第9話 エリザ・コーラル

 ブレファンの攻略ヒロインは全部で5人。


 その中でもエリザ・コーラルは異色のキャラクターだ。

 なにしろゲーム開始時、主人公以外の男に恋をしている。


 姉の婚約者であるルキルス王子に片思い中で。

 容姿も性格も能力も全て自分より上の完璧超人である姉エレシアに物凄い劣等感を抱いている少女。


 一挙手一投足を姉と比べられ、貶められてきた彼女の性格は歪んでおり。


 元々攻撃的だった性格はより凶暴になり、周囲の人間を言葉で傷つける。


 それは主人公とて例外ではなかった。


 だが反発しあっていた二人はふとしたきっかけから互いを意識するようになり。


 姉エレシアを知らない主人公は、エリザと姉を比べることなく、純粋にエリザの良いところを好きになっていく。


 学園でのイベントを過ごしていく内に惹かれ合う二人。


 付き合う直前といったその時、姉エレシアの死という衝撃的な事件が起きる。


 王子の次の婚約者に選ばれたのは妹のエリザ。コーラル家のためにもこの婚約は避けられない。

 だがエリザの心はもう主人公に動いていた。


 どうする主人公!? どうするエリザ!?


「いやーたまんねーなぁ!」

「急にどうしました坊ちゃん!?」

「す、すみません取り乱しました」


 いけないいけない。

 あの感動的なエリザルートを思い出しつい興奮してしまった。


 ともかく、エリザをエレシアと王子から引き剥がす必要がある。


 俺は柱に寄りかかりつまらなそうにしているエリザの元へ向かう。


 攻撃的なツリ気味の目。姉よりもやや薄いピンク色の髪。

 涼しげで可愛らしいワンピースに身を包んでいることから、王子と会うにあたって目一杯お洒落してきたということがわかる。


 そんなエリザの邪魔をしてしまうと思うと胸が痛むが仕方が無い。


 君はあと6年後、主人公と出会い本当の恋に落ちる。


 誰もが羨む大恋愛をする。


 だからどうか、今は耐えてくれ。


 まぁ……主人公が5人のヒロインのうち誰を選ぶかはわからないけど。


「久しぶりだねエリザ。元気だった?」

「……?」


 俺の声に振り返るエリザ。そして訝しげにこちらを見つめて……。


「いや誰よ?」

「俺だよ俺。リュクス・ゼルディア」

「は? アンタがあのリュクスぅ~? へぇ、随分雰囲気が変わったじゃない」


 ニヤニヤしながら俺を値踏みするような視線をぶつけてくる。

 普通なら気分を悪くするところだが、相手があのエリザならそんなことはない。


 寧ろ憧れのゲームキャラ本人だ。どんな態度をとられても「あ、これゲームで見たやつ!」という感動につながる。

「ああエリザならそうするよね!」って解釈一致過ぎて興奮すら覚える。


 ああ、俺今ブレファンの世界に居るんだなって実感してる。


「いやなんでニヤニヤしてんのよ。キモッ」

「うんうん」

「だからニヤニヤすんなっつってのよ!」

「痛っ……やったぜ!」

「ねぇ。思わず叩いちゃったけど、アンタ本当に大丈夫? 一緒にうちの領地のお医者様のところに行く? 怖いならついて行ってあげてもいいわよ?」


 おっとテンションが上がりすぎて心配されてしまった。

 流石にこれ以上はやり過ぎなので、自分を抑えよう。


「遠慮しとく。ところでエリザはどうしてグランローゼリオに? お姉さんと二人で旅行?」

「違うわ。殿下に会いに来たのよ」

「殿下? ルキルス様がここに?」


 敢えて惚けて聞いてみる。


「ええ。お姉様ったら私が殿下のことを好きなのを知っていて、黙って二人で会う約束をしていたのよ。許せないわ」

「黙って会う約束をしたってことは、二人はもう恋人なんじゃないのか? それを邪魔しちゃ悪いよ」

「なんで?」

「なんでって……」


 あれなんでだろう。上手い言葉が出てこない。


 どうやってエリザを納得させようか。そう思っていると、まるでモデルのような男が歩いてきた。

 燃えるような赤い髪をした長身の男。

この国の王子。

 ルキルス・スカーレット殿下だ。


 変装しているものの、溢れる高貴なオーラまでは隠せていない。


 殿下がエレシア様に声を掛けると、彼女の顔がぱっと明るくなった。

 俺と話していたお姉さん的な表情とは違う、恋する乙女の表情に思わず見惚れた。


「ちょっ」


そして思わず声が出た。


二人は抱き合うと見つめ合い、そしてキスをした。


おいおい……毎日学園で会っていただろうに……節操ないな。


ってか誰も見てないよな? 王子だってバレたらちょっとは問題に……って。


「何よあれ……最低」


 横に居たエリザがバッチリ見ていた。これは教育によろしくないな。

 そう思い横を見やると……うわぁ。


 顔を真っ赤にして目に涙を溜めながら、それでも真っ直ぐと。


 自分の姉と殿下の姿を睨んでいた。


 エリザの心がぐしゃりと潰れるような音が聞こえた気がした。


「やっぱり……私じゃダメなんだ。お姉様には勝てないんだ……。お勉強も。魔法も。ダンスも。見た目も。恋も。全部……全部……何も勝てないんだ」


 常に優秀な姉と比べられてきたエリザの心の闇が漏れ出した。

 そもそも年の差が……なんて言葉は何の励ましにもならない。


 彼女の生きてきた地獄かんきょうは彼女にしかわからない。


 だがそれでいい。優秀な姉への劣等感に苛まれながら学園に入学し、君は主人公と出会うんだから。


 あと6年。あと6年の辛抱だ。


「ちょっと長いな……」


 あと6年。

 その間には二人の婚約というイベントも待っている。耐えられるか?


 エリザがじゃない……。エリザは強い子だ。


 だから耐えられる。耐えられてしまうんだ。

 傷つきながら。

 歪みながら。

 それでも耐えて耐えて耐えるんだ。


 けど、俺が耐えられるか?


 推しキャラが6年間も劣等感に苛まれ、性格がどんどんどんどんねじ曲がっていく。


 そんなの耐えられるか?


「来るんじゃなかったわ。私がお姉様に勝てるはずがないのに……」

「いや、そんなことはない」

「は?」


 俺の言葉に突っかかるようにエリザが吠えた。


「君はお姉さんに負けてない」

「アンタが私の何を知っているっていうのよ?」


「知ってるよ。君のことなら全部知ってる。お姉さんにはない君のいいところ、俺が全部知ってるから」


「ちょっとキモいけど……ふん、いいわ。今日は特別に聞いてあげる。お姉様に私が勝っているところ、聞かせてくれるかしら?」


「ああ任せろ。まずは(成長しても)折れそうなくらい細いところ! (成長しても)胸が小さいところ! (成長しても)声が可愛いとこおお頭があああああああ!?」

「アンタ喧嘩売ってんの!?」


 いや待て。

 続きがあるからアイアンクローはやめてくれ。


「貴族として領民を守る為に、得意じゃない剣と魔法を頑張っているのを知っている。自分の従者に身分関係なく平等に接しているのを知っている。動物や小さい子に優しいのを知っている。ふと笑った後に照れ隠しで睨んでくるのが凄く可愛いのを知っている」


 いつも強がって凜々しい表情を作っている君が、主人公(俺たちプレイヤー)だけに見せてくれるひまわりみたいな笑顔。ほんの僅かしか見られないその笑顔に、俺たちはどうしようもなく魅了されてしまうのだ。


 意地っ張りで素直じゃなくて……だけど頑張り屋で弱いものに優しい。


「完璧とはほど遠いのかもしれない。けど俺(プレイヤーたち)はそんな君のことが大好きなんだ! 俺が、俺たちが保証する。エリザは魅力的なヒロインだ!」


 実際ブレファンでのエリザの人気はかなり高い。グッズも沢山出ているし、発売されたフィギュアは現在ではプレミア価格だ。(俺も持ってる)


 どうか自信を持って欲しい。


「だから二度と自分を姉以下のゴミクズなんて卑下するな!」

「私そこまでは言ってないわよ!?」


 あれ、そうだったか?


「はぁ……なんかアンタがキモ過ぎてどうでも良くなってきたわ」

「酷くないか!?」


 頑張って推しへの愛を語ったのに! ちょっと恥ずかしいじゃねーか。


「ふふっ。でも元気出た。……ありがとう。嬉しかったわ」

「そりゃ良かったよ」


 推しキャラの素直な態度にキュン死しそうになるのをなんとか堪える。

 その恥ずかしそうな笑顔……反則過ぎる。


「さてそれじゃ、エリザが元気になったところで。あのイチャイチャな雰囲気ぶち壊すか」

「え? ちょっとアンタ……何する気よ!?」


 俺はエリザの手を引くと、殿下とエレシア様の前に出た。

 無我夢中でイチャイチャしていた二人はとても気まずそうに出迎えてくれた。


「お、おおエリザ。それと君は……もしかしてリュクスくんか? エテザル討伐の件は聞いているよ。見違えたね!」


 御三家のリュクスは殿下とも面識があるようだ。

 取り繕うような殿下に精神的に優位になったと確信した俺は、4人で食事でもどうでしょうか? と誘ってみた。


「共にこの国の将来について語りませんか?」

「そ、それはいい考えだ。良いかなエレシア? 二人を同席させても」

「ええ、殿下が決めたことでしたら構いません。エリザも殿下とお話ししたがっておりましたし。ね? エリザ?」


「は……はい」


 怖ぇえええ。エレシア様の笑顔怖えええええ。


「では席を増やして貰うとしよう。間に合うといいんだが。失礼、一端席を外させて貰うよ」


 そう言って殿下はレストランの方へと向かっていった。

 その背を見送っていると、エレシア様がそっと耳打ちしてきた。


「君はもう少し賢い子だと思ったんだけどなぁ」


 イチャラブを邪魔された怒りが伝わってくる冷たい声だった。


「子供だから、わかんない」


 敢えて子供っぽく、そう返しておいた。


「もうエリザったら。せっかく殿下と二人きりのデートだったのに~」


 だがエリザの方へ戻る頃にはいつものエレシア様だった。

 今回の件で、きっと彼女の中でのリュクス評は地に落ちただろう。


 でも、感謝して欲しい。


 ゲームでは6年後に悲惨な死を遂げるエレシア様だが、少なくともこの世界においては死ぬことは絶対にないのだから。

 ゲームではあり得なかった殿下との結婚も叶うだろう。


 だから今くらいは、ほんのちょっと二人の間を邪魔することを許して欲しい。


 え? なぜ死なないって言い切れるのかって?


 そんなの、エレシア様殺害の真犯人がリュクスだからに決まっているじゃないか。



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