第16話 決勝戦開幕
「えー……。対戦相手のボル・ニーゲルンナが棄権した為、リュクス・ゼルディアの勝利。決勝進出です」
俺はあっけなく決勝戦へとコマを進めた。
「また不戦勝~?」
「つまんねー」
「どうせ卑怯な手を使っているんだろ!」
「正々堂々と戦え!」
ゲリウスくんとの初戦以降、俺は一回も戦うことはなかった。
「私はあのリュクス・ゼルディアに魔法を使われた! 証拠はないが、でなければ魔眼の子ごときに私が負けた理由に説明がつかない! みんな、ヤツと戦う時は注意してくれ」
「何それコワー」
「近寄らんとこ」
あの戦いの後、控え室に戻ったゲリウスくんは他の貴族の子たちにそう触れ回った。
あんなヤツだがゲリウスくんは辺境伯の息子で実力もある。
そんな彼の言葉を受けた貴族の子らは俺との戦いを避けるように次々と棄権した。
というか、彼らにとってはゲリウスくんの言葉の真偽、俺が魔法で反則をしたかどうかは実はどうでもいいのだろう。
ゲリウスくんの剣の実力はクレアに次いで二番手。
その彼を負かした俺が不正をしていようがいまいが、どのみち自分では勝てないということを彼らは知っている。
戦って無様に負けるより『魔眼の子に何かされるかもしれないから棄権する』という選択肢をとったのだ。
これならば彼らのプライドは傷つかない。
「恥を知れー」
「そんなんで勝って嬉しいかー!」
「あんなのが御三家とは……」
「この国の未来は暗いな」
不戦勝で勝ち進むにつれてヤジはどんどん酷くなっていく。
ゲリウスくんの言葉は「どうやら魔眼の子が卑怯な手で相手を棄権に追いやっている」という風に伝わったらしい。
「次の試合は……30分後か」
既にクレア・ウィンゲートが決勝にコマを進めている。
俺はうんざりした気分で武舞台を後にした。
***
***
***
観客席サイド
「り、リュクス様……かわいそう」
「この日のために鬼畜おじさんの
「ちょっと待ってくれ、鬼畜おじさんとは私のことかな!?」
心外だとばかりのジョリス。
「それに観客席のヤジも酷いですわ」
「これが王都の民度……」
「ふぅん、落ち着きたまえリュクスのメイドたちよ」
憤るモルガとメロンに対し、デニスは余裕の表情だ。涼しい顔で自らの弟を貶める発言をしている観客達を見下ろしている。
「おお、流石デニス坊ちゃん。冷静ですな」
「で、ですがデニス様!」
「デニス様は悔しくないのですか!?」
「そうですわ。大事な弟が不当に貶められているのですよ!?」
「私はもう悔しくて悔しくて」
「気持ちはわかるがなモルガくん。高貴な者は時に無知な大衆から心ない言葉を投げかけられることもある。いちいち気にしていては、貴族など務まらない」
「ふぅん、その通りだジョリス。まぁ安心したまえメイドたちよ。私の予想だが、その内この観客席は静かになる」
「……?」
「どういうことですの?」
「ふぅん、空を見たまえ」
デニスの指差す空を見上げる3人。
「デニス坊ちゃん、空が何か?」
「いいお天気ですわね」
「ええ、絶好の大会日和です」
「君たちにはそう見えるのか? 私には、今にも落雷が降ってきそうな悪天候に見えるがね」
一体何を言っているのだろうと首を傾げるモルガとメロン。
一方、ジョリスは何かを察したようだ。
「坊ちゃん……まさか」
「ふぅん。私の予測ではあと5分もすればここに落雷の雨が降り注ぐ。リュクスをバカにした者達はもれなく全員例外なく神の裁きが降り注ぐ」
「やっぱりだ! 全然冷静じゃなかった!? いけませんぞデニス坊ちゃん! 市民に魔法を打つなど……あってはならないことですぞ」
「ええい離せ! 弟を馬鹿にされて私の怒りは限界を超えている。なぁに大丈夫だ殺しはしない。ちょっと痺れさせてやるだけだ。後は君たちが黙ってくれていれば……」
「抑えて下され! 君たちもデニス坊ちゃんを止めるのを手伝ってくれ」
怒り狂ったデニスを抑えるのはジョリスだけでは荷が重い。
メイド見習い二人に助けを求めるジョリスだったが……。
「なんでしょう。空が少し曇ってきたような気が」
「雷の音が聞こえた気がしますわ。おへそを隠さなくては」
「まるで止める気がない!? まともなのは私だけか!?」
デニスのご乱心をなんとか止めつつ、ジョリスが内心心配するのは弟子とも言えるリュクスのことだ。
ジョリスはリュクスがこの日のためにどれだけ努力してきたか知っている。
一回戦の勝利も厳しい修行に耐えてきたからこそのものだ。
それを何の証拠もなく卑怯者扱い。ジョリスとて憤っている。
だがそれ以上にリュクスのメンタルを心配していた。
(坊ちゃん。悔しいでしょうが、腐ってはなりませんぞ……)
***
***
***
決勝戦。
観客席からはブーイングが聞こえる。
「卑怯者」「恥知らず」「反則野郎」
え、俺なんも悪いことしてなくね? ここまで言われる理由ある?
仮にも御三家の一員である俺にここまで言える王都の民も大した物だと感心する。
いや、そういえば日本でも一応一番偉いとされている総理大臣とか、ネットでボロクソに言われていたし、それと似たようなものなんだろうか。
武舞台に上がる。
対戦相手のクレア・ウィンゲートはまだ現れない。
「ははっ。これでクレアまで棄権したら笑えるな。一体なんの為に今日まで頑張ってきたのか……」
「すまない。待たせてしまった」
その時。
会場全体に凜とした声が響く。
クレア・ウィンゲート。
王国騎士団総帥の一人娘にして剣術の天才。
ショートカットの銀髪。自信に満ちた青い瞳。中性的な可愛いというより美しい顔立ち。
ああそうだ。
君は逃げない。例えどんな卑怯者が相手だろうと。決して逃げるような子じゃない。
「悪かったね。靴の紐が切れてしまって、交換していたんだ」
「いや、いいよ。こっちも万全の君と戦いたいからね」
「ふふ……っ」
俺の言葉を聞いたクレアはくすりと笑った。
「あれ。俺、何か変なこと言った?」
「いいや。君の言葉を聞いて。目を見て確信したのさ。君は卑怯な手を使うようなヤツじゃないとね」
「君の目って……俺の目は魔眼だぜ?」
試合中に切り替えるのは不正を疑われるかと思った俺は、既に魔眼を起動中だった。
モルガたち親しい間柄の人物ですら目を背ける、おぞましい呪いの目。
「魔眼だろうと関係ないさ。その目の奥の宿る闘志は誰にも隠せない。君の目が言っている。私と剣術を競いたいと。私も同じ気持ちだ」
不思議だ。
さっきまで俺は確実にふて腐れていた。
今日までなんの為に頑張ってきたんだろと。
だが彼女の言葉を聞いただけで、もうそんなことはどうでもよくなってしまった。
今はただ、彼女と戦いたい。
元よりそのために、今日まで剣の修行を続けてきたのだ。
「うん、いいね。私もまだ全然楽しめていないんだ」
「なら丁度いい。君の全力を受け止められるように修行してきた。今日は出していいぜ。君の全力ってやつを」
「へぇ……面白いこと言うね、君」
例え木の枝でも全力を出せば相手を殺してしまうほどの才能を持つクレア。
彼女が剣で全力を出せる相手は主人公以外にはいない。
ジョリスさんに鍛えて貰った俺ですら、彼女の全力には遠く及ばないだろう。
だがそれでいい。
ゲーム時代に憧れた彼女の剣にどれだけ迫れるか。
俺はそれだけでいい。
「それでは両者位置について……試合開始!」
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