第15話 初試合

 剣術大会一回戦、第十二試合。


 前の試合で負けて大泣きしている子がスタッフに連れて行かれるのを見送ってから武舞台に上がる。

 剣の腕に自信がある貴族の子供達だけが出場する大会と聞いていたが、それはどうやら違ったらしい。


 明かに「今日初めて剣を持ちました」って子も多く参加していて困惑する。

 素人相手だとどこまで手加減していいかわからないからだ。

 だが、俺の対戦相手に限って言えばその心配はない。


 武舞台の上に上がり、スタッフの人から剣を受け取る。


 その剣を軽く一振り。


 10歳の俺の体には少し大きい本物の長剣だ。刃は落とされ、さらに相手にダメージを与えられない特別な魔法が掛けられた剣。


 これで相手を怪我させたり、最悪殺してしまうような事故は心配しなくていい。


 思いっきり戦えるという訳だ。


「できれば真剣でやりたかったですねぇ。君もそう思いませんか魔眼の子」


 俺の初戦の対戦相手、ゲリウス・モーラシアくんは武舞台に上がってくるとそう尋ねてきた。

 御三家と並ぶ権力を持つとされるモーラシア辺境伯の次男で剣の実力者らしく、ヒロインのクレアと並んで、この大会の優勝候補と目される男だ。


 モーラシアという名前自体がブレファン本編には出てこないので、いきなりクレアと並ぶ剣の実力者と聞いて俺はとても警戒している。


「おや、わかりますか、真剣でやりたかったと言っているのですよ。本物の剣で……という意味です。君に理解できるかなぁ?」


 頭を指差しこちらを馬鹿にするような口調。明らかに挑発行為だ。

 なるほど、戦いは既に始まっているという訳か。流石辺境伯の息子。戦いというものを熟知している。


 俺は相手のペースに飲まれぬよう、冷静に答える。


「目的は殺し合いじゃなくて剣の腕の競い合いなんだから、これでいいじゃない。お陰で安心して戦えるよ」

「はっ、ぬるい……ぬるいなぁ御三家は。きっと内地で生ぬるい、堕落した生活をしているんでしょうねぇ」

「そんなことはないと思うけど」

「嘘をつくな魔眼の。私は見ましたよ。貴様が可愛いメイドを侍らせているのを。あれこそ堕落の極み。きっと夜な夜な、とんでもないことをしているのでしょう。なんという破廉恥」

「いやそんなことしてな……。して……」


 ふと脳裏に過る両手両足を縛って「悪魔召喚ウェーイ」とかやっていた記憶。


「……してないよ」

「なんですか今の意味深な間は?」


 黒歴史です。


「コホン。ここは神聖な武舞台の上。余計な会話は慎むように」


 おっと、審判の人に怒られてしまった。


「はん! では見せて上げましょう! 君たち中央の貴族の知らぬ、実践的な剣というものを!」

「楽しみ」


 これは本音だ。

 魔眼を起動しつつ、盗めるものは盗んでいこう。


「ほう、それが魔眼ですか汚らわしいですね」

「悪いね。戦いになると勝手にこうなってしまうんだ」


 本当は自分でオンオフできるんだけど、そういう設定にしておく。


「構いませんよ。私としては魔物討伐のようで、初めから全力の戦いができそうだ」

「俺のことを魔物と?」

「大差ないでしょう?」


 ふぅん、言うじゃない。


「おしゃべりはそこまで。それじゃ、試合開始」


 見かねた審判さんがさくっと試合開始の宣言をする。

 おしゃべりしてすみませんと心の中で謝罪しつつ、目は向かいに立つゲリウスくんへ。


「はああああああああ!」


 ゲリウスくんはバトルマンガのキャラのように雄叫びを上げる。

 自分の魔力を練り上げているようだ。


「ほう……」


 思わず声が出る。

 感じる魔力の量だけならゼルディア家の兵士たちの誰よりも多い。


 流石辺境伯の次男。生まれ持った魔力量はケタ違いだ。


 だが。


「ふふ、どうですか私の魔力量は?」

「凄い凄い……でも随分と悠長じゃない?」


 確かに魔力量は素晴らしいのだが……。


「……何?」

「実践でもそんな悠長に時間を掛けて魔力を練り上げているの? それとも魔物が待ってくれているのかな? なるほど、君の領地の魔物は随分と騎士道精神に溢れているようだ」

「貴様……」

「今の時間、俺はいつでも君を倒せたけど優しいから待ってあげていた。君が今まで戦ってきた魔物たちも、同じくらい優しかったのかな?」

「ふん、私の魔力量に怯えて動けなくなっていればいいものを……お前だけは叩き潰す」


 言う割に、煽り耐性は低いようだ。こめかみをヒクつかせ、こちらに突っ込んでくる。


「――パワースラッシュ」

「おっと」


 相手の剣戟スキルを剣捌きで受け流す。

 ゲリウスくんの剣が武舞台を抉った。破壊力は確かに凄まじい。当たりさえすれば並の魔物なら討伐できるだろう。


「おのれ……ならば――ハイパースラッシュ」


 ゲリウスくんはより破壊力の高いスキルを使う。だが同じ事。

 俺は剣先でそれを受け流す。


「私の剣が当たらないだとぉ……貴様、卑怯な手を!」

「いや、ただの剣の技術なんだけど」

「うあああああハイパースラッシュ! ハイパースラッシュ! ハイパースラッシュ!」


 ゲリウスくん的には必殺の剣戟スキルで、自信の根幹だったのだろう。そのハイパースラッシュを難なく受け流されたことで、彼は冷静さを失った。


 ひたすら連打されるハイパースラッシュの練度は集中力と魔力の低下によりみるみる落ちていく。


「はぁ……はぁはぁ……はいぱああすらっしゅう」


 もはや受け流すまでもない。そのまま剣で受けてはじき返す。


「うぁあ!?」


 ゲリウスくんは情けない声を出しながら尻餅をついた。


「ゲリウスくん。そろそろ君の言う『実践的な剣』というのが見たいんだけど、まだ出し惜しみするのかな? それともさっきまでのが『実践的な剣』だったのかな?」

「くっ……クソ……くっそおおお」


 立ち上がろうとしてスッ転ぶゲリウスくん。

 どうやらもう戦う体力は残っていないようだ。


 可哀想だから、さっさとトドメを刺して上げよう。


 俺は尻餅をついたゲリウスくんの肩にちょんと剣を当てて一本を取る……つもりだったのだが。


「ぐあああああああああ」


 思いっきりぶっ叩いてしまった。

 どうやら自分でも思った以上にゲリウスくんの言動にイラついていたらしい。

 まぁダメージはなしだから許してくれ。


「勝者――リュクス・ゼルディア」


 初戦勝利。


「ほら、真剣じゃなくて良かっただろ? ゲリウスくん。真剣だったら死んでたぜ?」


 悔しがる彼を置いて、控え室に戻ろうとしたのだが……。


「反則だ……反則だ!!」


 ゲリウスくんの声が会場に木霊する。


「審判! コイツは魔法を使った! 使ったんだ! でなければクレア以外に私が負けるはずがない!」


「いいや、今の試合、魔法を使った形跡は確認されなかった。君の完全な敗北だ。己が負けを認めることも大事なのだぞ?」


「使ったんだ! 絶対使ったんだもん!」


「ええいみっともない。これ以上、恥の上塗りをするつもりか? 早く武舞台から立ち去りなさい」


 審判さんの一喝にびくりと震え、それ以降は押し黙り、ゲリウスくんは去っていった。


 それでいい。


 今は負けを認めて、己に打ち勝て!


 去り際、俺は観客席の方を見る。

 キャーキャーと楽しそうに騒ぐモルガとメロン。

 後方師匠面で「うんうん」頷いているジョリスさん。

 なんか俺の顔がプリントされたウチワを持って騒いでいる兄デニス。


 周囲に白い目で見られながらも応援してくれていたようで、心がくすぐったくなった。


「なんか、いいなこういうの。さて戻るかって……あれ、なんか悪寒が」


 背中に冷たい何かを感じて振り向く。

 視線の方を見ると、兄たちとは違う位置からこちらを見ているエリザと目が合った。


 心配してくれていたのか、祈るように手を握って……あ、解いちゃった。


 本当に応援してくれていたんだな。


 一応、小さく手を振っておく。


 すると、顔を真っ赤にして何かを言った後(さすがにこの距離では何を言っているのかわからない)、向こうからも小さく、遠慮がちに手を振り返してくれた。

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