第19話 十年祭・お祭り
剣術大会の次の日の夕方。
「ふぅ……なんとか歩けるくらいには回復したな」
全ての力を使い果たした俺は一日中ベッドで横になっていたのだが、ようやく立てるくらいには体力が戻ってきた。
「しかし……凄まじい戦いだったな」
一時はこのまま俺が勝ってしまうんじゃと思った決勝戦。だがそこは最強のヒロインクレア。
見事覚醒し、俺如きの力など簡単に飛び越えていってくれた。
史実通り、剣術大会で優勝を収めてくれた。
「なんかノリでこれからも時々剣の練習しようってことになっちゃったけど……まぁそこまで史実と変わることはないよな?」
クレアが興味を持つのはあくまで主人公だし。大丈夫なはずだ。
「ふぅ……この達成感と解放感! この十年祭でリュクスがやるべきことは終わったし、後は自由に遊べるな」
ゲームでは卑怯な手でクレアに勝とうとしたリュクス。それがクレアの逆鱗に触れ、決勝戦でボコボコにされ領地へと強制送還される。
つまりこの十年祭においてのリュクスの出番は終わっており、特別なイベントは起こらないというわけだ。
目立たなければ自由という訳で、気楽である。
「ってかもう夕方か……一日無駄にしたなぁ。腹も減ったし」
俺は部屋を出て、一階へ向かう。
ブレファン世界は楽しいが、ちょっと小腹が空いたからコンビニへ! みたいなことができないのが時々面倒に感じる。
貴族故に使用人に頼めば軽食を用意して貰えるが、根が庶民だからなんだか申し訳なく感じてしまう。
「コピー飯でも作るか……ん?」
「おお我が弟よ。目覚めたのか?」
談話室に入ると、兄デニスがソファーに腰掛け本を読んでいた。
「兄上、ご心配おかけしました。一日休ませてもらったお陰で、無事回復しました」
「ふぅん、別に心配などしていなかったがな。まぁ何事もなくて安心したといったところか」
「どうやら決勝で力を使い果たしたようです」
「決勝か……優勝できなくて残念だったな」
「はい。ですがクレア・ウィンゲートとの戦いで、明確に自分のレベルが上がったのを感じました」
「ふぅん、それならばよい。ところで、リュクス、お前は今日は何も食べていないだろう? 何か作らせるが、食べたいものはあるか?」
兄の言葉に悩んでいると、部屋の隅に控えていた執事さんが口を開いた。
「それでしたら、お二人で中央通りの方へ向かってみてはいかがですか?」
「中央通り?」
俺の言葉に執事さんが頷く。
「はい。中央通りでは今、十年祭の祭りが行われています。王都のお祭りは出店が沢山出ていて賑やかなんですよ」
そういえば剣術大会と王城でのパーティーに気を取られすぎていて、肝心のお祭りのことをすっかり忘れていた。
十年祭のお祭りというと変な感じだが、庶民たちが楽しむ縁日のような感じだ。
ブレファン本編でも一定数の好感度を持つヒロインを誘ってお祭りに出かけるデートイベントがある。
それも西洋風ではなく、まんま日本の夏のお祭り。普通に「異国の料理」としてたこ焼きとかお好み焼きとか焼きそばとか売っている。
「ふぅん、お祭りなど……庶民たちが大勢ごった返していてたまったものではない。我々上流階級が行くような場所では――」
「お祭り……行ってみたいです」
「ふぅぅぅっんん! すぐ支度をする。待っていろリュクス」
勢いよく部屋を飛び出していく兄デニス。
その背をニコニコと見送った後、執事さんが言った。
「ではリュクス坊ちゃまも。お祭り向けの庶民の服を着て行きましょうか」
「庶民向け?」
「はい。浴衣なる、お祭り用の正装にてございます」
***
***
***
お祭り会場に到着すると、そこには大勢の人が集まっていた。
西洋風の通り道に出店がずらりと並んでいる。
ファンタジー強めな西洋風の建物と縁日で見る屋台が合わさったなかなかにカオスな空間だ。
だが特筆すべきは、集まった人たちがみんな【浴衣】を着ていることだろう。
かつてお祭りのイベントを見たプレイヤーたちは皆、剣と魔法のファンタジー世界なのに何故浴衣? と疑問を浮かべた。
それに対しての開発陣のコメントは「ですが、お好きでしょう?」というシンプルなもの。
はい、大好きです。
浴衣の可愛い子たちが見られて幸せです。
ちなみにブレファンには試験、体育祭、プール、学園祭、ハロウィン、臨海学校、修学旅行、球技大会、文化祭、クリスマス、バレンタイン&ホワイトデーなどなど、おおよそ学園物の定番行事は全部ブチ込まれているから今から楽しみで仕方がない。
「ふぅん、なるほど。これが庶民の祭りというものか」
初めこそ「ふぅん……こんな庶民の食事が私の口に合うとは思えんが……」と言っていた兄デニスだったが……「ふぅううううん! このたこ焼きという料理はたまらんなぁ!」と、俺よりも祭りを満喫していた。
「やきそばというパスタのような料理も美味かったし、わたあめなる菓子も素晴らしい。なるほどこれだけの人が集まるのも納得といったところか」
「メッチャ楽しんでますね兄さん」
「リュクスよ。お前もこのたこ焼きを食べてみるがよい」
「いや、俺はさっきのジャガバターでお腹いっぱいで」
10歳児の胃袋は思ったよりも容量が小さいのだ。
「もう少ししたらまたお腹も空いてくると思うので」
「ふぅん、まぁ無理することはないが……む? あれは確か……コーラル嬢の妹ではないかな?」
「え……?」
デニスの指差した方を見ると、ひまわり柄の浴衣を着たエリザが居た。
長い髪を束ねてアップにしているためか、普段より大人びて見える。
なるほど、王子のために滅茶苦茶気合いを入れてきたんだな。微笑ましい。
と思ったのだが。
「あいつ一人だな……迷子か?」
よく見れば回りには誰もおらず、エリザも不安げな表情で周囲をキョロキョロと見回している。
流石に一人で来るとは考えられないし、連れとはぐれてしまったんだろうか。
「……ふぅん。リュクスよ。私は少し疲れた。あっちで休憩しているから、祭りはエリザ嬢と楽しむがいい」
「え? でも……」
「祭りとはいえ、いや、祭りだからこそか。レディを一人にしておくのは危険というものだ。わかるな?」
「は、はい」
多分アイツが探してるの王子だろ……と思いつつ、確かに一人じゃ危ないなと思う。誘拐とかされたら洒落にならない。
俺は兄デニスと別れ、エリザに声を掛ける。
「よう! エリザも来てたんだな」
「え!? り、リュクスじゃない!? もう体は大丈夫なの!?」
昨日の表彰式に担がれたまま参加したからな。心配してくれていたんだろう。
「まぁ大分回復したよ。心配してくれてありがとう」
「はぁ? べ、別に心配なんてしてないんですけど!?」
と言いつつ安堵の表情を浮かべるエリザ。
今日もツンデレ具合が可愛い。
さらに浴衣姿も相まって、破壊力が数段パワーアップしている。
「そっかそっかぁ。ところでエリザは? まさか一人で来た訳じゃないよね」
「そうよ。殿下とお姉様と一緒に来たんだけど……まぁ、邪魔をしちゃ悪いと思ってね。二人きりにしてあげたのよ」
「なん……だと?」
王子と姉を二人きりにするために空気を読んだ……?
おいおいマジか。
目の前の女の子は本当にエリザ・コーラルなのだろうか?
「何よその信じられないものを見たような目は?」
「いや……いいのかよエリザ、あの二人から目を離したら……」
人目を憚らずイチャつき始めるぞ。
「せっかく可愛い浴衣着てきたのに、殿下と一緒に居なくていいのかよ?」
「別にいいのよ。……こうしてアンタとも会えた訳だし……浴衣姿、可愛いって言ってくれたし……」
「……?」
いやマジでどうしたんだコイツ。
俺と会えて良かった? い、一体どういうことなんだ!?
「さっ、行くわよリュクス! 今日は庶民のお祭りを満喫するんだから! 私、あのチョコバナナってヤツが気になっているのよね」
ああなるほど理解した。
つまり、体の良い財布を探していたということか!
幸い執事さんからお小遣いを貰っているので懐に余裕はある。
なんでも奢ってあげますよっと。
「さぁ行くわよっ!」
「あ、ちょっと待って」
俺はエリザの手を掴む。
「え!? な、なんのつもりよ!?」
「いや。はぐれたら危ないからさ。移動する時は手を繋いでおこう」
「……うん」
「絶対離すなよ」
「……うん。絶対離さない」
10歳の体でこの人混みは想像以上にキツい。
はぐれたら二度と再会できず、迷子まっしぐらだ。
「おじさん、チョコバナナ二つ!」
「あいよ! 2本で800ゴールドだ!」
「えっとはっぴゃく……あのエリザ?」
「何よ?」
「えっと、エリザさん? 手を繋いだままだと会計ができないんですけど」
「嫌よ。離すなって言ったのはアンタじゃない」
くっ……この時代にスマホ決済があれば……ってそういう問題じゃない。
「はっははは、お兄ちゃん熱いね~! これじゃあチョコも溶けちゃうぜ~」
屋台のおじさんや周囲の大人達にニヤニヤされながら、俺は足を駆使してなんとか会計を終えるのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます