第3話 無謀な挑戦
訓練場。
屋敷から歩いて10分ほどの距離にあって、宿舎と一つになっている。
ゼルディア家は頻発する魔物による事件に対応する為、元冒険者や騎士団経験者を雇って鍛えている。
有事の際は領主がここから精鋭たちを派遣し事態に対処する。
訓練場に近づくと、男たちの気合いの入った声と剣がぶつかり合う音が響いてきた。
ほのかに薫る汗と土の臭い。
どうやら実践的なトレーニングの最中のようである。
俺とモルガは少し離れた位置からその様子を窺う。
「訓練場の方々に声を掛けられるのですか?」
「いやいや。俺が声掛けたところでだよ」
モルガの話によると、一年ほど前、リュクスは剣の稽古のためにこの訓練場を訪れたらしい。しかしものの数分で挫折。
それ以来、訓練場には一回も近づかなかったとか。
「モルガ、今からちょっと魔眼を使うけど……怖かったら先に戻っててもいいからね?」
「え!?」
俺は抑えていた魔眼を起動する。
じわっと眼球に熱が通る感覚がする。横のモルガから小さな悲鳴が漏れて、ちゃんと魔眼に戻ったことがわかる。
その状態で訓練中の兵士たちを凝視する。
魔眼は何も眼球が真っ赤になるだけじゃない。
いくつかの強力な能力を持っている。その一つが極限まで高められた観察眼。
剣術や魔法などは目視さえすればコピーすることができるチート性能である。
だがコピーできるとはいってもそれを再現できるかどうかは使用者にかかっている。
実際ゲームのリュクスはもっぱら魔法のみを基本戦法としていて、体術や剣術は全く駄目であった。
それは身体の基礎ができていなかったからだろう。
だが今から訓練を開始すれば、剣術もマスターできるのでは? と俺は考えている。
現に今も手練れの兵士たちの技術が魔眼を通じて俺の身体にインプットされているのを感じる。
「凄い……」
戦いを見ているだけでどんどん強くなっているのがわかる。
早く俺も戦ってみたい。そう思うほどに。
その時、手をきゅっと強く握られた。
「リュクス様。そろそろ帰らないと」
「え、まだ来たばっかりじゃ……って、もう日が沈んでる!?」
ほんの一瞬のように感じていたが、どうやら数時間はここに居たらしい。
「うふふ。早く帰らないとメイド長さんに怒られちゃいますよ? 私が」
「ゴメンゴメン。すぐ帰ろう。一緒に謝るよ」
「それは本当にお願いしますね」
その日はそのまま戻り、モルガが怒られないようにメイド長さんに謝った。
***
***
***
その日以来、俺は毎日のように訓練場に向かった。
木の影に隠れながら兵士たちの訓練をずっと見ていた。
魔眼で兵士たちの動きを学習しながら、こっそり自分で練習してみたり。
その時だった。
「そろそろ素振りでは物足りなくなってきたのではありませんか?」
木の棒で振っていると、背後から声がした。
ゾクッとした。
まるで気配を感じなかったからだ。
驚いて振り返ると、そこには一人の老紳士が立っていた。
執事のような格好をしているが、こんなヤツは見たことがない。
「えっと、あなたは?」
俺の問いに、老紳士は顔を歪めた。
明らかにイラっとしたのがわかる。見た目ほど紳士的な人ではないのかもしれない。
だが男はすぐに平静と取り戻し、静かに言った。
「ゼルディア家の兵士たちを取り纏める兵士長をしております。ジョリスと申します。お坊ちゃまには一度だけ剣の指導をしたことがあったはずなのですが……なるほど下々の顔など記憶するに値しないという訳ですか。悲しいですね」
「す、すみません。ここ数年の記憶が曖昧で」
ずいぶん嫌みったらしい物言いだが悪いのはこっちだ。
確か、一瞬で逃げ出したのだったか。
それにしても……なるほど、この人がジョリスか。
「あの時は酷い有様でしたが……ここ数日、こちらの様子を窺っているようですね」
「気付いていたんですか?」
「当然です。それだけ禍々しい魔力を発していれば」
禍々しい……ああそうか魔眼か。
気配が漏れているとは知らなかった。
「ですがやる気を出してくれたのなら結構。どうです? 今からでも
「あの……俺と直接戦って頂けませんか?」
「……はい?」
俺の言葉にジョリスは不快そうな顔をする。無理もない。生意気な子供だと思うだろう。
俺だって言っていてそう思う。
だが、魔眼の観察力がどの程度のものか、早く試してみたいのだ。
それに引退したとはいえかつて王国騎士団で部隊長をしていたジョリスは、魔眼の力を試すにはもってこいの相手だ。
「怪我をしても知りませんよ?」
しばらく悩んでいた様子だったジョリスは冷たくそう言った。
バカは痛い目を見ないとわからないか……そんな風に考えたのがわかる。
今はそれで構わない。
とにかく、殺される心配のない強い相手と戦えればそれで。
ジョリスの後に続き、訓練場に入ると、短めの木剣を手渡された。同じサイズの木剣をジョリスも握る。
「まさか兵士長が直接指導かよ……」
「おい、相手のガキって……」
「魔眼の子だ……」
いつの間にか兵士たちが訓練を止め、回りに集まってきていた。
俺は魔眼を起動すると、木剣を持つ手に力を込めた。
「さぁ坊ちゃま。どこからでもかかってきなさい」
お言葉に甘えて、真っ直ぐに打ち込むことにする。
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