第5話 闇の魔法

 ジョリスとの戦いから三日。


 あれ以来ずっと寝込んでいたのだが、ようやく動けるようになった。

 まだ関節が痛むが、寝込んでいるとモルガを初めとしたメイド見習いたちに玩具にされるので我慢して動く。

 ここ三日間、俺が動けないのをいいことにあいつら好き放題やりがやって。


 運んでくれた朝食を速攻で食べ、モルガたちが戻ってくる前に部屋を出る。


 向かうは書斎。


 身体を動かすトレーニングはまだ無理そうだが、他の修行はできる。

 今日は魔法に挑戦だ。


 ゼルディア家の書斎はちょっとした図書館のように広く、二階まで吹き抜けの開放的な作りになっている。

 本棚には物語や経済書、自己啓発本から料理本まで様々な種類が収められているが、俺が求めているのは魔道書だ。


 広い書斎の奥の方に、魔道書だけを収めた本棚がある。


『煌めく炎の魔道書』と書かれた本を手に取ってみる。だが、何も起こらなかった。


「ゲームだと自分に適性のある魔道書を手に取ると、文字がピカッと光るんだよな。つまり俺には炎の魔法の適性はないってことだ」


 ゲーム内でも明かされることだが、リュクスの魔法適性は闇属性のみ。

 他の属性の魔法はどんなに努力しても使うことはできない。


 どうやらそれはゲーム時代と同じようである。


 そして、ブレファンの戦闘用闇魔法といえばデバフが中心となる。


 ゲーム時代のリュクスは、魔眼のもう一つの能力である「見ただけで相手に魔法を掛けることができる」能力でデバフを掛けまくってくる厄介な敵だった。


 つまり俺が目指す最強の形は「魔眼でデバフを掛けつつ剣で相手を仕留める」というスタイルになるだろう。

 うん、ちょっと地味だな仕方ないけど。


 主人公なら全属性の魔法を使いこなせるだけどね……。


「せっかく剣と魔法の世界に来たのに、デバフしか使えないのは悲しい。もっと派手な魔法とか使いたかった。まぁ言ってもしょうがないけど。えっと、確か今現在使える魔法は【スロウ】だけだったか」


 対象の動きを遅くする闇魔法スロウ。

 一見たいしたことない魔法だが、これと魔眼のコンボは凶悪だ。見られただけでスピードが下げられるのだから。


「あと俺が習得できそうな闇魔法は……小粒だけどいろいろあるな。とりあえず全部覚えてみようか」


 魔道書を読み込み、仕組みを理解し実践する。


 魔法はそうやって覚えていく。


 適性があるからか、それともリュクスの才能故か、俺は簡単な闇魔法を次々と習得していく。

 使い道はわからないが、デバフ以外にもいろいろな魔法があって楽しい。


 まぁ派手で強力な攻撃魔法はなかったが。


「リュクス様、やっと見つけたー。そろそろお昼にしませんか?」


 カートにサンドイッチと紅茶を乗せたモルガが書斎に入ってきた。

 返事がないにも関わらず俺の方へとやってくる。


「もう、突然いなくなったのでびっくりしましたよ? これからは私たちに行き先を……きゃ――」

「危なっ!?」


 カートの車輪が転がっていた本にぶつかりバランスを崩した。そして、モルガもろとも倒れそうになる。


 紅茶の入ったポッドやサンドイッチが宙を舞っている……このままでは本が。


 そう思った瞬間、咄嗟に魔眼を起動――さらにスロウの魔法を見ている全てに対して発動する。

 魔力がごっそり引っこ抜かれた感覚と共に……。


 全てがスローモーションになった。


 宙を舞うポッドとサンドイッチも。


 倒れそうなカートも。


 バランスを崩したモルガも。


 え……スロウって生き物以外にも使えるんだっけ?

 それなら相手の攻撃魔法とかに対しても使えるんじゃ?


 あれ、スロウって思ったより強い魔法なんじゃないか?


「って考えてる場合じゃない。よっと……」

「ぐぎゃ」


 俺は足でカートを抑え、両手でサンドイッチとポッドをキャッチした。


「セーフ」

「私もっ! 私のことも助けてくださいよ!」


 顎を打って涙目のモルガが恨めしそうに言った。


「悪い悪い。サンドイッチあげるから許してくれ」

「わーい! ってそれ私が作ったやつですー!」

「え、これお前の手作りなの?」


 ちょっと心配になった。


「心外ですねー今『大丈夫なのか?』って顔になってますよー?」

「あはは。そんなことないない。頂きます」


 食べてみると、普通に美味しかった。

 そもそもサンドイッチに失敗とかありえないが、わざわざ俺の為に作ってくれたという事実が嬉しい。


「む、最後の一個か」

「夢中で食べてましたね。そんなに美味しかったですか?」

「うん、凄い美味かった。また作って欲しい」

「わ、わぁ~! 作ります、作ります! 貴方の為に毎日でも作っちゃいます!」

「いや毎日は別に……そうだ。サンドイッチのお礼に、俺からプレゼント」

「え……リュクス様から私にプレゼントですか!?」


 期待の眼差しを向けるモルガ。

 ふふ、待ってろ。

 今凄いのを見せてやる。


「さっき覚えた【イミテーション】という闇魔法があってね」

「魔法……? 闇……?」

「そう。物の構造や作りを理解することで、完全な複製品を作り出す魔法なんだけど」

「私、嫌な予感がしてきました」

「今からこのサンドイッチを複製します」

「やっぱりだー」


 本来なら複製元を長期間観察する必要があるクソ魔法のこのイミテーション。

 だが魔眼の超観察能力と組み合わせれば。


 一瞬の輝きの後、俺の右手に真っ黒いサンドイッチが握られていた。


「よし。完璧なサンドイッチだな」

「どこがですか!? 真っ黒ですよ!?」

「色はアレだけど……形は結構サンドイッチしてるだろ?」

「形がサンドイッチしてたからなんだと言うんです!? 手触りはブニブニだし端っこの方からサラサラと崩壊が始まってますよ!?」

「ああ、それは足りない材料を俺の魔力で補っているからだね」


「じゃあこれ実質全部リュクス様の魔力じゃないですか!?」


 まぁそういうことになる。

 本来はちゃんと複製したいものの材料を用意してから行う魔法なのだ。

 足りない材料は魔力で補うことになる。


 このサンドイッチは全部魔力で補ったから、形だけを摸倣した【サンドイッチのような何か】が出来上がったということだ。


 やはり使える魔法ではない。


「いや待てよ。魔力を無理矢理物質にしようとするからこうなる訳で……じゃあ、初めから魔力だけのものを摸倣したら?」

「初めから魔力だけのものというと……魔法ということですか?」


 例えば魔眼で他の人の魔法を観察し解析しコピーして。

 それをこのイミテーションで複製すれば……。

 

 あれ……もしかして……?


 適性外の魔法の完全コピーできちゃいます?


 しかも見ただけで?


「モルガ……ベテランメイドさんの中に風魔法の使える人が居るって言ってたよな?」

「あ~ミラーさんですね。今は裏庭で洗濯中だと思いますよ」

「裏庭ね。オッケーありがとう。あとサンドイッチごちそうさま。美味しかった」

「あっ……待って下さい! この黒いのどうするんですか~」


「捨てていいよ。食えないだろそれ」


 ってか、まだその黒いサンドイッチ持ってたのか。

 律儀なヤツだなと思いつつ、俺はミラーさんの元へと向かった。

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