入などは義姉上からの要望もあったので義姉上に任せていたが、暫くすると3人とも義姉上のシンパになっていた。怪我が完治するころには3人の方から持っている情報を教えてくれるようになった。
「竜騎士とはいえ元々は童貞を拗らせた残念な人達ですからね。ディアナ様の人間性にふれればこうなると思っていました」
……なるほどなぁ、クロエはやっぱり頭いいなぁ。
乗っていた竜は騎手が倒された時点で逃走していたようで、領地に帰ってきたところでうちの領地に飛んで来た。クロガネが竜の姿に戻り対話をしたところ種としてはクロガネが上位種だったこともあり、クロガネの配下になった。クロガネのように人になる事はできないようだが、領地内の運搬作業などで大いに助かっている。これは完全に望外の嬉しい出来事だった。そしてその3匹からの嘆願をクロガネ伝いに聞いたので竜騎士に関しては拘束はしているが命をとる事はせず様子を見ることにしている。
本人たちはこのまま義姉上の護衛、ないしは俺の配下として闘う事を希望している。3人での連携攻撃が得意らしい。そこはおいおい考えるとしようかなぁ。
結果として捕虜として連れ帰った5人は全員俺の勢力への帰順を申し出ている。教会の偉い奴ら人望なさすぎワロタ。
人望と言えばプリンスが“姫”とやらに心酔していたようだったので気になって竜騎士達に聞いてみたところ、
「プリンス殿は姫に心酔されておりましてな。ここ数年で教会の上層部を掌握した、エメラルドグリーンの髪が美しい少女です。強力な魔法を使う事とその見た目の麗しさから“姫”と畏怖されていたことは知っております。……ただ、個人的な感想でいえば利己的な言動が多かったのと寝取られ幼馴染に感じる邪なビッチオーラを感じるので苦手でした」
ガリアの言葉にナッシュとボルテガがうんうんと頷いていた。ふーん、教会とやりあうとなったらそのお姫様ともぶつかることになるんだろうなぁ。
なんだかんだでこっちの戦力充実しているし普通にやっても負けない気はするけどね。
そしてまさお達に関しても色々な話を聞いた後、そのままここで暮らしてもらっている。
今のまさおは随分とまっとうになっていると判断したのと、まだ幼いミミィちゃんを放り出せないしねー。
あとまさおからきいた獣人や亜人の扱いや教会がしてきたことはあまりにも胸糞が悪くなる邪悪な所業ばかりで、たくさんの国にまたがり既得権益を貪り私利私欲のために動く教会シスベシフォーウ!と思わずにはいられなかった。王国はゆっくりと滅亡に歩いていっているが、教会は俺の手できっちりと壊滅させておこう。発端の婚約破棄騒動に絡んでるのも教会だしな。
そういえばクロエがミミィちゃんを視て、古い氏族の長の血を引いている気がするので調べてみます、と言っていた。
……どうもミミィちゃんというのも長いフルネームを省略した相性らしいが、肝心のミミィちゃんがおなまえを覚えきれておらず封印前の当時から愛称で呼ばれていたミミィしか言えなかったのと、一緒にいたまさおが『確かロムスカウル……』などと明らかに違う名前で覚えていてまったく覚えてなかったのでミミィちゃんの正しいお名前がわからないのだ。ミミィちゃんが長いお名前を全部言えないのは幼児だから仕方がないけど一緒にいた大人のまさおが覚えてないのはとてもまさおしていた。そんなんだからまさおってよばれるんだよ、この……まさお!―――と言ってやったらさめざめとないていた。
そんなまさおだが意外な事に流刑地では貴重な娯楽として馴染んでいた。
まさおは前世が歌い手(笑)だっただけあり、実際歌が上手かった。
街の区画整理も進み建物の立て直しなどで徐々に都市化しつつあり、衣食住足りるようになった流刑地ではあるがよく言えば牧歌的、悪く言えば娯楽に乏しい流刑地での生活の中で歌が上手いまさおは大衆の娯楽として住人の人気を集めることになった。
日中は孤児が暮らす寺院や傷病者がいる病院を回り、日が落ちたら酒場や広場で歌を歌っている。
底を抜いたタルに皮を張れば太鼓になるし、グラスをたたいたり手拍子だってなんだっていいのだ。
ミミィちゃんを連れ、ちゃかぽこと楽器を鳴らすミミィちゃんと、歌って踊れる陽気なまさおのコンビは流刑地での愉快な人気者になっていた。
そんな風に色々と流刑地での生活で変わる事もある中で、やる事が……やる事が多いと慌ただしく過ごしつつ徐々に王国が瓦解していくのを眺めていたある日の夕暮れ、街を見下ろせる鐘楼の屋根にまさおがいるのを発見した。
ぼんやりと街を……いや、夕暮れを見ているまさおが気になったので、声をかけることにした。
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