第32話 王国の落日(後)


「こんなところでどうしたんだよ」


 鐘楼の屋根に上りまさおの少し後ろに移動してから声をかけると、首だけでこちらを振り返ってまさおが返事をしてきた。


「おぉ、少年。夕日が綺麗だぞ」


 そんな言葉に俺も夕暮れの日に視線を移す。……世界が変わっても夕暮れというのはあるもので、山間へと日は落ちつつある。日が東から昇り西に沈むのは元の世界が同じなのと、夕焼けの空はこちらの世界でも綺麗なものだった。


「この世界に来て、封印される前に見た時と夕日は変わらねぁなぁって思ったら何だか色々と思い出してなぁ」


「へぇ、まさおもセンチメンタリズムな運命を感じられずにはいられなかったりする時があるんだ?」


 そんな俺の言葉に、はははっとまさおが笑う。


「まぁ、そんな所だ。……俺の能力で何百年もの間、たくさんの人が不幸な目に遭ったってのはやっぱり思う所はあってな」


 封印されてから何百年も自分の力が悪用されて色々な人の破滅や死を見てきたんだから思う所はあるんだろう。でもそれは封印した後に事実を捻じ曲げた上で悪用していた教会がゲスなのでまさおの問題ではないと思う。銃の製造工場働いていたら殺人者かって言われたらそうじゃない、使った人間に責任があると思うし。


「……やっぱり俺はまさおなんだな。

 俺はきっとラブコメでいうクズでゲスな寝取り男で、歌い手(笑)なんだ。俺はヴィランだから、ヒーローになんてなれないんだって。

 だから正しいと思った事をしてまっとうに生きようと思っても、上手くいかなかったんだ俺についてきてくれた皆に悪い事しちまったなって」


 そんなまさおの言葉になんともいえない寂しさとやるせなさを感じたので、その思い違いはせめて正しておいてやろうかと思う。同じ地球から転生してきたよしみ、というのもあるしな、うん。


「それは違うよ!……オホン。

 王国の南に港町の商業都市があるんだけど、そこだけは教会や王国含めた国家や宗教の意志が入れない場所になってるんだよな。

 日本でいう大阪の街みたいな……商売っ気の強い街なんだけど、そこは人も、亜人も、獣人も、魚人も、皆平等に生活している。なにせ良くも悪くも金がすべての街だからね。義姉上と旅している中で立ち寄って、そこの街でも色々と問題を解決したんだけど、そこをとりまとめている狐の獣人のロリバ……お婆さんと、亀の魚人のお爺さんが言ってたんだ」


「狐と、亀……?」


 何か思い当たる事があるのか、まさおの声が震えている。……そうか、何となくそんな気はしていたんだけどそうか。だって亜人や獣人種を平等にしようなんて行動を起こす奴が2人もいるとは思えないしな。


「ドナテロって亀の爺さんと和服に似た服を着たコンコって見た目は子供みたいな年齢不詳の狐の獣人だ。知り合いか?」


 無言でうなずくまさお。あぁ、やっぱりそうなんだな。


「―――昔々の大昔、お世話になった人の意向でここは人種に関わらず平等であれるようにしているんだとさ。その人が誰なのか名前は教えてくれなかったけれど、世界がどう変わってもここだけは誰もが裸一貫から成り上がる可能性がある場所でありたいんだと笑っていたよ」


 これから教会とやり合う時に、教会が入り込めないあの街の力と流通網に助けを請う事は必要不可欠だ。俺の知る限り、教会のやっていたクソマッチポンプを世界中に暴露する方法が一つだけある。そのためにあの街に協力を仰ぎにいかなきゃいけないんだが、そのときにはまさおを連れて行ってやろう。


「人種に関わらずに平等に暮らせるようにする。異種族が虐げられないようにする。……あんたがしたことは正しい事だと思う。

 正しい事だったからこそ、何百年たってもその意思は今に続いているんだ、だからあんたや仲間たちが起こした行動は無駄じゃなかったと俺は思うなぁ」


「そうか……あの子たちが、そんな事を……うっ、ああ……」


 静かにまさおの肩が震えているが、それを指摘するのは無粋なのでそっとしておく。


「……俺はこの世界に来てからあまりよくない家庭環境にあったせいで心が折れて、自分の手が届く範囲の事しか見ないまま……それが限界だと自分で決めていた。

 義姉上と旅をする中で人を助けて英雄と言われるようにはなったけど、それはあくまで成り行きでしかなかったんだ。

 ……だからこの世界の狂った差別を前に世界そのものを変えようと立ち上がったってのは凄い事だと思う」


 俺自身異種族への差別等は旅先で見て、局地的に問題を解決することはあったけれど世界そのものにはびこる差別をなくそうと……いや、なくせるとは思わなかった。だから世界を相手に戦意を起こすなんて思いもしなかったが、それを考えて実行に移して達成目前までいけたまさおはすごい事だと思う。

 転生者の軍団に負けて名を地に貶められても、それが正しい事であったからまさおのまいた芽は確かに実って何百年たった今も続いていのではないだろうか。


「それに、自分の行動を省みて反省するってのは偉い事だと思う。捻くれたり開き直ったりしなかったのもさ。歌って踊って人を笑顔にできるってのは誰にでも出来る事じゃない。やるじゃん、まさお」


「う、ああっ、ヴッ、ヒッグ、フゥッ……」


 俺の言葉に癪利上げ、咽び泣き、えずくまさおをみっともないとは思わなかった。


「今は泣いてももいいんじゃないかな」


「ひぐっ……違う、これは……目から先走りが出てるだけだっ」


 そこは汗とかにしとけよまさおェ……。

 ここで締まらないのがまさおなんだろうなぁ、と苦笑しながら、日が落ちていくのをまさおと眺めていた。


「あとまさお、服着ろよな」


 話の最後に思い出しながら、さも当然のように全裸なまさおに服を着るように声をかけた。こいつ隙あらばすぐ脱ぐからな……。


 そしてそれからも流刑地の時間はゆっくりとすぎていく。義姉上も今では10代前半程度の精神まで戻ってきた。それは喜ばしい事であり、王国の屑達や王子を排除した甲斐があったように思う。

 王国と言えば結局王都は廃墟同然のまま住民が霧散し、王国は事実上瓦解した。王都の流民は散り散りに逃げ出したが、この流刑地に至るルートは巨岩竜の侵攻で再起不能なまでに潰されており、他に通行可能なルートの平野部で王子が開戦したせいで陸路からの移動がほぼ不可能になっていたためにこの地に流民が流れてくる事は無かった。クソ大臣の時のように強力な護衛がいれば別だが、それでも相当の手練れでなければ魔物がひしめく地帯を抜けてくるのは難しい模様。知らんけど。


 そしてリリアンといえば、自慢の美貌は最早跡形もなく、顔面の肉はぐちゃぐちゃに膨れ上がり悪魔もならぬオークも泣き出す醜悪極まりないオークメイクライな顔面造形になった。

 四肢も上手く動かすことはできず、せいぜい体を起こす事と室内をわずかに歩くことができるだけ。口の周囲が変形しているので言葉も上手く話すことができない有様だ。

 そんなおぞましい化け物のようになったリリアンは、義姉上を刺激しないようにリリアンであるという事はいったん伏せておくことにしているのでとりあえずの名前で「ハナコ」と呼ぶようにしている。なんでハナコかと言われたら俺が適当に思いついたからだ、フゥーハハハッ!

 一応皆で持ち回りで面倒をみることにしていたが、「王都の戦いで深い傷を負った未亡人」と説明したこともあり義姉上はハナコの事をよく気にかけていた。

 生来の面倒見の良さから甲斐甲斐しくハナコの面倒を見ているが、自慢の美貌も立場も何もかもを失ったうえで自分が踏みにじって蔑んだ相手に面倒をみられるという事はプライドの高いハナコには相当に悔しくさぞや尊厳破壊されていることだろうが、そこは俺には関係がないので義姉上の好きにさせておくことにする。


 ともあれハナコのお腹の子供のケアだけはしっかりとしている。クロエ曰く恐らく女の子ということらしいが、なんであれ産まれてくる子供には健やかに成長してもらいたいと思う。ハナコ自身には自害や他者を傷つけることができないよう戒めの術をかけて完全にクロエの支配下においてもらっているので、何か間違いが起きるという事もない。

 一応、ハナコ自身と会話がしたければクロエの力を使えば一時的に会話できる状態にすることは可能だが、今の所必要になる状況もないしな。


 お師匠の怪我の様子など気がかりな事はいくつかあるが、概ねこの地での生活の平穏は手にしたのではないだろうか。王国?知らんよ、追放したんだから頼ってこないで?諦めて滅びてどうぞ。

 聖女教会も根絶してやらないといけないし、俺の異世界ライフはもう少しだけ頑張らないといけないようだしな!!

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