第17話 クレア・ウィンゲートー前編

 クレア・ウィンゲート。


 ブレイズファンタジーのヒロインの一人。


 二歳で初めて剣を握ったその日に王国騎士団最強だった父親に勝ったという剣の天才。

 ゲームでは魔法を一切習得できないものの、その豊富な剣撃スキルと武器の中で最も強力とされる魔剣を装備できることから、最強のヒロインと言われているキャラクターである。


 さらに、クレアルートに入ることで入手できる【究極の魔剣】を装備すると主人公よりも強くなることから、ゲーム中最強キャラでもある。


 とはいえクレアルートに関して言えば、そこまで特出するべき内容なない。俺が大好きな恋愛要素はヒロイン中一番控えめなルートで、ひたすら【究極の魔剣】探しに終始する少年漫画のような内容だ。

(ちなみにクレアルートのリュクスは二人を散々邪魔したあげく、最期に究極の魔剣の犠牲者第一号となって散る。試し切り感覚で死ぬ)


 恋愛要素や女の子としてのかわいさが控えめに抑えられたクレアルートだが、それでもクレアがプレイヤーの心を掴んだのはその圧倒的な強さだろう。


 男というのは単純で、いつだってキャラクターが大好きなのだ。


 それは俺も例外ではない。


 次々襲い来る魔王配下の魔物たちに苦戦したとき、いつだって助けてくれたのはクレアだった。

 彼女の剣捌き(攻撃モーション)は俺の中で神格化され、転生して尚、脳裏に焼き付いて離れない。


 だから俺は思ったのだ。


 剣を極めるなら、クレアのような戦い方がいいと。


 美しく舞い踊るような剣。


 ゲームや動画で何度も見返したあの剣技に一歩でも近づきたくて。今日、俺は彼女の全ての試合を観察した。

 もちろん彼女の本気の戦いを見ることはできなかった。だが動きの基礎は魔眼で学習することができた。


 魔眼で学習した彼女の動きの基礎と。頭の中に刻まれた最強のクレアのイメージ。

 その二つが合わさったことで、俺はゲーム中のクレアの剣技を再現することに成功した。


 決勝戦開始時点で完成度は20%程度。


「へぇ……リュクスくんだっけ? やるね、君!」


 だが20%程度の完成度とはいえ、10歳時点でのクレアから本気を引き出すのには十分だった。

 数回剣を打ち合っただけでクレアは目つきを変え、本気モードに切り替わる。


 本気のクレアは10歳とはいえ強かった。

 ゲームで見た16歳のクレア程ではないが、それでもこの世界に来てから戦った誰よりも強く。美しい戦い方だった。


 始めの打ち合いはものの数分だったが、それだけで俺は満足した。


 いままで頑張ってきて良かったと心からそう思った。


 だが。


 戦えば戦うほど。魔眼でクレアの剣を見れば見るほど。


 俺のイメージした最強のクレアの剣技が30%……50%……80……と。

 クレアが俺に勝とうと頑張れば頑張るほど。


 完成に近づいていく。


「くっ……こんな、ことが……」


 戦いの最中、クレアが膝をつく。


 現状、完成度は90%ほど。俺の戦い方はもう殆どゲームのクレアの最強とされた動きである。あとは剣撃スキルさえ揃えば100%の再限度になるだろう。

 言わば今の俺は、未来のクレアだ。

 例え今のクレアが全力を出したところで、勝てる訳もなく。


「はぁはぁ……驚いたよ……君の剣は……私が目指していた形そのものだ。思い描いていた理想型そのものだ」


 肩で息をしながら彼女はそう言う。


 やり過ぎた……。


 本来なら彼女がたどり着くハズだった場所に、魔眼を使って俺が先に至ってしまった。

 これでは横取りだ。


 魔法こそ使っていないが、俺はかなり卑怯なことをしてしまったんじゃないだろうか。


 それこそ、ゲームの時のリュクスのように。


 もし彼女の心を折ってしまったら? 


 冷や汗が流れる。

 

 俺の余計な憧れのせいで、彼女が無駄に挫折し、別人のようになってしまったら……。


 それが怖かった。


 だが。


「あはは。どうやら私と君は同じ戦い方を極めようとしていたようだ。そうだよね、この戦い方は強いし、何より美しい。でもね」


 彼女は、クレア・ウィンゲートは顔を上げた。

 まるで新しい玩具を見つけたような笑顔で。


 クレアの心は少しも折れてなんていなかった。


「君が先に極めてくれたお陰でいろいろ見えてきた。今の私なら、もっと強い剣筋が作れる」

「は――何!?」


 獣のように笑うと、彼女はこれまでとはまったく違う動きを始めた。

 信じられない速度でこちらに迫り、剣を打ち込んでくる。


「くっ!?」


 なんだこの動きは……対応するだけで精一杯だ!?


 これまでのクレアとは全く違う動き。

 

 魔眼で動きを追ったところで一体何を狙っているのかもわからない。

 前後の動きもバラバラ。

 関連性が全く見えない。


 いや違う。

 関連性なんて最初からないんだ。


 彼女は、クレア・ウィンゲートは今。


 思いついた攻撃をただひたすら繰り返している。


 それなのに……最強のクレアの戦い方を模して尚、俺は押され始めている。

 なんという勘。なんというセンス。なんという閃き。


「まさか……クレア、君は」

「あはは、わかる?」

「君は今、この瞬間――この戦いの中で新しい剣術を生み出しているのか!?」

「その通りさ。さぁ、君には最期まで付き合ってもらうよ」


 なんてヤツだ。


 俺はゲーム時代のクレアの剣術が最強だと信じて疑わなかったし、現に9割型完成したそれに今のクレアは一切刃が立たなかったはずだ。


 だが、完成に至ったゲーム時代のクレアの剣を客観的に見たことで、彼女の中に新しい、今までとは全く違う最強のイメージが湧いたのだろう。


 クレアは今まで身に付けた剣術を全て捨て、新しい剣術を生み出している。


 目の前の彼女は今、恐ろしいスピードで進化している。


 ゲーム時代の自分を超えようとしている。


 気付けば俺が身に付けたゲームのクレアの剣術は全く通用しなくなり、防戦一方だ。


「どうしたの! もっと頑張ってくれなくちゃ――困るよっ」

「はっ……言ってくれるな」


 受け流したはずの一撃の、その衝撃が腕に伝わる。

 俺の体力は徐々に……確実に削られている。


 こうなればやけくそだ。


 クレアが新しい最強を生み出すっていうなら、さらにそれをコピーしてやる。


「へぇ……私のイメージに追いついてくるんだね!」

「生憎、それしかできないんでね」

「いいじゃないか! それなら、こういうのはどうかな?」

「上等だ! 俺の模倣コピーくらい超えて見せろクレア・ウィンゲート!」


 それはまさに破壊と再生。


 作っては壊し、作っては壊し。


 そしてまた創りだし。


 だが確実に二人の剣術は誰にも到達できないレベルに昇華されていく。


 一体この戦いの中で、人類の剣術の歴史は何世代進んでしまったのだろう。


 数百年分の剣の歴史を進めるかのようなこの戦いは、俺の体力が尽きて倒れるまで、1時間以上も続いた。



***

1話で収まりきらなかったので、今日はもう一本投稿します。

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