第20話 カップルに悪戯しようとしてるやつ

 チョコバナナを完食し「さて次は何をしようか」と話していると……。


「お~いリュクス!」


 と声がした。


 俺は周囲を見回してみるが、それらしい人影はない。


「あはは、こっちだよこっち!」


 俺は声のした方……頭上を見上げると、その人物と目があった。


「クレア……ウィンゲート!?」

「あはは、昨日ぶりだねリュクス! 完全復活したようで安心したよ!」


 背後の木の上にクレアが居た。

 クレアは浴衣ではなく薄手のパーカーに半ズボンといったスポーティーなファッションだ。

 あれなら問題なく木に登れるだろう。いや、なんで登ってるのか意味分かんないけど。


「あの人、あんなところで何してるのかしら?」

「わからない……」


 ゲームに出てくるクレアはもっと大人びた人物だったのだが、10歳時点だとかなり幼いというか、良くも悪くも少年ぽい性格をしている。

 頭の横には犬のお面もしているし、かなり祭りを満喫していることはわかる。


「そんなところで何してるんだよ?」


 俺の質問にクレアはニヤニヤと笑うと、ある方向を指差した。

 そちらを見てみると、若いカップルがベンチに座り、イチャイチャしていた。


「はい、あ~ん。どう? たこ焼き美味しい?」

「うん。凄く美味しいよ。でもちょっと熱いかなぁ?」

「あらあらごめんなさい。それじゃあ……ふーふー。これでどうかしら? あ~ん」

「ぱくり……んん! 美味しいよ」


 うわぁ……引くわぁなんだあのカップル完璧に自分たちの世界を作ってやがる……って。


「殿下じゃねかああああ!?」


 ベンチでイチャイチャしているのはルキルス王子とエリザの姉、エレシア様だった。


「普段偉そうな殿下が鼻の下伸ばしてるからさ。少しちょっかいを掛けようか、タイミングを見計らっていたんだ」

「やめてやれよ……」


 不敬罪になるぞ。


 そういえば騎士団総帥の娘であるクレアはずっと王都に住んでいるから、ルキルス王子とも関わりが深いのか。

 クレア的には親戚のお兄さんみたいな感じなのかもしれない。


「お姉様ったら……まったく」

「ああ、エリザ的には辛いよな……」


 何しろ片思いの相手と姉がイチャラブしているのだ。


「え、なんで?」


 だが当のエリザはキョトンとした顔だ。

 あれ?


「いや、平気ならいいんだけどさ」


 凄いなエリザ。

 所謂、脳が破壊されるって状況に近いのに……。

 やはりヒロイン、メンタルが強い。


「あれ……ちょっと待ってリュクス。君の隣に居るのって……」


 その時、木の上からクレアが飛び降りてきた。


 危ないよ。


「君、もしかしてエリザ・コーラル?」

「そういうアンタはクレア・ウィンゲートでしょ」


「あれ……あれ~? もしかしてお二人はそういう関係だったりするのかな~?」


 悪戯ぽく俺とエリザを交互に指差すクレア。


「そそそ、そそそういう関係ってにゃににょ!」

「落ち着けよ」


 テンパり過ぎだろエリザ。


「男女が二人だけでお祭りに来てるって……つまりはそういうことでしょ? いや~驚いたよ、リュクスに婚約者がいるなんて。でも同じ御三家だもんね~お似合いかも!」

「ち、違う! こいつとは幼馴染みで、今日も偶然会っただけだから!」


 エリザの言葉に「そうなの?」と目だけで尋ねてくるクレア。


「ああ本当だ」


「へぇ良かったぁ。……ん? なんで良かったなんだろう?」


「どうしたクレア?」


「ううん、なんでもない。でもまぁ、リュクスの幼馴染みなら私の幼馴染みでもあるわけだよね? 幼馴染みが増えて嬉しいよ!」

「「いやそうはならないだろ」」


 俺とエリザの声が重なる。

「お前の幼馴染みは俺の幼馴染み」ってか? ジャイアンもビックリのジャイアニズムだ。


「あ、そうだ。ねぇ、二人であれ買わない?」

「あれ……?」


 クレアが指差した屋台には剣が売っていた。

 もちろん本物ではなく、ビニールで出来た空気で膨らんだ剣だ。日本の縁日でもよく子供が購入しているあれである。懐かしい。


 クレア曰く、この世界で有名な魔剣を模しているらしく、いくつか種類がある。


「そういえばクレアって魔剣大好きだったな」

「うん! あ、私はグランセイバーを買うから、リュクスは別のにしてね」

「グランセイバーは魔剣じゃなくて聖剣だろ?」

「そうだったー!?」


 聖剣グランセイバー。とあるヒロインとのルートでのみ入手できる、主人公の最強装備のひとつだ。


「まぁいいや。買ってさ、二人で昨日の決勝戦の続きをやろうよ」

「ここで?」

「無理かな……?」

「無理だろ」


 この人混み、走り回るだけでも危ないのに、ビニール製とはいえあんなものを振り回すのは危険だろう。

 普通の子供がやっていれば「迷惑だなぁ」レベルで済むかもしれないが、クレアは本気で暴れまわるだろうし。


「うぅ……楽しいと思ったんだけどなぁ」


 しょんとするクレア。

 その子供らしい様子を見て微笑ましくなる。

 ゲームのように成長するなら、こういうクレアは今しか見られないのだから。


「なぁ、せっかくだから3人で一緒に回るか?」

「え!? 私も一緒に移動していいの?」

「当たり前だろ! いいよなエリザ?」

「まぁしょうがないわよね。じゃ……ん」

「おう」


 手を指しだしてきたエリザの手を握る。その様子を見たクレアが首を傾げる。


「どうして手を?」

「はぐれたら危ないでしょ? だから移動するときはこうして手を繋ぐのよ」


 何故か勝ち誇ったように言うエリザ。


「へぇ……それじゃあ私も繋がせてもらおうかな……んんん?」


 俺の手を「それじゃあ私も」と取ろうとしたクレアの手をエリザが余っていた手で握る。


「アンタは私と手を繋ぎなさい」

「ねぇ、本当に婚約者とかじゃないんだよね? この娘、君へのガード堅くない?」


 困ったようにこちらを見てくるクレアに「婚約者じゃないよ」と念押しする。


「でも私もリュクスと手を繋ぎたいしなぁ……あ、そうだ! こうすればいいよね!」


 とても良いことを思いついた! と顔を輝かせて、クレアは余っていた左手で俺の右手を掴んだ。


「ちょっと、なに勝手に手を繋いでるのよ?」

「えへへ、これで人混みでも絶対にはぐれないね!」

「いや輪っかになっちゃったから! これじゃ移動できないから!」


 三人それぞれ手を繋いだから円形になってしまっている。流石にこんなんで移動は邪魔だし恥ずかしい。


 仕方ないと俺はエリザと繋がっている方の手を離そうとして……離そうとして……あれ? 離れない?


「はぁ? 私、この手を離す気はないんだから!」


 ならしょうがないと、俺はクレアと繋がっている方の手を離そうとして……。


「あっ……そっか。そうだよね。ずっと剣を握ってきた私のゴツい手なんて、握っていたくないよね……」


 急に汐らしくなるのやめて!


「でもこれじゃ動けないわよ?」

「あはは……困ったね」


「いや……エリザとクレアが繋いでいる手を離せよ!」


 なんだよこの時間……いやマジで!

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