第18話 クレア・ウィンゲートー後編
クレアside
生まれた瞬間から、私の頭の中には目指すべき剣の形があった。
父は言った。
「ここに居る騎士たちから剣術を学べ」と。
だが私からすればそれは無駄な行為に見えて仕方がなかった。
何故なら私の頭の中には常に最強のイメージが存在していたからだ。
私にとって剣の修行とは、生まれ持ったそのイメージに近づくための行為だった。
全てのトレーニングは最強のイメージに通じる。
だから、今日戦ったリュクス・ゼルディアという少年が私の理想と同じ戦い方をして驚いた。
しかも彼の方が、より最強のイメージに近かった。
初めこそ興奮したけれど、戦っている内に気付いた。
イメージは所詮イメージでしかないのだと。
彼の戦い方を見て、様々な問題点、改善点に気が付いた。これではダメだと思った瞬間……。
頭の中に全く違うイメージが湧いてきた。
より強く格好良く……そして美しい剣術のイメージ。
私は今までの自分を全て捨て、新しく頭に浮かんだイメージに自分を近づける。
すると、リュクスくんも戦い方を切り替える。私のイメージに追いついてくる。
そうするとまた新しいイメージが生まれてくる。
その繰り返し。
不思議な時間だった。
こんな経験は初めてだ。
二人で一緒に子供を作り、育てるような……そんな感じだろうか?
違う? まぁいいや。
「ああ――」
この戦いの間だけで、一体私はどれほど強くなれるんだろう。
いつまでも、いつまでも。
この時間が続けばいいのにと、そう思った。
***
***
***
永遠に続くかと思われた戦いは、俺のスタミナ切れというあっけない形で幕を閉じた。
「勝者――クレア・ウィンゲート!」
審判が勝者の名を告げると、会場は湧き上がった。
スタミナ切れの体に魔力で渇を入れ、なんとか立ち上がった俺は、勝者であるクレアを称え拍手する。
全身ボロボロ。
そのうえ、敗北。
ゲーム時代に憧れた彼女の剣が全くの別物に生まれ変わってしまったことは少しだけ寂しいけれど。
それでも、クレアはやっぱりクレアだったことがうれしかった。
だから、負けはしたけれど、不思議とすがすがしい気分だった。
剣の実力もこの試合だけで数倍パワーアップできたし、実りある時間だった。
「リュクス・ゼルディアもよく戦った。十年祭剣術大会の歴史に残る名勝負だった。負けたとはいえ、誇って良いことだ」
「ありがとうございます」
この後に表彰式を行うらしく、一端控え室に戻る俺とクレア。
「あっはははは! 見ていたぞ魔眼の! クレアの実力の前に手も足も出なかったようだなぁ!」
「うわぁ……」
控え室の扉を開けると、そこにはゲリウスくんと今日の参加者たちが待っていた。
「クレアの剣は私たちの世代でも飛び抜けている。貴様の卑怯な手も通用しなかったみたいだな!」
「おいなんとか言えよ魔眼野郎」
「そーだそーだ」
「ねぇ今どんな気持ち?」
「卑怯な手使ってまで負けて」
「どんな気持ちだよ」
言い返してやりたいが、生憎戦いの直後で立っているのもやっとの状況だ。
万一喧嘩にでもなったら勝ち目はない。
ここは言い返すのは辞めておこう。
「やーいやーい」
「男なら何か言い返してみろ」
「辞めてやれ。正攻法じゃ勝てないヤツなんだ」
お前ら学園入学したら覚えておけよ? 全員顔覚えたからな?
そう思っていた時。
「黙らないか!」
控え室にクレアの怒声が響いた。
貴族の坊ちゃんたちも驚いていたが、俺が一番驚いた。
クレアは大声で怒鳴るような人物じゃなかったからだ。
「君たちは私と彼の戦いを見て何も感じなかったのか? 本気で彼が卑怯な手を使っていると思っているのか?」
押し黙る坊ちゃんたち。
そんな中、ゲリウスくんだけが食い下がる。
「だ、だからそれは……魔眼の子が……卑怯な手を……魔法を使って……」
「それはどんな魔法だ? いつ発動した? 具体的な証拠は?」
「そ、それは……」
そんなものはない。ゲリウスも黙ってしまった。
「君の勝手な負け惜しみであの戦いを穢すことは私が許さない。文句があるなら今からでも私が相手になるけど?」
「ひぃ……」
剣を構えて笑うクレアに怯える坊ちゃんたち。
「私は今、生まれて初めての本気の戦いを経験し、物凄く疲れている。正直、立っているのがやっとの状況だ。ああ、もしかしたら負けてしまうかもしれないなぁ。君たちが勝つ、千載一遇のチャンスかもしれないよ?」
「くそ……覚えておけよ魔眼の!」
クレアの迫力に完全にビビリ散らかし、ゲリウスくんをはじめとした貴族の坊ちゃんたちは泣きながら控え室から飛び出していった。
「はぁ情けない。でも、君も君だよ? ああいうときは言い返さなくちゃ」
「あいにく、雑魚は相手にしない主義でさ」
嘘である。
本当はもう起きているのも辛い。
油断したら意識が消し飛びそうなくらい疲れている。
「へぇ……ずいぶん大人なんだね。ますます気に入ったよ」
「そりゃどうも」
「ところでさ。相談があるんだけど……」
「相談?」
何だろう。
あ、ヤバい。
疲れすぎて頭が上手くまわらない。
「君が良ければなんだけど、これからも定期的に剣の修行をしないか? もちろん王都とゼルディア領は離れているから、そう頻繁には会えないけど」
「ん。いいんじゃないか?」
「本当! やったあああああ!」
「ぐえっ」
年相応にはしゃぐクレアはこっちに抱きついてくる。
く、クレアってこういうハグとかで感情表現するやつだっけ?
ゲームでは凜とした性格だけど、まだ10歳だもんな。こういう子供ぽいところも残っているんだ。
「それじゃあいつにしよっか? 明日? 明後日? あ、明後日はパーティーかぁ……ううん」
「いや、そんなすぐには……」
居たよな。「また今度遊ぼうね」って社交辞令言ったら「今度って明日?」とか言うガキ。
いや俺のは社交辞令じゃないけどさ。
「色々試してみたいんだよね。魔剣を使った戦法とか。ああ、リュクスは魔法を使えるから対魔法使いの訓練もできるね! ああ楽しみだなぁ!」
「あの……そろそろ離れて貰えると……」
「うん。一緒に魔物討伐もいいね!」
「聞いちゃいねぇ……」
クレアのハグの圧力がヤバい。ハグはハグでもベアハッグだろこれ!?
スリップダメージ受けてる感じがするぞ……。
「いや……ちょ……本当に無理」
「どっちが魔物を多く倒せるか競争……って聞いてる? リュクス? リュクス~?」
ついに限界を迎えた俺は、クレアの腕の中で意識を失った。
記憶には残っていないが、このあと俺はクレアに抱えられたまま表彰式に参加したらしく、しばらくいろんな人にからかわれることとなった。
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