第2話 ここからスタート
その後、モルガにいろいろ聞いてわかったことがある。
俺の現在の年齢は9歳であること。
この国の名前はローグランド王国であること。
この屋敷はゼルディア公爵領の領主の家で、領主や次期当主の兄はほとんど家におらず、魔眼持ちのリュクスを一族の恥だと思っていること。
それに絶望したリュクスは「みんな死ね~」が口癖となり悪魔召喚の儀式にハマってしまったこと。
その他、さまざまな地名や人名を聞くことで、俺はこの世界がブレファンの世界であるということを確信したのだ。
そして、一夜明けた次の朝。
「リュクス様。朝食の準備が完了いたしました」
「わかった。今行く」
迎えに来てくれたモルガの後に続いて食堂へ向かう。
その道すがら、気になったことを聞いてみた。
「モルガたちと何度か話したじゃない? その時から気になっていたけれど、微妙に目が合わないよな」
「うっ……気付いてしまいましたか」
俺の質問に、モルガは気まずそうにうつむいた。
そうなのだ。昨日からモルガをはじめとしたメイド何人かと話をしたのだが、全員が微妙に俺の目を見ていないのだ。
「いいよ。怒らないから言ってみて?」
「ま、魔眼が恐ろしいのです。リュクス様が何もするつもりがないということはわかっているのですが……それでも、怖いのです」
「怖いか……」
魔眼。
数百年前に地上を闇で包み込んだ魔王も持っていたとされる魔法の眼。
見ただけで人に魔法を使うことができるとされる魔眼の恐怖は、今を生きるすべての人のDNAに刻まれている。
夜の暗闇が無条件に怖いように。
虫を生理的に嫌悪するように。
魔眼持ちもまた、無意識に畏怖されるのだ。
「この魔眼が原因か……それじゃオフにするか」
「おふ……?」
「魔眼の発動を止めて普通の目にしておくってこと」
「そんなことできるのですか?」
「できるさ」
ゲーム内のリュクスは自分の存在を誇示するために常時魔眼を発動していた。
だが魔眼は本来オンオフが可能なものだ。
えっとどうやるんだろう……とりあえず念じてみる?
「静まれ……静まれ俺の魔眼よ……ってこれ本当の厨二病みたいだな」
ちょっと恥ずかしいが、目にエネルギーが集まっているような感覚が消えた。
「どう?」
「はわわ! 本当に魔眼じゃなくなりました! 綺麗な青い瞳です!」
「似合う?」
「似合います似合います! 絶対こちらの方がいいですよリュクス様は!」
「そう? なら普段はこっちでいようかな」
はしゃぐモルガと共に食堂へ。
そして、沢山のメイドや執事に囲まれて朝食となった。
パンとスープとスクランブルエッグとソーセージ。
ホテルの朝食ぽい感じだ。
テーブルマナーとか言われるかと思ったけど特に突っ込まれることもないみたいだ。
「うん。このスクランブルエッグが美味しいね」
添えられたケチャップの酸味が絶妙にマッチしている。
「お、お坊ちゃま……今日の食事はお気に召したでしょうか?」
恐る恐るといった様子で訪ねてくるのは中年のメイドさん。
おそらくモルガから聞いていたメイド長だろう。
「えっと……普通においしかったですけど、どうして?」
「い、いえ。普段なら肉とみれば『こいつを生け贄に悪魔を呼び出すぜぇ』と叫んだり、ケチャップで魔法陣を書いたり、パンを粘土替わりに悪魔人形を作ったり……」
食べ物をそんな粗末に!? 誰だよそのクソガキ死ねよ……あ、俺か。
「お坊ちゃまがちゃんと食事を……」
「ああ、こんな奇跡のようなことが起きるのですね」
「神に感謝」
メイド長さんに引っ張られるように周囲の大人たちも目に涙を浮かべている。
立場上、びしっと怒ることもできなかったのかな。かわいそうに。
「えっと、今までのことは本当に申し訳ありませんでした。これからは真面目にやっていくので……どうかよろしく。あと、今まで俺の奇行を見守ってくれて、ありがとうございました」
「お……おお……おおお」
「お坊ちゃまが我らに感謝の言葉を!?」
「領主様からも頂いたことのないお言葉を」
「なんと勿体ない……」
「我々従者一同、これからもゼルディア家に誠心誠意尽くさせていただきます」
「あ、あはは。よろしくっす」
何気ない言葉だったのに、長年勤めてくれていた屋敷の皆さんの心に随分深く刺さったようだ。
それくらい、感謝を口にされることがなかったのだろう。
すっごいはしゃぐので恥ずかしかったが、悪くない気分だった。
***
***
***
「屋敷の中を案内してくれるかな?」
朝食を済ませた後、モルガを捕まえて訪ねてみた。
「もちろん構いませんよ? でも、それならちゃんとご命令をして頂けますか?」
「命令?」
「はい! 私、この後トイレの掃除をしなくてはならないんですけど、リュクス様の命令の方が優先順位が上なので」
「なるほど。いいよ。それじゃ命令だ。俺に屋敷を案内してくれ」
モルガについて回って、屋敷の中を案内してもらう。
その最中、何度か屋敷の従業員たちとすれ違う。
昨日ちょっとすれ違ったときは怯えた様子だったのだが、今日は違う。
みな暖かい笑顔を向けてくれる。
なんだかリュクスとしての人生が良い方向へ向かっているような気がして気分がよくなる。
「順番に案内しますね」
食堂や書斎。トイレやシャワーなどが現代日本風で笑ってしまった。元がゲームだから仕方ないが、ガチ中世のトイレだったら耐えられたか不安だったのでありがたい。
地下に領主とその家族専用の大浴場があったのはさすがに笑ったが。
「今日からは毎晩こちらをご利用ください。我々メイド見習いが交代でお体をお流しいたしますので!」
「いや自分でやるからいいよ」
「えええええええええええ!?」
「そんな驚く!?」
「り、リュクス様……せっかくお変わりになられたのに……お風呂にお一人で入るのは変わりないんですね」
そこは前からなのか。
ってかリュクスすごいな。こんなにかわいいメイドさんたちに体を洗ってもらえる立場なのに自ら放棄していたなんて。
「わかりました。では右足だけ。右足だけでいいので洗わせてください」
「何がわかりましたなの!? 何もわかってないよね!?」
主従関係ながらどこか気安いモルガとの関係が楽しくなってきたところで、ようやく屋敷を一周できた。
「もういいよ」となった段階でモルガが「え~もうちょっとどこか見て回りませんか?」とか言いやがった。
ちょっとした遊びのような感じで楽しんでいたようだ。
メイドとはいえ、まだそこら辺は子供だな。
「けどもう見たいところなんて……あっ。なら訓練場まで案内してくれるかな?」
「わかりました! ご案内致します!」
元気にそう言ったモルガの後に続き、俺は訓練場へと向かった。
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