第30話 決死の覚悟
アズリアに教えて貰った宝物庫への秘密のルートは子供が這ってようやく通れるほどの狭い道だ。
かなり時間が掛かったが、それでもなんとか間一髪、間に合ったようだ。
「……」
横たわるマスマテラ・マルケニスは動かない。
「動きませんね……死んだのでしょうか?」
「いや、この程度で死ぬようなヤツじゃない」
俺が打ち込んだ魔法ダークライトニングは、兄デニスが習得した最強の雷魔法ジャッジメントサンダーを闇魔法イミテーションで複製したもの。
さらにおまけとして、他の雷魔法が付与できる麻痺とかスタンの状態異常を詰め込んだ、俺が今打てる最強の攻撃魔法だ。
おそらく状態異常が上手く成功して、一時的に動けなくなっているのだろう。
「くっ……」
マスマテラ・マルケニス。
魔王復活教の教祖にして、ブレイズファンタジーの大ボスの一人。
魔王復活を史上の目的とし、そのためだけに生きるかつての魔王軍の子孫。
一見ただのイタいおっさんだがその魔法の実力は本物で、魔王復活のために学んだ召喚術で様々なモンスターを召喚し、主人公たちに嗾けてくる。
魔王復活のために様々な布石を打っており、状況に合わせて動きを変える。
その柔軟さは恐ろしく、ゲームではどのヒロインのルートに行っても必ず魔王を復活させてくるあたり、相当な執念だ。
そして立ち振る舞い以上に厄介なのは、戦闘力の高さ。
強力な闇の攻撃魔法を操り、近接戦闘も得意と隙が無い。
ヤツの身に纏う闇の羽衣はプレイヤー側の戦力が使える炎・水・風・土の魔法を無力化してしまう。
そして、魔族故に闇属性の魔法はそもそも通用しない。
終盤で戦う際の推奨レベルは70前後。
ラスボスである魔王や裏ボスを除けば、最も手強い敵といっていい。
プロローグでは何もしてこないマスマテラ・マルケニスだが、ここはゲームではない。
物語終盤で戦うような敵とこのタイミングで戦わなければならない。
絶望という他ないだろう。
「リィラ、今のうちにこれを食べて」
「これは……チョコレートですか? それにしては……何やら様子が」
俺はさっきパーティー会場で摘まんでいたチョコレートを複製してリィラに手渡す。
100%俺の魔力で作った。
「食べると魔力が回復するから。魔力、かなりキツいんだろ?」
「はい。ここは素直に頂きます……あら、本当に魔力が元通りに!?」
綺麗だったリィラのドレスは所々破れていて、激しい戦いがあったのだと想像させる。
本当にごめん。俺がもっと早く気付いていれば。
「いきなり魔法を打つなんて……痛いじゃないか……」
状態異常が消えたマスマテラ・マルケニスがぬるりと立ち上がる。
当然だがゲームで見るより威圧感がある。
背が大きいことによる視覚的プレッシャー。そして禍々しい魔力から伝わる精神的プレッシャー。
何が痛いじゃないか……だ。
ダークライトニングは普通の人間だったら粉々になるような威力の魔法なんだよ。
おまけで付与した状態異常に頼らなくてはならない時点で、危機的状況なんだ。
それを受けて無傷で立ち上がるなんて……。
「化け物め……」
こんなヤバいヤツの前にレオンとリィラを二人きりにしようとしていたのか俺は。
今更そんなことを考えていても仕方が無い。
「リィラ、あっちに俺が通ってきた抜け道がある。そこを通って逃げてくれ」
「逃げろだなんて……貴方は一体どうするのですか?」
「俺はアイツを足止めする。大丈夫だあらかじめ助けは呼んである。俺一人なら時間稼ぎはできる。だから……君は逃げてくれ」
最悪リュクス――俺はここで死んでも構わない。元々5年後にはどのルートでも死ぬ男だったのだ。
推しの為に死ねるなんて、こんな名誉なことはない。
「わかりました。貴方の勇気に、最大の感謝を。そして――どうかご無事で」
リィラは目に涙を溜めながらそう言うと、俺の示したルートへ向かって走り出した。
「逃がすわけないよねぇ――ダークs」「させるか――ダークライトニング!」
「ぐおおおおおおおおおおお」
黒い雷が再びマスマテラ・マルケニスの体を押し流す。
その隙に、無事リィラの姿は見えなくなった。
頭のいい子だ。ちゃんと思い通りに動いてくれる。
「きひひひ……そうかぁイミテーションだね? あのクソ魔法を魔眼と組み合わせるとは……やるねぇリュクス・ゼルディアくん」
「俺の名前を知っているのか?」
「もちろん。君は我々魔族の間では有名人だ。何せ、魔王様と同じ魔眼を持って生まれた呪われた子供だからね」
だろうね。
孤独のあまり部屋に閉じこもってひたすら悪魔召喚を繰り返していたリュクスは、学園入学前、ついに本当に成功させてしまう。
そこで呼び出されたのが悪魔だったらどんなに良かっただろう。
だがリュクスが呼びだしたのは死んだ魔王の魂。
生まれて初めて優しくしてくれた魔王に心酔したリュクスは、利用されているとも知らずに魔王の意のままに悪事を働く。
そして、魔王の魂と魔王復活教教祖マスマテラ・マルケニスが接触するきっかけを作ってしまうのだ。
おそらく、前々からリュクスを仲間に引き入れようと画策していたのだろう。
今思えば、リュクスごときが魔王の魂を召喚できたのは、裏でコイツが手を引いていたのではとも思ってしまう。
「君ならわかるだろう? この人の世は差別に満ちている。姿形が違うと魔物を殺し。思想が違うと魔族を殺し。殺し。殺し尽くして。次は言葉が違う、文化が違う、見た目が違う……そうやってついには人間同士で差別し合っている。君もその被害者だろう……辛かったね」
舞台役者のように芝居がかっていたマスマテラ・マルケニスの言葉はいつしか優しいものになっていた。
「君も魔王復活教に入ろう。魔王様の支配は良いぞ? あらゆる種族が差別なく平等に幸せに暮らすことが出来る」
ダイバーシティってヤツか。確かにそう言われると、ゲームに出てくる魔王軍って色々な種族が共存して一つの国や組織として成り立っていて凄いよな。
どっちが悪なの? って哲学的なことを考えたくなるよ。
でも。
「魔王♪ 魔王♪ 魔王復活教に入ろう~♪ 魔王♪ 魔王♪ 魔王復活教に入ろう~♪」
「俺は魔眼を魔王にくれてやるつもりはないんでね。悪いがお前を止めさせてもらう」
魔王復活教の歌を歌うマスマテラ・マルケニスの言葉を遮る。
「……いやいや。君の魔眼を魔王様に? そんなことないって。本当に本当」
「図星って顔じゃん」
悪いがお前らがリュクスに目を付けた理由が魔眼を奪いたいからってのはゲームで予習済みだ。
「はぁ……殺さないように戦うのはテンション下がるなぁ」
さっきまでの饒舌が嘘のよう。マスマテラ・マルケニスは気怠げに戦闘態勢に入った。
これはうまい。
どうやらヤツは魔眼の子……俺を生け捕りにする必要があるらしい。
ならいくらでも戦い方はある。
「――ダークリッパー」
突如、マスマテラの指から闇の刃が放たれた。咄嗟に回避する。
対象を失った闇の刃は背後になった棚や希少な品々を真っ二つにした。
おいおい、殺さないんじゃなかったのかよ!?
「頭さえ残っていればいいんだから……手足は切り落としてしまおうかねぇ」
くっ……焦るな。考えろ。
ダークライトニングはヤツを倒すための決定打にはなりえない。
確かにコピー元の雷属性を帯びてはいるが、ベースは闇属性なのだ。
兄デニス本人が放っていれば違うのだろうが、魔族のあいつには100%のダメージを与えることはできない。
俺の魔法は闇属性。相性は最悪と言っていい。
だが俺には魔法だけじゃない。
転生から1年。鍛え抜いてきた剣技がある。クレアとの試合でさらに数段上の次元に磨かれた剣技が。
後は剣。
強い剣が必要だ。
ただ強い剣じゃない。それじゃダメだ。
ヤツと俺とのスペック差を埋めるだけの、破格の性能を持った剣が。
ひとつだけ、心当たりがある。
幸い、今日その剣の実物を見てきた。
聖剣グランセイバー。
あれがいる。
『触れてみるか?』
あの時、父にそう促されて触れておいて良かった。
直接手で触って、魔眼で見て。
さらに転生前に所持していたブレファン設定資料集8,980円(値段高過ぎ)の設定画を眺めて得た情報は全て頭の中に残っている
後は材料。
そこら辺に砕け散っている宝飾品や貴金属の数々。それらが材料になりそうだ。
これで70%。あとは俺の魔力で補う。
「――イミテーション起動……よし」
「何をしようとしているのか知らないけど……素直に達磨さんになぁれ――ダークリッパー」
放たれた闇の刃を、俺は手に握った剣で打ち砕く。間一髪、間に合った。
「へぇえええ多芸だねぇ。今度は聖剣を作るとは……まぁ、少々不出来なようだけど?」
「そうでもないさ」
手に握られた聖剣は、転生前に憧れた聖剣グランセイバーには程遠い。
刀身は黒銀に鈍く輝き。本来メタリックレッドだった差し色は脈打つようなメタリックバイオレット。足りない部分を俺の闇の魔力で補ったからだろう。
さながら安物のカラーバリエーションのようだが、これでいい。
本物の聖剣は主人公レオンのもの。
ならば悪役のリュクス・ゼルディアには、この闇堕ちダークカラーがお似合いだ。
「こんな見た目だが性能は本物並だ。さぁ、覚悟しろよおっさん!」
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