第6話 モラパワハラ幼馴染
クロエは去り際、
「王国の北側に大地の揺れや魔力の波をを感じます。あくまで予感でしかありませんが何か起こるかもしれないので気を付けてください」
と俺に忠告して帰っていった。いや、妖精女王の娘の予感って時点で何かがおこるのがほぼ確定事項のような気もするんですがそれは。
それと、クロエは一旦女王の所に帰ったあと義姉上の治療のために改めて流刑地に来てくれるとの事。高位の治癒術師でもあるクロエが義姉上の治療にあたってくれるというのは素直にありがたいけど妖精女王の一人娘にそんな事をしてもらうのは心苦しいと断ろうとしたが、女王の許可もとっていると言われるとこちらからは何も言えない。
なので、ありがたく頼りにさせてもらう事になり、改めて流刑地の仲間が増えることになるようだ。クロエの部屋準備しないとな~。
「ふぅ、姐さんがお昼寝したんでこっちに来たぜ。……クロエのねーちゃん来てたんだ」
クロエが帰るのと入れ替わりで、義姉上を昼寝させたクロガネが人の姿をとって俺の所に来た。ちなみにこの洋館は常時クロガネが退魔の結界を張っているので洋館の中にいる限り基本的には義姉上は安全なのだ。それでもクロガネがほとんどずっと側についてるのは用心と、あと親離れ?姉離れができてないのが多分半分。まだまだ子供だからねー。
「あぁ、珍しい来客だったんだしお前も顔出せよな、折角なんだし」
「……俺っち子供だけど、そういう野暮な事はしないんだぜ」
うん??よくわからんがまぁクロガネがそういう言い方をするなら何か意図があるんだろうな、まぁいいか。
「しかしまぁ、あの王子もなんかこう、全然ダメな感じになってたなぁ。あんなアッパラパーで大丈夫かあの国?大丈夫じゃないよなぁ」
ソファーに身体を沈めながらため息と共に思い出しながらぼやくと、クロガネが違いない、と苦笑いを返してきた。
「俺っち達が冒険に出る前はもっとまとも……といっちゃなんだけど普通の王子様だったよな、ちょっとばかし高慢で自己主張が強いだけで」
「だよなぁ。あの王子の今の様子はちょっとアンコントロールスイッチでヤベーイ!と思う。少なくとも国益や利害関係が頭からすっぱ抜けてるってのはなぁ……」
脳みそが下半身に直結してしまったのではないかと心配したくなるレベルで、“ごらんの有様だよ”という状態。どうやったらそこまで堕落しきれるのかむしろ聞いてみたくなる。
そんな事を考えていると、ふと思いつくことがあった。
―――義姉上と出会うまでに俺の世界が灰色に塗りつぶされていた時の事だ。方向性は違うけど俺がやられていた事に重なる気がする。
俺の母は俺を産んですぐに亡くなり、後ろ盾になる筈の母方の実家の祖父母流行り病で立て続けになくなり、結果として物心つく前にサザランドの家で孤立することになっていた。
父からは疎まれ、父の再婚相手の後妻にはいないものとして扱われて、領主の本宅に入る事を禁止されて離れへと追いやられた。揚げ句俺は政略結婚の道具として使うので家族ですらないと父からも宣言されていた。
……そして俺はリリアンと引き合わされた。確か、5歳か6歳だの頃だっただろうか。
まだ幼いながらも既に美貌の片鱗をみせていたリリアンだが、大人のいる所では完璧に“小さな淑女”を演じている裏で俺を徹底的に侮辱し、罵倒し、尊厳を破壊しつくした。
代々大臣を輩出する名門貴族の家のリリアンと、武官側の大派閥の息子の俺の縁談は政治的な意図によるものが大きい。
そしてお互いの家の格の差や上下関係を盾に徹底的に尊厳を奪われ精神を折られ、大人の目の届かないところでは暴力すら振るわれた。
だが俺の両親は、―――もしかしたらそれに気づいていたのかもしれないが―――リリアンに逆らうな、リリアンとの関係を良好に保て、この婚姻は両家にとって必要不可欠だと何度も言い含められ、幼かった俺はただ心を殺しながら日々を過ごしていた。
それでも俺なりにリリアンと理解しあおうとし、いずれ夫婦になるのであれば、よい関係を結ぶべきだとさまざまな行動をしたがその悉くが踏みにじられ続け、そして嘲笑され続け、リリアンは俺を『木人形(デク)』と呼んで加虐し、それは、子供の心を絶望させるには十分だった。
そして忘れもしない、あれは俺がリリアンと出会ってから数年後。義姉上と出会う少し前の事。
『へぇ、これ貴方のお母様の形見の指輪なの?……フフッ、こんなの私の魔力を込めればこの通り♪ほら、バラバラに吹っ飛んじゃったぁ』
母が俺に遺してくれていた形見の指輪も、リリアンにあっけなく破壊された。
あの時は人目をはばからずに泣いたが、そんな俺をリリアンはうっとりとした目で見ていた。
リリアンは俺の心を痛めつけて、ドン底まで落としてからその傷を癒すかのように優しく接し、慰める。
そんな歪んだ愛情に俺の心は壊死していた。
……未来に希望が持てない、生きるしかばねのような毎日。
誰からも必要とされず、道具として利用されるだけの人生に俺は絶望し、死んだ魚の目になるまで追い込まれていた。
そんな日々を終わらせて俺に色彩をくれた人、ディアナ・サザランド。
俺に人の温かさや家族の絆を教えてくれたのは義姉上で、そこから前世の記憶を取り戻して自分が異世界転生者なのを自覚したり、お師匠に出会い鍛えられて才能が開花した俺の立場が劇的に変わったりして、今では王国最強騎士なのだから世の中何がどう転ぶかわからないよなぁ、うん。サザランド家にではなく俺個人にはお師匠という王国最高の後ろ盾がついたことで一旦はサザランド家の家督を継ぐまでいたった。
その時は親父は掌返して「昔から自慢の息子だったガハハ!」とか言ったり義理の母親もすり寄ってきたけど公衆の面前でお師匠に一喝と叱責されて赤っ恥ざまぁかかされてたっけ。お師匠に文句言えるのって多分国王ぐらいだし、仕方ないね……最近だらしねぇな?
子供の頃は暗黒時代だったが今ハッピーだから結果オーライ。―――まぁ、それはこの際おいておこう。
そんな風に幼い頃の俺がリリアンに心をバラバラに潰されたように、あの王子はリリアンに唆されて自分が有能と勘違いして有頂天になっているのではないか?という可能性。
ゆっくり浸透する毒のように心に沁み込み人を手玉に取り、そして意のままに堕とす―――前世の知識にあった、アッシリアの毒婦のように。
お師匠に鍛えられ、旅の中で様々な事を学びながら俺はリリアンと向かい合う方法を模索していた。リリアンにされ続けた虐待を許すことはできないが、それでも婚約者であり未来の家族になるのであれば短所は指摘して改善し、長所は認め合って建設的な夫婦にならなければ、と考えることができる位には分別ができるようになったから。
結局、寝取られて婚約自体がご破算になったのだけれども…そういえばリリアンって結局今何してるんだろうね?
「……いや、突拍子もない推測にすぎないなぁ」
とはいえ、そもそも一国の王子が人の女に熱をあげたり明らかな失策を連打したり国益を損なうような事をしてはいけないのだ。結局のところ、本人の意志の強さと思慮深さが何より大事なのでやっぱりあの王子は為政者として失格だと思う。
「とりあえず今後に備えて食料の備蓄を増やしていこうね。耕作地の開墾とかも進めてかなきゃな。土属性の魔法が使える人に協力してもらわないといけないな」
「ハハッ、大将はやる事いっぱいだな。ま、姐さんの護衛は俺っちがついてるから安心してくれよ」
そうだなぁ、色々あったけど今は楽しくやってるからいいのだ。塞翁が馬、なんていうけど人生色々ある。とりあえず、今日も楽しかった!
「うむ。明日はもっと楽しくなるよね、クロ太郎」
「へけっ!……なぁ大将、前から気になってたけどこのやり取りってなんなんだ?」
何度もやったお馴染みのやり取りに、意味を理解しなくてもノッてくれるクロガネは素直でよい子である。さすが俺のかわゆい弟分だね!
「古来より伝わる今日の喜びと明日の希望をつなぐ由緒正しいやり取りだよ!!!大好きなのは~夏に咲く花の種!!!」
「ほへー、わけわかんないやワハハ。……まぁ大将が楽しそうならなんでもいいや」
そういってけらけらと笑うクロガネの頭をヘッドロックのように脇にかかえて、わしわしと撫でる。
「うおっと大将何するんだい」
「はっはっは。、毎日やりがいもあるし面白おかしく生きてるぜ、兄弟」
そんな俺の言葉に目を大きく開いた後に破顔するクロガネ。
しんどいこともつらい事もあったけど今楽しく笑える毎日送ってるから……これでいいのだ~。
クロエの言葉や、リリアンのその後に不穏なものを感じたが……俺は最強!だからなんとでもしてやるぜっと決意を新たにするのだった、まる。
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