第8話 ヒロインと遭遇

 それから2ヶ月。

 初夏になった。


 俺はというと、ゼルディア家の領地で有名な観光名所でもある旧都グランローゼリオにやってきていた。


 ローグランド王国以前に存在した王国の首都だった街で、今も当時の建築物や文化が色濃く残っている地域で、人気の観光スポットだ。

 日本で言うと京都のような場所だろうか。


 そんなグランローゼリオに、俺とジョリスさん、そして兵士の皆さん共々やってき ていた。

 もちろん観光ではない。


 山に大量発生したエテザルというサル型の魔物を殲滅するためにやってきたのだ。


 グランローゼリオの観光財源はゼルディア家に莫大な収益をもたらす。それを邪魔するものを放置して置くわけにはいかないのだ。


 とはいえ一般人には驚異な魔物であっても、俺たちにとっては大した敵ではなかった。

 当初は一ヶ月かけて行う予定だった殲滅作戦も一週間程度で終わってしまった。


 安心だと喜んだのだが、ジョリスさんだけは「これでは坊ちゃんの修行になりませんね」と残念そうだった。


 せっかくの旧都なのに大した観光もできず、明日の朝には出発となっている。

 屋敷のみんなへのお土産を購入した俺とジョリスさんはディナーまでのちょっとした時間を持て余し、ホテルのロビーで雑談をしてた。


 その時、ひとりの女性が話しかけてきた。


「もしかして君、リュクスくん?」


 柔らかい女性の声。

 一瞬で身構えたジョリスさんだったが、声の主を見て態度を改めた。


「これはこれは……エレシア様」


 そして、恭しくお辞儀した。

 帽子とサングラスで軽く変装しているが、目の前に居たのは紛れもなくエレシアだった。


 エレシア・コーラル。

 桃色の髪をした優しげな美少女。この時点だと15歳のはずだが、それでも男の目を釘付けにするほどの抜群のスタイルを誇っている。主に胸部の成長が凄まじい。


 彼女はゼルディア家に並ぶ御三家の一角コーラル公爵家のご令嬢で、リュクスとも幼い頃から面識がある……はずだ。


「お久しぶりですエレシア様。兄がいつもお世話になっております」


 俺もジョリスさんに倣い、頭を下げる。


 リュクスの兄であるデニスと同い年で、現在は魔法学園の1年生。


 観光地に来ているところを見る限り、もう夏休みに入ったのだろう。

 ちなみにブレファンの学園は4月入学の3月卒業という日本と同じスケジュールである。


「こちらこそ、いつもデニスくんには助けられているわ」

「本当ですか?」

「ふふ、本当よ」


 リュクスの兄であるデニスは所謂無能キャラなので、絶対社交辞令だろう。だがそう感じさせない物言いは素直に凄いと思った。


「そういえば、エテザル討伐の知らせを聞きました。リュクスくん自ら指揮を執ったとか」


 俺はジョリスさんの方を振り返る。何故なら実際に現場を指揮していたのはジョリスさんだったからだ。


 目が合うと、ジョリスさんは静かに目を伏せた。


 話を合わせろとの事だろう。


「はい。初めてのことで緊張しましたが、兵士長の指導の元、無事被害が出る前に魔物を駆除できました」


 少しぎこちない言い回しだが許して欲しい。

 俺も初めてゲーム時代のネームドキャラに遭遇して緊張しているのだ。


「あら、謙虚なのですね。お兄さんとは大違い……って、これは失言だったわね。デニスくんには内緒よ」

「はい。兄には今日のことは言いません」


 ぺろりと舌を出して笑うエレシア様。

 はい可愛い。


 思わず好きになってしまいそうだ。


 ゲームでも魅力的なキャラクターだったが、こうして目の前にするその破壊力がすさまじい。


「本格的に剣を学び始めたと聞いてはいましたが、本当に変わったのね。去年とは見違えましたよ?」

「そうですか?」

「ええ。学園に入ったらモテモテになっちゃうかも」

「だといいのですが」

「そうだ。今日はエリザも来ているのよ。エリザにもカッコよくなったところ、見せてあげたら?」

「エリザも?」

「ええ。ほら、あそこに」


 エレシア様の示す方を見ると、柱に寄りかかりつまらなそうにしている少女が居た。


 エレシア様の妹で同じくコーラル家の令嬢、エリザ・コーラル。ブレファンの攻略対象の一人である。


 現在の年齢は俺と同じ9歳。

 姉のエレシアと同じ桃色の髪をしているが、目つきは若干吊り目気味の所謂ツンデレヒロインである。


「ちょっとエリザ~。リュクスくんに挨拶しなさ~い」

「……ふん」


 優しい姉の言葉をそっぽ向いてシカトするエリザ。


 いいね~。

 エリザはああでなくては! 主人公以外には決してデレない。それこそ俺が大好きなエリザ・コーラルである。リュクスである俺ににこやかに挨拶してきたらどうしようかと思ったぜ。


「別に僕は構いませんよエレシアさま。それにあまり大声を出すと、回りに気付かれてしまいます」

「それもそうね……。まったくもうあの子ったら。勝手に付いてきたと思ったらずっと不機嫌で……困っちゃうわ」


「勝手についてきた?」


 俺の疑問に「待ってました」とばかりに微笑むエレシア様。


「そうなの。実はこの後、殿下とディナーなの」

「殿下と!?」

「キャー言っちゃった言っちゃった! 内緒よ内緒!」


 顔を真っ赤にしてキャーキャー言うエレシア様。はい可愛い。



 そして、突然だがここでコーラル姉妹の複雑な恋愛事情を解説しよう。


 まず殿下こと、この国の王子であるルキルス・スカーレットとエレシア・コーラルは同級生で両思いの恋人同士である。

 10歳の時のパーティーで初めて出会い即、恋に落ちた。学園入学以降は毎日のようにイチャイチャし、卒業と同時に婚約する。


 そして、妹であるエリザ・コーラルも王子であるルキルスに片思いしている。


 いや改めて整理してみると全然複雑じゃないわ。ただのエリザの横恋慕だったわ。


 おそらく姉と王子がこのグランローゼリオでお忍びデートするという情報を聞きつけ、わがまま言ってついてきたのだろう。

 そして、お忍びだというのにわざわざ俺に声を掛けてきた姉エレシアの狙いも読めてきた。


「エレシア様。エリザをしばらくお借りしてもよろしいですか?」

「エリザを?」

「はい。久々に会ったのでいろいろと話したいこともありますし、何より一緒に遊びたいのです」

「でも……」


 エレシアは心配そうにエリザの方を見る。


「ご心配なく。わたくしが護衛をしておりますので。妹君は命に代えてもお守り致します」

「それなら安心です。じゃあリュクスくん。エリザと仲良くね……ああ、それにしても。君は本当に見違えたわね」


 エレシア様はにっこりと笑う。

 そして、誰にも聞こえないような小声で言った。


「私もわがままな妹じゃなくて、君みたいに賢い弟が欲しかったな」


 それはこの世界で初めて聞いた、ぞっとするほど甘く、優しい声だった。


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