第22話 ゼルディア家
十年祭3日目の夕刻。
俺はメイド見習いのメロンがデザインしてくれた衣装に着替えた。
とはいっても、ほとんどはメロンが着替えさせてくれた。
髪型をセットしてもらい、薄化粧まで施され、気分は完璧に芸能人だ。
鏡を見れば、そこには金髪のカッコいい美少年が立っている。
うわメッチャカッコいいこの子、誰なんだろう……あ、俺か。
「素敵ですリュクス様!」
「はい。ゼルディア家の名に恥じない装いになりましたわ」
「ありがとう。二人についてきて貰ってよかったよ」
俺の言葉に感極まったのか、見習い二人は少し目を潤ませる。
「リュクス様。私も、メロンも。そしてここに来られなかった3人も。皆、リュクス様に仕えることに誇りを感じています」
「十年祭を過ぎれば、リュクス様も立派な貴族の一員です。もう、我々が今までのように気安く振る舞うこともできなくなりますわ」
「えへへ……最後の機会だと思って、王都ではちょっとはしゃぎ過ぎちゃいました」
「そうか……」
メイド見習い5人と俺は、今まで兄妹のような関係だった。
もちろん主従関係はあったものの、やはりそれは兄妹のそれに近い。
回りのメイドさんや執事さんたちも、俺たちのやり取りを微笑ましく見守ってくれていた。
だが、それも今日で終わる。
これから先、互いの立場にきっちりと線が引かれ。
彼女たちも従者としての立ち振る舞いや態度を徹底的に仕込まれるのだろう。
「なんだか寂しいな……」
兄妹というか、クラスメイトの女子みたいな感覚でいたんだろうな俺は。
子供の時は男女関係なく泥だらけになりながら外を走り回っていた女子たちも。
成長するにつれて壁ができ、同じ価値観では付き合えなくなっていったあの時のそこはかとない寂しさを思い出す。
「何を言っているんですかリュクス様!」
「そうですわ。私たちは何も変わりません」
「これからもずっと一緒。それだけは、絶対ですわ」
「ずっと弟のように思っていたリュクス様の門出を見送れて……」
「本当に幸せですわ」
「二人とも……」
泣かせるような台詞を言いやがる……妹のように思っていた二人の言葉に、俺は天を仰いだ。
そして、一つだけ。
最後に確認することがある。
「ねぇ二人とも、俺の事を弟のように思ってたの? 兄じゃなくて?」
「「はい! 私たちの大事な、可愛い弟です!!」」
「へ、へ~そうなんだ……」
今明かされる衝撃の真実に驚いている内に、出発の時刻となった。
***
***
***
「兄さんはやっぱりダメでしたか」
「はい……」
一晩明けても腹痛が治まらなかったので一応医者に看て貰ったのだが、やはり食い過ぎによる腹痛との診断だった。
思えば魔法使いタイプのデニスは背は高いが体は細い。
普段からあまり食べる方ではなかった。
そこへいきなり沢山食べ物を食べたから、胃が悲鳴を上げているのだろう。
「じゃあ、やはり……」
「はい。今日は旦那様と……お父上と二人で城へ向かって頂きます」
俺と父親の関係を知ってか、不安そうな執事さん。
「どうした。早くしろ」
既に到着していた馬車から声が響く。
穏やかながら圧力のある声だ。
「はっ。ではリュクス様。ご武運を」
「あはは……大げさですよ。父上との道中、楽しんできますから」
馬車に乗り込む。
そこには俺、リュクスの父であるグレム・ゼルディアが座っていた。
顔はリュクスよりデニス似。
だが特段大柄という訳でも、鍛え抜かれているというわけでもないにも関わらず、風格と場を支配する威圧感がある。
重い……。
王都に来たときと同じタイプの馬車なのに、何倍も狭く感じる。
「早く座れ」
「え……?」
手を引かれ、グレムの横に座らされる。
一瞬驚いたが、対面で座るより横に座った方が楽なのだろうか……。
「出せ」
その一言で、馬車が動き出す。
「……」
「……」
グレム・ゼルディア。
ゲーム時代のブレファンにはキャラクターとして出てこなかった人物だ。
御三家であるゼルディア家の現当主で、現国王とは学生時代からの親友らしい。
魔物や災害による被害者を積極的に支援していることで有名。
ゼルディアの屋敷で働く執事さんやメイドさん、その他スタッフも全て各地の魔獣被災者たちで、モルガたちメイド見習いもそう。
そういった人たちからは神のように崇められていて、信頼も厚い。
身分に関わらずその人個人の能力や適性を見てどんどん仕事を振って活躍させていくその様はまるでやり手の実業家のようだ。
観光資源であるグランローゼリオを活かした事業により領地の財政も潤っている。
貴族としては100点満点の男といっていい。
反面自分の子供にはとても厳しく、滅多なことでは褒めることはない。
リュクスに関してはほぼ居ないものとして扱っていた。
おそらくだが、魔眼を持って生まれた俺を憎んでいるのだろう。俺を生んだことを悔やんで死んだ奥さんを愛していたらしいから。
ゲーム時代のリュクスはこの父に憧れを持っていて、しかし魔眼を持つ限り決して愛されることはないと悟っていた。
だからこそあそこまで性格が捻れてしまったのだ。
いちゲームプレイヤーとしてリュクスはクソ野郎だと思うが、それでもこの生い立ちだけは同情する。
正々堂々戦い勝ち取った剣術大会で二位という成績を持ってしても【魔眼の子】という負のイメージはまったく払拭できないのだ。
生まれ持ってしまった自分ではどうしようもないことで無条件に嫌われるというのは相当キツい。
俺もクレアと戦うまでは、心が折れかけていたくらいだ。
今なら、リュクスがああなってしまったことにも少しは……本当に少しだけれど、同情できる。
まぁやはりその後のヒロインたちへの所業を見る限り、好感を持つことはできないけれど。
自分が辛い思いをしたからって、他人に酷いことをしていい理由にはならないと思うから。
「……」
「……」
沈黙は続く。
地獄かな?
まぁ無言の重圧はキツいが、あと10分もすれば王城に到着する。
そう思っていた時だった。
「リュクス……魔眼はどうした?」
突然話しかけられた。
「え……?」
「魔眼はどうしたのかと聞いている。剣術大会の時は確かに……」
「父上、剣術大会を見てくれたのですか!?」
「あ、いや……」
兄デニスが「ふぅん、父上は剣術大会には来ないようだ。まったくあれでも親なのか」と怒っていたのを思い出す。
だからてっきり、見に来てはいないと思っていたのだが。
グレムは何かをごまかすように咳払いすると、キッとこちらを睨んだ。
「お前の意見など聞いていない。私の質問にのみ答えろ」
「魔眼に関しては、能力を封じることができるようになりました。封じていると、このように瞳は青くなるのです」
「ほう……」
一瞬、何かを懐かしむような表情を見せるグレムだったが、すぐに元の表情に戻る。
「ただ完全ではなく、大会の時のように気持ちが昂ぶると、魔眼の状態に戻ってしまいます」
本当は完全にオンオフできるが、念のため俺が作った設定を話しておく。
この前の剣術大会のときのように、戦闘中だけ魔眼を起動して相手を観察していても怪しまれないための言い訳だ。
「つまりある程度の制御はできるということか……」
「はい」
「ならば平時はそうしておけ。魔眼を怖がるものは多い。特に……これから会う王女は特にな」
言われなくてもそうするよ。
ってか、今何か凄いこと言わなかったか?
「お、お父様……ええと」
「なんだ?」
「今、これから王女と会うとおっしゃいましたか?」
「当然だ。国王は我が盟友で……その娘、リィラ・スカーレットはお前と同い年だ。魔眼の子ということで避けられていたが……そのように封じ込められるのであれば問題ないだろう?」
「あ……はい」
しくじった……。
会わないつもりでいたのに……まさかこんなことになるなんて。
王女リィラ・スカーレット。
今年の十年祭の主役にして、ブレイズファンタジーのメインヒロイン。
そして――ゲームに登場するリュクス・ゼルディアが最も憎む女である。
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