第21話 打ち上げ花火
一通り祭りを満喫した後。
「そろそろ花火だろう? とっておきの場所があるからさ!」
と言うクレアの後について行く。
その道中。
「皆さん! もうすぐ魔王様が復活し、国王による圧制の時代が終わる!」
「魔王!」
「魔王!」
「魔王!」
演説のようなものをする黒ずくめの男と、その演説を興奮した様子で聞く若い町民たちの集団がいた。
「魔王様が支配する世界には身分はない! 全ての者が差別されることなく平等に教育を受け、平等に働き、平等に生きることが出来る! 無能な王族や貴族たちに従う必要などない!」
「おお!」
「素晴らしい」
「魔王様」
「何よあれ……」
露骨に顔を歪めるエリザ。
だが怖いのだろう、握った手が少し震えている。
「魔王教か」
俺の呟きにクレアが頷く。
魔王教とは数百年前に勇者に倒された魔王を復活させるために暗躍する組織で、あのように今のスカーレット家による絶対王政に不満を持つ民衆を引き込んでいる。
ブレイズファンタジーにおける敵組織だ。
耳当たりがいいことを言っているが、入団した者達の末路は悲惨だ。ゲームのリュクスも学園時代にいいように使われ、そして破滅した。
「どうする? 潰す?」
「いや、エリザもいるし、ここは見回りしている騎士団に任せて俺たちは回り道しよう」
祭り中ということもあり、騎士団が見回りをしている。
見つかれば注意し、解散させてくれるだろう。
「それもそうだね。あーあ。嫌なもの見ちゃったな」
「変な連中よね。数百年も前に死んだ魔王が復活なんてするわけないじゃない」
魔王教たちの姿が見えなくなったことで、ようやく元気を取り戻したエリザが言った。
まぁ、普通はそう思うよね。
だがリュクスが何もしなくても……魔王が復活するルートはいくつもある。
クレアとの戦いで明確にレベルアップしたのを感じたが、それでも魔王を倒すにはほど遠いだろう。
頑張らねばと、気持ちを引き締める。
「クレア、俺たち絶対強くなろうな!」
「え、うん! どうしたの急にやる気になって?」
「いや、なんでもない」
「……???」
なんて話していると、ようやく街の中央付近、騎士団の派出所に到着した。
10階建てくらいの巨大なビルだ。
「ここの屋上が特等席でさ。ささ、上がって上がって」
「上がってって言われても……」
ビルの入り口に立つ騎士さんが物凄い青い顔でこっちを見ているんだけど。
「クラシェさん、お疲れ様です」
「こ、これはお嬢様でしたか!? き、今日はもしかして総帥の命令で?」
「あはは、違うよ。抜き打ち視察とかじゃないから安心して」
「ほっ……」
ホッと胸をなで下ろす騎士さん。
「どうせ中で宴会してるんでしょ? お父様には黙っててあげるから、僕たちも屋上に上がらせてくれない?」
「他の騎士やその家族も居ますが……」
よろしいですか? と俺とエリザの方を見る騎士さん。
「私はべつに構わないわよ」
「俺も」
「じゃあ決まりだね。ささ、入って入って」
俺たちをビルの中に先に行かせ、クレアは騎士さんに耳打ちする。
「2番ストリートのカフェの裏道、魔王教が演説している」
「了解しましたお嬢様。すぐに見回りのものを向かわせます」
なんてカッコいいやり取りをした後、クレアはいつもの調子に戻って「待ってよ~」と追いかけてくるのだった。
***
騎士団の所有するビルの中に入ると、確かに酒の臭いに満ちていた。
幸いゲロなどは転がっていなかったが、クレアが本当に総帥の視察で来ていたらここの部署の人たち滅茶苦茶怒られたんだろうな……というくらいにははっちゃけていた。
「まぁ普段真面目に働いているから、こんな時はね」
一応酒を飲んでいるのは非番の人たちだと聞いて安心した。
今日休みの者は明日働き、今日働いたものは明日、家族をここに連れてきて酒や花火を楽しむのだという。
屋上に上がると、数名の男達とその家族と思われる女性や子供が居た。
「お嬢様も来たんですね」
「子分を連れて花火ですか~」
「子分じゃなくて友達ね」
「「とも……だち……!?」」
「なんでそんなに驚いている?」
なんて騎士団コントを見守っていると花火の時間になった。
ひゅーと音を立てて、空に炎の花が咲く。
魔法ではない。現実と同じ職人の手で作られた花火は、しかしこの世界で見たどんな魔法より綺麗だった。
視界に収まらないほどの大輪の花火と全身に降り注ぐ音の重圧に、ただただずっと空を眺めてしまう。
「私、この花火を……今日のことを一生忘れないと思う」
うっとりと花火を見上げながら、エリザが言った。
それにクレアも続く。
「私も……今年の十年祭は楽しかった」
二人は今日のことを忘れないと言った。
もし俺が転生してくることがなければ、この二人がこうして同じ場所で同じ空を見上げることはなかったのだろう。
本来ならば数年先の未来で殺し合うはずだった男を含めて。決して交わることのなかった三人の道が、どうしたことか今は一つに重なっている。
ゲームのリュクスとは違う人生を歩むと決意して、頑張り続けてそろそろ一年になる。
夜空に輝く花火の光が、そんな俺へのご褒美のような気がして。
なんだかとても、嬉しくなったんだ。
***
***
***
「もう……エリザったらどこに行っていたの? 心配したんだから」
花火の終了と共に、俺たちは祭り会場の方へと戻った。
(((嘘だ……)))
エリザを心配した様子を見せるエレシアさまの言葉に、俺たち三人の心の声が重なった。
「君たちも。いくら強いとはいっても、子供だけでうろつくのは感心しないな」
「はーい」
ルキルス王子のお叱りを子供らしく適当にかわす。
「さぁ、私たちも帰るわよ」
「少しお待ちくださいお姉様」
そういうと、エリザがパタパタとこっちにやってきた。
「ねぇ……アンタ、明日のパーティーなんだけど……その、ダンスの相手って居るの?」
「いや、居ないけど……」
「ふぅん。ならいいわ! それじゃ、また明日ね!」
「おう!」
仲良く帰って行く王子とエレシア様、そしてエリザの後ろ姿を見守る。
「っておい、手をつなげ手を」
エリザのヤツ、王子ともエレシアとも手を繋いでいない。
「迷子にならないように」って王子と手を繋ぐチャンスだというのに……。
「遠回しに俺が甘えテクを教えたつもりだったのだが……伝わっていなかったのか」
「ねぇリュクス。明日のパーティーで踊る相手が決まってないって本当?」
「ああ。ってか、踊るつもりねーよ」
一応メイドさんたちに仕込まれたが、明日のパーティーで俺はそこまで出しゃばるつもりはない。
明日のパーティーには5人のヒロインが全員パーティー会場に現れる。
5人にそれぞれ、主人公とのちょっとした出会いのエピソードが起こる重要な日だ。
対してリュクスは本来なら参加していない男。
何か余計なことをしてその出会いを邪魔する訳にもいかないから、クレアともエリザともなるべく出会わないように立ち回る予定だ。
「ふぅん、なるほどねぇ」
「なんだよその笑みは。絶対イタズラ思いついた顔じゃん」
「さぁてね! それじゃ私はここで! リュクスも気をつけて帰えりなよー!」
「クレアもな!」
走り去っていくクレアに手を振る。
「なんか……急に一人になるとスゲェ寂しく感じるな……。さて、兄さんを探さないと」
待ち合わせ場所くらいは決めておくべきだった。
この人混みの中を探すのは苦労するぞ。
そう思っていたとき。
『こちらはインフォメーションセンターです』
拡声魔法によって大きくなった声が会場に響いた。
一体なんだろう。
『リュクス、ゼルディアさま。リュクス、ゼルディアさま。お兄様がお待ちです。至急、救護テントにまでお越し下さい』
「き、救護テントだって!?」
兄に何かあったのだろうか。俺は救護テントまで急いで向かう。
すると……。
「ふぅん……リュクスよ、よく来てくれた」
お腹を押さえて唸る兄デニスの姿があった。
心なしか顔が青ざめている気がする。
「す、すみません!? 兄は……兄は大丈夫なのでしょうか!?」
まさか祭りで食中毒でも発生したのだろうか?
俺は医者風のスタッフさんに尋ねてみた。
「いえ、ただの食べ過ぎですね」
「……」
兄さん……俺と別れてからもずっと食ってたんすね。
祭り、堪能してたんすね……。
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