第29話 それは呪いなどではなく

リィラside


「こちらが竜殺しの英雄レオ殿と、その息子のレオンくんだ。リィラ、挨拶しなさい」


 一目その少年を見たとき、まるで「野に咲くお花のようだ」と思いました。

 少年を形容するのにふさわしくないかもしれませんが、確かにそう感じたのです。


 あどけない瞳が、柔らかい茶色い髪が、絹のような肌が。

 少年というよりは少女のそれに近いのも影響しれいるのか。


 英雄の息子として、世界各地を旅している少年。


 きっと、私の知らないものを沢山見てきたはず。


 彼の目に、私はどう写っているのでしょう。


「ねぇ」


 彼は食事用にテーブルにおかれていたフォークを弄びながら、こちらを見ることなく言いました。


「ここの王族はあの【聖なる炎】を使えるって本当? 本当なら見てみたいな」

「ごめんなさい。【聖なる炎】を扱える者は、今の王族には先代の王……私のおじいさまだけなのです」


 そのおじいさまも、もう社交の場に出られないほど弱っている。


「ですから、レオンくんのご希望には添えないのです」

「ふーん……期待外れ」


 口で言うほど残念でもなさそうな態度。

 けれど、どこか含みがある。


「何か言いたいことでもあるのですか?」


 だから私は敢えて尋ねたのです。

 その時、初めて彼と目が合いました。


「【聖なる炎】って民草を守るための、王族が王族たる力の証明だよね?」

「そう……ですね。かつて魔王を討伐した勇者が人々を守るために使っていた力。それを代々、スカーレット王家が継承している。そう聞き及んでおります」


「それって逆に言えば今の王家には民草を守る力がないってことだよね? なのに多くの税を課して、自分たちだけで豪華なパーティー……僕には理解できないかな」

「……なっ!? り、理解できないとは……一体どういう意味ですか?」

「どういうって……言葉通りの意味だよ。力もないのに偉そうにしている君たちも。そんな王様に従っている民草も。僕には理解できないや」


 そう言って、つまらなそうにあくびをするレオンくん。


 悪意は感じなかった。


 そう、彼は意地悪で言ったわけではないのだ。


 目の前の少年は、ただこの国と我が王家を見た感想をそのまま口にしただけだ。


 そしてそれが、今の私にクリティカルヒットしたというだけのこと。


 私には力がない。


 あらゆる闇を浄化するという聖なる炎も使えず。


 かつて傷つけてしまった少年の汚名をそそぐこともできず。


 けれど私はいつだって王女として、大勢の人から大切に扱われる。


 何故か、それが無性に恥ずかしくなった。


 自分がいつまでも守られたままの子供であると突きつけられたような。


 そんな気恥ずかしさを感じたのです。




 完全に心のバランスを崩した私は、少し体勢を整えるため、テラスへと向かいました。

 この後、おそらく同年代の貴族の方々からダンスのお誘いがあるでしょう。


 夜風にでも当たって、それまでに気持ちを整えておきたかったのです。


「不思議な少年でした……」


 決定的に視点が違う……いいえ、生きてきた環境がまるで違うのでしょう。

 私がどれだけ凝り固まった価値観の中で生活してきたのかを思い知らされるかのような時間でした。


「あら……知らない場所ですね」


 王女とはいえ、そう頻繁に王城に来ることはありません。考え事をしながら歩いていたせいか、テラスに行くつもりが、全く違う場所に来てしまいました。


 ここは確か……宝物庫? でも扉が開いていますね……そういえば、パーティー会場の前にはまだグランセイバーが展示されていましたね。


 なるほど……搬入のために扉を開けてあるのですね。


 ということはあの大柄な黒ずくめの男性も、そのための係の方で……ってそんな訳はないですよね!?

 体を隠すフード。体を隠すマント。どうみても王城で働く人間ではない。怪しさしかありません。


「誰か……人を呼ばなくては……」


 そう思った時でした。


『力もないのに偉そうにしている君たちも。そんな王様に従っている民草も。僕には理解できないや』


 先ほど言われた彼の言葉が蘇りました。


(そうだ、私は王女なのだ。不届き者は、自分で成敗しなくてはなりません)


 そう考えてしまったのです。


 普段ならば取らない選択肢。ですがこの時の私は冷静ではありませんでした。


 私は宝物庫へと足を踏み入れます。第一ゲートを潜ると、警備兵さんが倒れていました。


「やはり賊のようですね……」


 足の震えをなんとか止めて、前へと進みます。

 魔力を練り上げ、いつでも魔法を発動できるように。

 第二ゲートを抜け、広い広い宝物庫の中へと入ると……。


「これはこれは……まさかよりにもよってリィラ王女に見つかってしまうとは! 一生の不覚! ここまで手引きしてくれた部下になんと詫びればいいのか! 差し出す首がいくらあっても足りはしない!」


 嬉しそうな男の声が響く。

 先ほどの黒ずくめの男が待ち受けていました。


 男は流れるように軽薄なお辞儀をする。

 その反動でフードが外れた。


 薄青い肌と白く艶のない髪が露出して、初めてその男が魔族だと気付きます。


「魔族……?」

「しまった姿を見られてしまったぁ!?」


 自分から見せておいて何を……。


「姿を見られたからには自己紹介するしかあるまい。おじさんの名前はマスマテラ・マルケニス。君たちが言うところの魔族でね。年齢は140歳。職業は宗教団体の教祖、情報弱者から搾取するビジネスで年収は3000万ゴールドほど頂いているよ。バツイチでね……仕事に対する理解が得られなくて離婚してしまったんだ。というわけで再婚相手を募集中でね。好みのタイプは命令に絶対逆らわない奴隷みたいな女性かなぁ」


「き……聞いてもいないのにペラペラと……」


「さて私の個人情報を知られたからには、君を生かして返すわけにはいかないねぇ」


 マスマテラ・マルケニスと名乗った男がパチンと指を鳴らす。

 すると、扉がバタンと閉められた。


「くっ……自分から喋っておいて……生かして返さないのはこちらの台詞です。王家の宝物庫へ土足で踏み込んだ罪。命を持って償わせます」

「吠える吠える。血統書付きの人間だぁ! おじさんをワクワクさせてくれたまえ」


 マスマテラはこちらに何かをしてくる様子がない。

 完全に遊んでいるつもりですね。


「二重属性――フレイムストーム!」


 だから最初から全力。


 魔族相手に容赦はしません。


 繰り出したるは炎と風の合体魔法フレイムストーム。

 炎の竜巻が賊の体を覆い、逃がすことなくその体を焼き切る。


 炎の熱と風の刃で対象の体を徹底的に破壊する……。


 はずでしたが……。


「嘘……!?」

「きひっ……! きひひひひひゃあ。素晴らしい。これほどの魔法を使えるとはねぇ」

「化け物……」


 炎の竜巻が収まった後、そこには無傷のマスマテラが立っていた。

 傷一つ、ついていない。


「……く」


 軽い目眩がした。

 一撃で仕留めるつもりだったから、今のフレイムストームに多くの魔力を使ってしまった。


「まだ……まだ上があるんだよねぇ? いいよ、待っていてあげるから、おじさんに打ち込んできてくれ」

「言われなくても……四重属性!」


 自分の中に流れる魔力神経を全開にする。


「――フュージョンディザスター!」


 四属性が混じり合い、黄金の輝きをもって魔力が可視化される。さながらエネルギー波のように放たれた黄金の魔力がマスマテラを包み込む。


「ぐっ……ぐおおおおおおおお」


 宝物庫に響くマスマテラの悲鳴。

 これが今の私が出せる最強の魔法。それが命中した。今度こそ……!


「イタタ……腰がぁ……きひひ。でもおじさんには効かないんだよね」

「……くっ」


「きぃっ……いいいいいひゃ。おじさんはねぇ、何もファッションに自信がなくてこんなマントを着ている訳じゃないんだ。このマントはねぇ【闇の羽衣】というアイテムでね。人間が扱える炎・水・風・土の魔力は無力化してしまえるのさ」

「そんな……着ているだけで?」


 それではまるで、伝説のアイテムではないか。

 目の前の魔族は、本当に一体何者!?


「君は絶対おじさんには勝てないよ? でも、最後まで生きることを諦めないで欲しいな」

「何なのこの人……」


 気持ちが悪い。


 生理的嫌悪感もさることながら、今ので魔力を殆ど使い切ってしまったのも影響しているでしょう。


 とにかく瞼が重い。


 足に力が入らない。


「もしかして今ので魔力を使い切ったのかい? 若いんだからもっと頑張らないと……おっと本当にダメそうだ。可哀想に……。あと5年もすれば私を倒せるくらい強くなれたかもしれないのに。それくらいの才能だというのに、ここで終わりなんて」

「……」


 レオン少年の言うとおりだった。


 私は……弱い。


 こんな賊一人倒せないようで、一体何が王族か。


 悔しい。


 悔しい。


 ここで終わりなんて……悔しい。


「いやぁでもおじさんも歳だからねぇ。君のような才ある若者の未来を潰すのは嫌いじゃないよ。君も大人になればこの快感が理解できるさ。まぁ君は大人になれずここで死ぬんだけ――ぐあああああああああああ!?」


 ジリジリとこちらに近寄ってきたマスマテラの頭上から、黒い光が降り注いだ。


「びゃびゃ……びゃかな!? 雷属性だとぉ!? なぜぇだ!?」

「――ダークライトニング!!」


 その後、さらに黒い雷がマスマテラを直撃、その巨体を吹き飛ばした。


「君は……!?」


 敵を襲った雷を放った少年を見て、思わず涙が溢れそうになった。

 だってそれは、ここに居るはずのない人だったから。


「リュクスくん!」

「間に合った……加勢に来たぜ、リィラ様!」


 さっき会った時の穏やかな青い瞳とは違う――ぞっとするような赤い瞳。


 かつての私が恐怖した恐ろしい瞳。


 薄暗い宝物庫に、彼の魔眼は鈍く怪しく光っていた。


 けれどそれは、今の私にはとても頼もしい希望の光に見えたのだ。


「もう……さまって付けたら、嫌って言いましたよ……?」

「ゴメンて」


 優しく私の手を取る彼は、もう魔眼の子でも呪われた子でもなかった。


 魔眼使いリュクス・ゼルディア。


 ヒロインのピンチに駆けつける、カッコいいヒーローのようでした。





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