第10話 エリザside
殿下以外の男など眼中にない私にとって、リュクス・ゼルディアは魔眼を持って生まれた気持ち悪いヤツ以上の認識は存在しなかった。
同じ御三家の一員であり同い年ということもあって一年に一回は何かしらの催事で会うこともあったが、一緒に遊んだ記憶もなければ深い話をしたことはない。
印象に残るのは邪悪に輝く魔眼だけ。
持って生まれた不幸にいつまでもウジウジしている。そんなヤツだった。
なので魔眼を封じ、綺麗な青い瞳をしたリュクスに声を掛けられたとき、誰なのかわからなかった。
眼だけではない。
立ち振る舞いも言葉遣いもすべてが見違えて、まるで別人のようだった。
姉様に聞いた話では、グランローゼリオに出現したエテザルたちを兵士を率いて討伐したらしい。
エテザルといえば非常に知能が高く、そのくせ繁殖能力も高い厄介な魔物だと聞いている。
それを一週間足らずで全滅させ、観光地の平和を守った。
並の貴族なら一生自慢するレベルの功績をわずか9歳で挙げておきながら、そのことを一切ひけらかすことはしなかった。
人間、一年たらずでここまで変われるものなのかと希望が湧いてくる。
いつか自分も姉様より優秀な人間になって、殿下を振り向かせたい。
心のどこかで叶わぬ夢と思っていたことが、リュクスを見て「できるのかもしれない」と思った。
頑張っていく勇気を貰えた気がした。
『けど俺はそんな君のことが大好きなんだ!』
リュクスの言ってくれた言葉が頭から離れない。
おかしい。
憧れの殿下を交えたディナーの最中だというのに。
せっかくリュクスが会話が盛り上がるように話題を出し続けてくれているのに。
気になるのはリュクスの方ばかり。殿下とのお話に集中できないでいる。
ふとフォークを持つリュクスの手に目をやりながら、さっき自分の手を引いてくれた時のことを思い出す。
まだ小さいが剣の修行をしているかだろうゴツゴツして固い手。
触れた手から小さな男らしさを感じて、胸が熱くなる。
「さて、それじゃあ今日はお開きにしようか」
殿下を見送っている最中、小声でリュクスが言った。
「何やってんだよエリザ……全然喋ってないじゃん」
「うるさい……」
自分でも信じられないほど弱々しい声が出て驚く。
「せっかく俺が殿下との仲を取り持とうと頑張って……」
「うるさいうるさいうるさい!! こっちも混乱してるのよ! バカ! バカー!」
ああ違う。こんなことを言いたいんじゃないのに。
自分の気持ちがコントロールできない。
こんなんじゃまた嫌われて……ってなんでコイツはニコニコしてるのよ!?
それでこそエリザって……わかったようなこと言って……。
「それじゃ、俺はこれで」
「ええ、今日はありがとう。とても楽しいディナーだったわ。ほらエリザも」
「き、今日はありがとう……き、気をつけて帰りなさいよ」
「うん。ありがとう」
そう言って別れた。
「はぁ……せっかくの殿下とのディナーが台無しね」
つまらなそうに呟くお姉様の後に続きながら「次に会えるのは十年祭かしら?」と呟きため息をついた。
別れてからまだ数分だというのに。
次に会える時が、楽しみで楽しみで仕方がないのだ。
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