第4話 VS兵士長

 兵士長ジョリス。


 平民の出身でありながら王国騎士団で部隊長を務めたほどの実力者。

 全盛期には数々のSランクモンスターを打ち倒し、王国騎士団先代総帥の右腕とまで言われた男。


 引退した今でも鍛錬は欠かさず続けているらしく、今でもゼルディア家の兵士たちの中で最強の腕前らいし。


「中途半端な攻撃では怪我をします。初めから全力できなさい」

「お言葉に甘えて……」


 俺は一気に間合いを詰め、ジョリスに斬りかかる。


「――なっ!?」

「くっ」


 速攻で一発入れて主導権を握るつもりだったが、華麗な剣裁きで受け流される。

 バランスを崩し転倒しそうになるがなんとか体勢を立て直す……だけではない。


 それと同時にさらなる攻撃を行う。


「……ほう!?」


 だがそれも剣で受け流される。


 しかしこの身体、思ったより戦える。

 魔眼で学習した兵士たちの動き。それらが最適なタイミングで俺の身体の動きをアシストしてくれる。

「こういう状況ではどうしたら?」が頭ではなく身体に染みついている。


 凄いな。


 本来なら何年も反復練習を繰り返し身体に染みこませる立ち回りの数々が、魔眼のお陰で数日で身についている。


 だがそれは所詮、ここの兵士たちの立ち回りである。

 ジョリスには通用しない。


 当然だ。ここの兵士たちを指導しているのはジョリスなのだから、見切られて当然。

 俺が必死に繰り出す攻撃はすべて軽く受け流されている。


「はぁ……はぁ……」


 9歳の身体は思いのほか体力がない。もう既に限界に来ている。

 ならば次で決めるしかない。


「その構えは……まさか?」

「――パワースラッシュ」


 俺はゲームで言うところの、剣士系の攻撃スキルを使用した。

 通常の剣の一振りに自らの魔力でブーストを加え、破壊力と切れ味を増加させるスキル。


 木剣なので切れ味は変わらないが、パワーは数倍にまで跳ね上がる。


 これなら受け止められても押し切ることが出来る。


「はあああああ!」

「……っぐ!?」


 ジョリスは予想通り剣で受け止めた。想像を上回る衝撃だったのか、この戦いで初めて顔を歪ませた。


 いいねその顔が見たかったぜなんて悪役めいたことを思っていたその時。


 急に腹部に衝撃が走る。


 次の瞬間、俺は地面に突っ伏していた。


「あ……え……?」


 どうやらカウンターを食らってしまったらしい。早過ぎて見えなかった。

 くそ、早く起き上がらないと……って。


「痛えええええええ!?」


 ヤバい……カウンターを受けた腹部だけじゃない

 身体中が滅茶苦茶痛い!? 


「ひ、酷いですよジョリスさん……生意気言ったとはいえ……子供相手にどんな技使ったんですか……!?」


 恨みがましくジョリスを睨む。


「誤解です坊ちゃん。坊ちゃんの全身が痛むのは筋肉痛でしょう」

「き……筋肉痛?」


 違う。筋肉痛には何度もなったことあるが、こんなのは知らない! 


「いえいえ。ご自身の身体の限界を大きく超えた動きをしたから、耐えられなくなったのです」

「身体が?」

「はい。確かに坊ちゃんはウチの兵士たちの動きを完璧に真似できていた。ですが普段から鍛えている兵士たちと引きこもっていた坊ちゃんでは身体の頑丈さが違う。勝てると思うのは大きな間違いですよ」

「……俺はどうすればいい?」


 俺の言葉を聞いて、ジョリスは初めてニヤっと笑った。


「トレーニングあるのみです。身体が治ったらこちらにいらしてください。一から戦える身体を作り上げるお手伝いを致しましょう」

「わ……わかった……わかりました……」


 そして、俺の意識はここで途絶えた。


 後で聞いた話だが、兵士さんが屋敷まで運んでくれたらしい。


 いやホント、訓練の邪魔して申し訳すいませんでした。


***


***


***


「兵士長……その腕……」

「ええ、折れていますよ。医務室で高めのポーションを飲む必要がありそうですね」


 若い兵士がリュクスを屋敷へと運び去った後。

 その場にいた熟練の兵士たちが集まってきた。


 話題は先ほどの戦いについて。

 ジョリスはリュクスと戦うことになった経緯を簡単に説明した。


 生意気な子供に現実を教えてやるくらいの気持ちだったのだが……。


「最後の一撃には思わず本気のカウンターを決めてしまいましたよ」


 ジョリスは赤黒く腫れた右腕を擦る。

 リュクス最後の一撃を受けた時の衝撃でこうなってしまったのだ。


「いやしかし、坊ちゃんがあそこまで動けるとは思わなかった」

「以前に訓練に参加したのは一年くらい前だっけ?」

「あの時は酷かったなぁ」

「しかし兵士長の腕が折れたのはどういうことだ?」

「使ったのはパワースラッシュだろ?」


「ふむ……考えられるのは、坊ちゃんの持つ魔力の量が桁外れということでしょうか。通常10込めればいい魔力を坊ちゃんは1000込めた……それならば説明がつきます」


 ジョリスの言葉に、皆が息を飲む。


「い、いや……確かにそれなら説明はつきますが……」

「それでも兵士長の守備を越えてくるほどとはとても……」


「わかりませんよ? 何しろ坊ちゃんは魔眼の子なのですから」


 魔眼という言葉に皆が押し黙る。


 魔眼の子は国に災いをもたらす。


 それはここ、ローグランド王国で古くから言い伝えられてきたことだ。


 数百年前の魔眼の子が魔王になったように。


 リュクスもまた何か大きな災いをもたらすのではないかと皆が恐れている。


 だが、ジョリスには関係なかった。


「坊ちゃんの兄であるデニス様も、お父上である当主様も剣の腕前はさっぱりでした。私は退屈でした。ですが坊ちゃん……リュクス様は違う。あれは鍛え甲斐がありますよ」


「へ、兵士長が……」

「ブツブツ呟きながら……」

「笑っている……」


「リュクス様を学園に入るまでに最強の剣士に……いやそんなに待てませんねぇ。ああ、そういえば十年祭では同年代の子供たちで剣術大会が開かれるのでしたね。まずはそこで優勝することを目標に据えてみましょうか。さぁ、楽しくなって来ましたねぇ」


 普段全く笑わないジョリスの笑み。

 魔眼の子より古の魔王より、なにより兵士たちにとっては、目の前のこの兵士長ジョリスが一番怖いのだった。

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