第33話 リィラ・スカーレット

「ぐああああ……クソ……この俺があああ」


 身体能力を強化しビルドアップしたマスマテラ・マルケニスだったが、グランセイバーⅡを装備したクレアに手も足も出ずに居た。

 ひたすら肉体を切り取られ……再生をしての繰り返しである。


 ゲーム時代から戦闘方法ごと変わったクレアの動き。そしてこの宝物庫での戦闘開始からわずか数秒で室内戦闘への微調整を終えたクレアは、ここまでマスマテラを圧倒し続けている。

 まさに剣神という言葉がふさわしいだろう。


 ゲームでは、どんなにレベルを上げて強くなっても、あらかじめ用意された戦闘モーション以外の動きはすることはできない。

 逆に攻撃モーションという制約がなくなったことで、レベルが足りていなくても動きでいくらでもスペック差を埋められる。


 ゲームという制約がなくなって一番恩恵を受けたのは間違いなくクレアだろう。


 その動きは剣術大会の時より上……理由はサポーターの存在だ。


「連続発動、クレアに――スピードブースター! ――パワーブースター! さらに姫様に――マジックブースター」


 エリザの補助魔法により、クレアのステータスが大きく引き上げられている。


「ありがとうエリザ。これでもっと強い魔法が打てる――フュージョンディザスター!」

「ぐあああああああああ」


 そしてこの中での最大火力を誇るリィラの四重魔法による攻撃。


 さらに俺もダークライトニングで相手の動きを封じつつHPを削っていく。


 だが何かが引っかかる。


 何か重要なことを見落としているような。


「――ソードスラッシュ!」

「ぐああああああああ」ニヤ


 なんだ? マスマテラのヤツ、今一瞬笑わなかったか?

 この戦況、俺たちが圧倒しているにも関わらずどこにそんな余裕が? というか、その余裕を失ってヤツは激高しているんじゃないのか?


 何か奥の手があるのか? 


 ヤツは俺たちパーティーに手も足も出せない状況だ。確かにマスマテラ・マルケニスのHPは高い。流石攻略推奨レベル70の大ボス。


 だがレベルが足りないとはいえ、戦闘自体は俺たちが圧倒している。

 与えるダメージが少なくとも、このまま耐久戦をしていれば勝て――待て……耐久戦?

 まさか……ヤツの狙いは!?


「くっ……いい加減に倒れてよね――パワースラッシュ!」

「しつこいわね……まだ再生するの!?」

「集中力が……」


 クレアの汗が凄い。未だ敵を圧倒してはいるものの、呼吸は乱れ剣筋は若干乱れている。


 リィラの表情にも疲れが見える。それはそうだ。回転する針の穴に糸を通すような緻密な魔法属性の融合を何回も行っているのだ。精神力がすり減って当たり前。


 そうか。ヤツの狙いはこちらのスタミナ切れによる集中力の低下。


 気付かなかった……ゲームのブレファンにはスタミナという概念はない。キャラクターはHPとMPを回復してやればいつまでだって戦える。


 だからこそ、この世界にはスタミナを回復するための魔法もアイテムも存在しない。

 スタミナを回復するには現実と同じように休憩休息が必要になる。


 ヤツはそれを狙っていたのか!?


 クソ……あの野郎、冷静さを失ったフリをしていたのか。


「クレア! 息が乱れてる! 一端呼吸を整えろ!」

「ようやくおじさんの狙いに気付いたようだねぇ……でも遅いよお!」

「くっ!?」


 マスマテラの反撃にクレアの反応が遅れる。

 剣で直撃は防いだが、かなりのパワーにクレアの体は地面に叩きつけられる。


 それを見て笑ったマスマテラ・マルケニスは今度は俺たちの方を向いた。


 そして口を大きく開くと、真っ赤な炎を吐き出した。


「ちっ……そんなことも出来るのかよ!?」


 俺だけならなんとか回避できる。だがリィラとエリザは避けられない。迫り来る波のような炎の攻撃を防ぐには……。


「――イミテーション……生成【闇の羽衣】!」


 俺は自分の上着と魔力を材料に、先ほどまでマスマテラが纏っていた闇の羽衣を生成。

 100%の完成度とはいかなかったが、それでも俺たち3人を守れるだけのサイズにすることができた。


 俺は咄嗟にリィラとエリザを抱き込み、マントを被る。子供3人ならすっぽり収まる計算だ。

 マスマテラの炎の直撃を感じるが、熱さも痛さも軽減できている。


 なんとか凌いだ。だがどうする?


 どうすればヤツを倒せる?


 クレアはスタミナが切れかかり、動きに精細さを欠いている。


 エリザはサポーターとして優秀だがフィニッシャーにはなり得ない。


 リィラだって、精神力はもう限界のはずだ……。


 そもそも戦えたとして、ヤツの無限にすら感じるHPをどうやって削りきる?


 どうする……どうする……どうすればみんなを守れる……?


***


***


***

リィラside


「おお……可愛い可愛いリィラよ。どうしてこんなことに」

「大げさですお父様。ただのかすり傷ですよ」


 昔の私は、今よりももっと好奇心が旺盛でした。

 賑やかな繁華街。外の森。王都の地下にあるという隠し通路。楽しいお祭。

 いろいろなところに行ってみたいし、この目で見てみたいと願っていました。


 けれどお父様もお母様も、それを良しとはしません。過保護と言ってしまえばそれまでですが、私の身にもしものことがあれば、警備を担当していた方々が処されることになる。


 それが理解できてからは、あまりわがままを言えなくなってしまいました。


 公務や視察という名の下にいろいろな所へ遊びに行っている……お父様に認められたからこそ自由が与えられているお兄様が少しだけ羨ましいです。


 そう思い、ひたすら魔法の鍛錬に励んできました。

 お兄様のように強くなれば、私のことも認めてくれるかもしれません。


 ですがどんなに頑張っても、私の評価は「か弱いリィラ」のままで。


 だから、レオンくんの指摘が悔しかったのです。

 リュクスくんに逃げろと言われて悔しかったのです。


 彼らの中の私も、守られるだけのか弱いリィラなのかと。


 ですが彼は……リュクスくんは違いました。


 逃げなかったことを責められると思いました。ですが彼は私が逃げていないと思っていた。

 私の魔法の力を信じてくれていた。


 それがどれだけ嬉しかったか、あなたにわかるでしょうか?


「――イミテーション……生成【闇の羽衣】!」


 相手の攻撃に、疲れ切った私の体は全く反応できませんでした。


 リュクスくんに強く抱き寄せられ、彼の複製した闇の羽衣が私たちのことを守ります。

 ああ、なんて心地良いのだろうと思いました。


 強くてカッコいい男の子に守られる。

 いろいろな小説で読んできた、夢のような展開。いえ、それ以上です。

 私のことを守りたいという強い思いが、肌と肌を通じてこちらに伝わってくる。

 なるほど確かに甘美です。

 ずっとこうして守られていたい……と。


 そう思ってしまう。


 ですがそれは私の理想とする私ではありません。


 私はローグランド王国の王女リィラ・スカーレット。


 ただ守られているだけの女ではダメなのです。


「くっ……何か……何か手はないのか……」


 目の前のリュクスくんはこの状況を打開しようと必死です。


 ですが、彼が私たちを守ろうと必死だというのに。


 私はまったく違うことを考えてしまいます。


 同年代の男の子とこんなにくっついたの初めて……とか。

 触れた体から伝わる体温にドキドキする……とか。

 というか顔が良すぎでは? ……とか。

 エリザやクレアとは一体どういう関係なんだろう……とか。

 恋人はいるの? 好きな女の子のタイプは? ……とか。

 私のことをどう思っているの? ……とか。

 嫌い? それとも好き? ……とか。


 まったくどうかしていますね。

 目の前の男の子は私を守るために必死になってくれているのに。


 不純です。


 ですが、私の心の中で燃え上がったこの炎はもう消せません。


 熱い。体が燃えるように熱い。


「そうか……こういうことだったのですね」


 おじいさまが言っていました。

 王家の聖なる炎を扱うには、大切なものを守りたいという強い思いが必要だと。


 ずっとその対象は国民のみなさんなんだと思っていました。

 いえ、もちろん国の皆様も守りたいと思っています。


 ですが今は……私を守るためにボロボロになりながら戦ってくれた男の子を。


 かつて傷つけてしまった男の子を守りたい。


 そして……私は守られるだけの存在じゃないと、共に並び立つ存在なのだと証明したい。


 貴方のことを思うと、胸の奥が熱く燃えるのです。


 そう……あとはこの炎を形にすればいい。


「きひひひひ! 不出来な闇の羽衣じゃこれ以上は防ぎきれないよぉ?」

「クソ……どうすれば」


 未だマスマテラ・マルケニスの炎攻撃は続きます。


 闇の羽衣はもう限界。


 このままではエリザもリュクスくんもやられてしまう。そうはさせません。


「リィラ!? 一体何を」


 私はリュクスくんを押しのけ、外に出ます。不思議と、相手の炎は熱くも痒くもありませんでした。

 私はそのまま相手に手を伸ばし、心に燃え上がった炎を解き放ちます。


「何!? おじさんの炎が効いていないだとぃ!?」

「これで本当の終わりです――ホーリーフレイム!」

「馬鹿な!? 聖なる炎の力だと!? こんなタイミングで覚醒したとでも言うのか!?」


 聖なる炎が悪しき魔力を焼き尽くす。

 ホーリーフレイムはマスマテラの吐き出す炎をすべて飲み込みながら突き進み、敵の全身へ燃え移ります。


「ひぃあ……助け……熱いっ熱いいいいいいい」


 倍化していたマスマテラ・マルケニスの体がみるみる内に元に戻っていきます。

 のたうち回るマスマテラ。


 どうやらもう肉体の再生はしないようです。


「あが……ああ……あつい……何故……再生しない!?」

「おじいさまが言っていました。王家の聖なる炎には闇の魔力を押さえ込む力があると」

「なぁぁぁぁにぃぃ!?」


 未だ聖なる炎で体を焼かれ続けているマスマテラ・マルケニスは、打ち上げられた魚のようにビクビクしています。もうこれ以上暴れる心配はないでしょう。


「勝った……のか?」

「みたいね」

「あはは。本当にしぶとかったねぇ」


 どうやらリュクスくんたちも無事だったようです。

 リュクスくんは限界なのか、エリザとクレアに肩を借りています。


 ちょっと距離が近すぎでは……?

 離れてもらっても?


 私も勝利に貢献したのですから、ご褒美にキスくらいは頂いても構いませんよね?

 頑張った女の子にキスのご褒美をあげるのは、男の子の義務です。


 そう思って近づくと、何やら3人は言い争いをしているようです。


「で、あのアズリアって子とはどういう関係なのよ?」

「ダンス……凄く楽しそうに踊ってたよね?」

「え……? どうしたの二人とも? え、なんか怖くない? え? マジで何?」


 なるほど。

 はいはい、なるほどなるほど。

 どうやらリュクスくんはダンスタイムのとき、私たちの知らない女の子と踊っていたようですね。


 ……。


 私の誘いは断ったのに?


「あ、丁度良かったリィラ。なんかこの二人の様子がおかしくてさ。なんとかしてくれ……な……い……かな?」

「私もと~っても気になります。そのアズリアさんという方のお話、聞かせて頂けるでしょうか?」

「は……はい。リィラ様」

「様?」


 それから私たちは外の騎士団さんたちが扉を破って突入してくるまでの間、のたうち回るマスマテラの喘ぎ声をBGMにリュクスくんと沢山お話しをするのでした。


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