第23話 グレムside

 私の名はグレム・ゼルディア。


 御三家最強ゼルディア家の当主である。

 剣と魔法の才能には恵まれなかったが、新聞社が行っている『イケメン貴族ランキング』で5年連続1位を獲得している通り、顔には自信がある。


 情報を何より重視する私は毎年新聞社に多額の寄付をしているが、それとランキングの結果には何の関係もないだろう。


 現国王であるギーラ・スカーレットとは学園時代からの友でり、同じ女を好きになったライバルのような存在でもある。

 それは互いに【国王】【御三家当主】となった今でも変わらず、立場を越えて対等に意見し合える関係を築いている。


 22で結婚し、すぐに子供が生まれた。


 男の子だ。私はその子にデニスと名付け、大切に育てた。

 ちょっと笑い方に癖がある子だったが、それでも可愛らしい。


 優秀な執事やメイドたちにも囲まれ、幸せだった。


 だがその幸せは、突然終わりを迎える。


 次男、リュクスの誕生だ。

 私より妻に似て愛くるしい、きっと将来多くの女を泣かせるだろう美貌を持って生まれたリュクスの生後二週間の日。


 ようやく目を開いたこの子の瞳を見て、私は絶句し、妻は悲鳴を上げ気絶した。


 赤く濁った、強大な闇の魔力を宿した瞳。見るだけで心が冷たくなる。

 宮廷魔法使いに鑑定させたが、確かに魔眼で間違いないとのことだった。


「この子を殺せグレム! この子は魔眼の子……呪われた子だ!」


 この国には【魔眼の子】という絵本がある。

 100年前の占い師が書いた絵本で、ある日、魔眼を持って生まれた子が周囲に呪いを振りまき、様々な厄災を引き起こす。

 そして魔王復活の依り代となり、この国を破滅に導く……というふざけた内容の本だ。

 ちなみにこの絵本は私が発禁にしたので現在は読むことができない。


「我が子を殺せというのか? 出来るかよぉそんなことがああああ!」


 王の発言に私はキレた。


「王としてではない、友として言っている」

「友として? 嘘をつけ腰抜けが! 自分の保身のことしか考えていないだろう?」

「自分のためではない。国民の安全を考えて……」

「この子とて国民だ! こんな可愛い子に世界が滅ぼせてたまるか!」

「私にはこの子が魔物の幼体にしか見えんよ」

「貴様……言ってはいけないことを言ってしまったな」


 国王ギーラと数年ぶりの大喧嘩をして帰った日、屋敷で妻が首を吊っていた。

 遺書には「呪いの子を産み落とした罪を命を持って精算する」と書いてあった。


 友と喧嘩をし、愛する女を失い。


 私の心は崩れそうだった。


「あう……ああ……あう」


 まだ何も知らないリュクスの無垢な笑顔だけが、当時の私の生きる希望だった。




 子供が生まれようが妻が死のうが、日々の激務はなくならない。

 私は父である前に領主であり、家族よりも領民を優先しなくてはならない。


 魔眼の子を恐れる使用人たちにリュクスを任せる訳にもいかず、私は赤子を連れて広い領地内を転々とした。


 それから2年。


 リュクスと同じ年に生まれたギーラの長女、リィラ・スカーレットの2歳の誕生パーティーに参加した。

 同じく2歳となったリュクスと一緒に。


 そして、リュクスと対面したクソガk……ではなかった。リィラ様は突然泣き出した。

「恐ろしい……なんて恐ろしい目なの……怖い。怖いわ」と。


 何もしていないのに同い年の女の子に指を刺され「怖い」と言われ、泣かれる。


 リュクスの心がどれほど傷ついたのか、私にはわからない。


 初めての娘ということで親バカ化していた国王は娘の様子を見て「やはりこの場で魔眼の子を殺す!」と叫んだ。

 王家に仇なすものだと。


「グレムよ、なぜそこまでその子を庇う? 現に貴様はその子のせいで愛する妻を失ったのではないのか? まさか、野心を抱いたか?」

「野心? 何を言っている?」

「魔眼の子を魔王として育て、国を滅ぼし、新たな国王へなろうとしているのではあるまいな? 」


 あげくの果てには私がリュクスを使ってクーデターを起こそうとしている。そんな妄想まで始めてしまった。


 私はその時、かつて共に国の未来について語り合った友が変わってしまったことに気が付いた。

 愛する家族を得たことで、変わってしまった。


「そうか。怪しいと思っていたんだ! 魔眼の子を愛するなど、ローグランドの民ではありえない。たとえ親であろうとな!」


 私の愛すら、リュクスにとっては生きる為の障害となるのか……。


 私は考えた。


 どうすればこの子が幸せに生きられるのかを。


 国民から【魔眼の子】の恐怖を取り除くことはできない。数百年近くかけて人々の意識にすり込まれてきた魔眼=怖いという認識は簡単には取り除けないだろう。


 魔王が人々に植え付けたものは大きい。


 一度外に出れば魔眼の子と蔑まれ、恐れられ、そしてその度にこの子は傷つくのだ。


 だが私が手ずから守っても、王や他の貴族たちが疑念を覚える。


 魔眼の子を使って反乱を企てているのではと。


 場合によっては暗殺を仕掛けられる可能性すらある。


「はは……魔眼とは本当に呪いではないか。我々ではなく、この子にとっての……」


 私は涙した。


「ならば……せめて……屋敷の中だけでも」


 その日以来、私はリュクスを徹底的に無視した。

 愛する我が子として扱うのを辞めた。

 最初に意見してきたのは当時のメイド長だった。


「だ、旦那様……リュクスお坊ちゃんが会いたがっておりますが?」

「無視しろ。貴様など、魔眼の子など私の子ではない。私がそう言っていたと伝えておけ。生かして貰っているだけありがたく思えとな」

「あ、あんまりです旦那様!? 魔眼の子とはいえ、リュクス様はまだ2歳ですよ!? 何の罪もないというのに……」

「だったら貴様らが面倒を見ればいいだろう? はは、いま嫌そうな顔をしたな? お前とて魔眼の子の面倒を見るのは嫌なんだろう? だったら私に偉そうなことを言うものではない」

「いえ、そのような事はございません。旦那様がそうおっしゃるなら、我々が坊ちゃんを育てます」


 うああああああああああああああああああ心が痛いいいいいいいいいいいい。


 だがこれでいい。


 リュクスを恐れていた使用人たちがリュクスに対し同情を見せた。


 私が一番リュクスに冷たく当たることで、他の者たちがリュクスを哀れみ、情けをかける。


 長男のデニスもリュクスを哀れみ、優しい言葉を掛けているようだ。


 これでいい。


 私はきっとリュクスから恨まれ、嫌われるだろう。


 だがそれでいいのだ。


 せめてゼルディア領の屋敷の中だけでも、リュクスが安心して暮らせる場所になれば……。


***


***


***


 数日前、長男のデニスが私の職場……王宮に置かれた執務室までやってきた。

 入学式以来だから、半年ぶりくらいか。

 私と対峙するときは常に怯えた表情をしていたのだが……今は険しい顔でこちらを睨んでいる。


「来週から始まる十年祭の剣術大会にリュクスが参加します」


 もちろん知っている。

 内緒でVIP席を確保しているからな。

 だがそんなことは口が裂けても言えないので、とぼけることにする。


「ほう……そういえばアレは今年10歳だったか」

「……っ。リュクスは私と違い、剣の才能にも恵まれました。必ず優勝するでしょう。ですから父上、リュクスの応援に……いえ、せめてリュクスに会ってよくやったと。そう言って頂けませんか?」

「デニス……」


 なんと……なんと素晴らしい兄弟愛。

 夏休みが終わってから、デニスが魔法において非凡な成績を収めたことはすでに知っている。だがそれを一切言わず、まず弟のことを進言する。


 自分だって褒めて欲しいだろうに、それより弟を優先したのだ。


 貴族として、兄として、人間として成長した我が子の姿に泣きそうになる。


「はっははは。馬鹿者め。魔眼の子が剣術大会で優勝してみろ? 人々は恐怖に包まれてしまう。剣術大会など出なくてよい。今のうちに腕でも折っておけ」

「あ、貴方という方は……」


 怒りに肩をふるわせ部屋を出て行くデニス。


 だがこれでいい。


 これでデニスはリュクスを目一杯甘やかすだろう。


 私は嫌われる事になるだろうが……構わない。




 そして、十年祭のパーティー当日。

 数年ぶりに見たリュクスの姿に私は驚いた。


 亡き妻に似た美形もそうだが、何より魔眼ではなく普通の目をしていた。妻と同じ、青いサファイアのような瞳。


 誰だこの美少年は!? あ、私の息子か。


 驚きのあまり、せっかく馬車の中で二人きりだというのに、緊張して何も話せない。

 だが勇気を振り絞って魔眼のことについて聞いてみると、どうやらその力を制御し、平時ならば押さえ込めるという。


 やだ、うちの子天才過ぎ! と心躍ったが、それは絶対に表情には出さない。


 そして、とてもいいことを思いついた。


 ギーラとその娘、リィラ・スカーレット。


 私とリュクスを引き裂いた元凶となった二人に、立派になった息子を自慢してやるのだ。



***

***

***


平素より大変お世話になっております。

おっさんの一人語りだけではあれなので、今日はもう一本投稿予定です。

19:00くらいを目標にしております。

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