第7話 コピー魔法の実力
「風魔法ですか? ええ、使えますよ」
裏庭に出ると、洗濯物を干していたベテランメイド……ミラーが居た。
さっそく風魔法について尋ねると、あっさりと頷いた。
「貴族でもないのにどうして魔法を……ですか? ええ、実はとある悪い貴族が奴隷に生ませた子が私なのです。そして捨てられたところをこの家に拾われた感じです。まぁ坊ちゃんには関係ない話ですが」
「……いや滅茶苦茶話すじゃん」
さらっとトンデモない過去をお出しされて反応に困る。
このブレファンの世界では、全ての人間に魔力と呼ばれるエネルギーが存在する。
だが魔力を魔法という形で使うには【魔力神経】という生まれ持った特殊なものが必要になる。
この魔力神経の質が魔法の才能だったり、属性を左右する。
魔力神経は親から子へ受け継がれるが、貴族と平民の子供――つまり親の片方だけしか魔力神経を持っていない場合、子供に受け継がれる可能性が半分になる。
だからこそこのブレファン世界では、貴族同士が婚姻を繰り返しているのである。
母方が平民だったのに魔力神経を継承しているミラーさんは結構ラッキーな人だろう。
「さて洗濯物も干し終わりましたし、私の魔法を坊ちゃんに披露します」
「ちょっと楽しみ」
「あまりワクワクされても困ります。さて――ヒートウィンド」
彼女の魔法発動と同時に、俺は魔眼を起動する。
ミラーさんの手の平から白い風のエフェクトが発生し、洗濯物を揺らす。
「手の平から暖かい風を出す。私が使える魔法はこれだけです。まぁ洗濯物がふんわりするので、結構便利に使っています」
「いや、見せてくれてありがとう。勉強になったよ」
「それは良かったです」
「うん。それじゃ。ああそうだ……いつも洗濯ありがとうございます」
ペコリと頭を下げて、俺は自分の部屋へと向かった。
「早速イミテーションで再現してみなくちゃな!」
***
***
***
早速覚えた魔法を試したいところだったのだが「坊ちゃんはなにより基礎。しばらく剣は握れないと思いなさい」と、ジョリスさんの鬼のトレーニングが始まった。
午前中は書斎で魔法の勉強。
午後は日が暮れるまでジョリスさんのしごき。
そんな生活が約一ヶ月続いた後。
「あのジョリスさん……剣の型とか練習しなくていいんですか?」
「何を言います坊ちゃん。聞けば坊ちゃんは魔眼で我らの動きをコピーできるとか?」
「し、知ってたんですね……」
「ならば型の練習など不要。その時間を基礎体力の向上に向けるべきです。そんな嫌な顔をするものではありません」
言うと、ジョリスさんは急に俺の肩をぐいっと動かした。
「ふむ。関節の強度は増し、それでいて柔軟性も上がっている」
「えっと、それが何か?」
「どんな戦い方にも対応できる身体が出来てきているということです。以前のように型に身体が付いてこない……なんてことはこの先なくなるでしょう」
「本当ですか!」
「とはいえ、実践からでしか学べないこともあるというのも確か。いいでしょう。今日から一日の最後に一戦、模擬戦を取り入れましょう。ガラル」
「うっす」
ガラルと呼ばれた細身の男が前に出てきた。
俺は手渡された木剣を握り構える。
「では模擬戦開始」
「へっへ。悪いが坊ちゃん。手加減はなしですぜえ」
「わかってる。こっちも本気で行く」
しばらく見合って。
先に動いたのはガラルだった。ジョリス以上のスピードで距離を詰め、剣を振ってくる。
「くっ――」
だが冷静に回避。
続けて攻撃を仕掛ける。だがガラルの華麗なステップで避けられる。
「へっへ、そんな単調な攻撃当たりゃしませんよ」
確かに攻撃は外れたが、俺は嬉しかった。
ジョリスの言うとおり、身体がちゃんと動いてくれる。以前のようなギリギリの感じが全くしない。
一ヶ月地獄の基礎トレーニングに耐えた甲斐があったというわけだ。
そして喜ばしいことに……この身体は9歳でまだ発展途上。どんどん強くなっていく。
伸びしろですね。
「へっへ、楽しそうですねぇ坊ちゃん」
「そりゃ、久々の模擬戦だからね。いろいろ試したいことが溜まってるのさ」
「――っ!?」
俺が魔眼を起動すると、ガラルの表情から余裕が消えた。
何かしてくるのかと警戒しているようだが……もう遅い。俺はお前を見た。
「なっ……体が!?」
魔眼を通じてスロウの魔法を掛けさせてもらった。これで移動速度は大幅に減少。
その隙を突いて一本取ろうとするが……。
「おっとおー」
「クソ……これでも当たらないのか!?」
なんという回避力。
いや、今のは直感だ。
積み上げてきた戦いの経験値からなる危機回避能力。俺の初動から攻撃を先読みしたのだ。
なら次は……。
「イミテーション発動――デスサイクロン!」
俺は以前魔眼で解析した【ヒートウィンド】をイミテーションで再現・改良したデスサイクロンを発動。
手の平から放たれる黒い風のエフェクトが鈍くなったガラルの体を吹き飛ばす。
「ぐっーあ!?」
風に攫われ尻餅をついたガラルに軽く剣を当て、俺は一本を取った。
「勝者――坊ちゃん」
「坊ちゃん……まるで魔法剣士みたいでしたぜ。あの魔法は闇の魔法ですかい?」
「はい。魔眼と闇魔法を組み合わせて、実践向けに調整してみました」
「ひゃーあんなんやられたら俺ら兵士じゃ太刀打ちできませんわ」
「ガラルさんも本当に強かった。あの回避ステップ、見させてもらいました」
「はは……まさかあの一瞬でモノにしたなんてことは……」
「さて、どうでしょう?」
「かぁあああ怖いねぇ才能ってのは本当に怖い!」
ガラルさんと握手。
すると、ジョリスさんがこちらにやってきた。
「ガラル。油断していましたか?」
「いやいや、本気でぶっ倒すつもりでしたよ。ですが、勝てなかった」
「坊ちゃん。ガラルはこの訓練所でトップ3に入る実力者です」
「ええ!?」
「そんなに驚くなよ坊ちゃん。もしかして『トップ3にしては弱すぎない?』って思ったんですかい?」
「い、いやーそんなことは……」
「思ったんですかい!?」
どかっと笑いが起きる。
「ご、ごめんなさい」
正直ちょっと思った。
「謝ることはないですよ坊ちゃん。何故ならガラルが弱いのではなく、坊ちゃんが強すぎるのです」
「でもまだトレーニング始めたばかりですし」
「いや、坊ちゃん。あんたがやってるの兵士長の地獄のトレーニングだぜ?」
「あんなトレーニング、ここに居る誰も耐えられねぇよ」
「え、そうなんですか?」
俺は疑惑の目をジョリスに向ける。
「私は何も悪くありませんよ? 『いきなりこのメニューは厳しそうかなー? 無理そうだったらちょっと優しいメニューに変えてあげようかー?』と思って組んだ地獄のメニューを楽々こなしてしまう、坊ちゃんが悪いんです」
「楽々じゃない! 決して楽々じゃない!」
正直一日数回は「あ、これ死ぬかも」って思うタイミングあるくらいキツいトレーニングだったんですけど!?
「ですが、私は坊ちゃんを最強の戦士に鍛えると決めました。これでも心を鬼にして、可愛い坊ちゃんに試練を課しているのです」
おいちょっと待て。
いつの間に俺を最強の戦士にするなんて話になっている?
「という訳で明日からもっとキツいメニュー行っちゃいますか」
「いやじゃああああああああああああ」
思いのほか強くなっているとわかって嬉しかった反面、明日から今以上に厳しいトレーニングが始まると聞いて涙が止まらない。
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