第34話 後始末
騎士団の人たちが宝物庫に押し寄せた。
「「助かった」」
俺とマスマテラ・マルケニスは同時にそう言った。
騎士団たちは燃えながらイモムシのようにうねうねしているマスマテラ・マルケニスを包囲。
そして、その後に続いて入ってきたのは国王と王妃。そしてクレアの父である騎士団総帥やエリザの両親、そしてルキルス王子にエレシア様と……ヒロインズのファミリー大集合である。
そして最後の最後に、俺の父グレムが入ってきた。
「おお……リィラ……お前に何かあったらと……ワシは心配で心配で」
「お、お父様苦しいです」
「だから言ったではありませんか父上。我が妹、リィラなら心配ないと」
リィラは泣き喚く国王に抱きしめられ苦しそうだ。一方リィラの兄、ルキルス殿下は妹の実力を信じていたのだろう。
そしてエリザもクレアも親に抱きしめられ、感動の再会といった感じだ。
「他の3人はピンピンしているというのに、お前だけボロボロだな」
「……はい、父上」
リィラとエリザを庇った時のダメージで動けない俺のところに、険しい顔をした父グレムがやってくる。
おそらく俺だけ重傷なのを見て、気分を害したのだろう。
「こんなことだろうと思って持ってきて良かった。早く飲んで立ち上がれ、みっともない」
「いや……体痛くて……」
「まったく情けないヤツめ。どれ……」
そう言うと、父グレムは懐から取り出したポーションを開け、俺の口に流し込む。
途端に、俺の体の痛みは全て消え去った。
「え……効き過ぎでは……!? って父上? これ只のポーションじゃなくてEXハイパーポーションでは!? 物凄く高価で希少なものですよ!?」
ゲーム時代はクリア後に手に入る最高峰の回復アイテム。この世界においては欠損すら修復するという最強クラスのポーションだ。
いくらなんでもこれは過剰では!?
「もし王女が怪我をしていたら……そう思って持ってきた物だ。王女に最高峰のポーションを使うのは当然だろう?」
「で、ですがリィラの方は一切見ていなかったような」
「気のせいだ」
おお……さらに機嫌を悪くさせてしまった。
とはいえ、普通にダメージを回復できたのはラッキーだ。かなり疲れてはいるが、この状況を説明することはできる。
俺たちは国王たちにこうなった事情を説明した。
リィラが中心となって説明してくれたお陰で、国王はすんなりと事情を理解してくれた。
途中マスマテラ・マルケニスが「お宅のお子さんいきなり魔法を打ってきてねぇ~」とか「非常識だよね?」とか「そこの説明ちょっと違うよ」といちいち横やりを入れてきたのがウザかった。
聖なる炎に燃やされ続け戦闘不能になったとはいえ、アイツ元気過ぎないか?
まだ燃えてるから多分ダメージ入り続けてると思うんだけど。
「アイツいつ死ぬんだ?」
父グレムもボソっとそんなことを呟く。
「我が国の問題でもあった魔王復活教の教祖がこんなふざけたヤツだったとは……」
マスマテラの態度に国王も困惑気味だ。
「というか、コイツはどうなっているのだ? 何故こんな燃えてるのに死なない? リィラの聖なる炎によって浄化されないのか?」
「それは俺から説明します」
「貴様が?」
俺が手を上げると、国王がギロリとこちらを睨んだ。
構わず続ける。
「マスマテラ・マルケニスは魔族の中でも、かつての魔王軍幹部の直系……上位魔族と呼べる存在です。ですので、魔力と生命力……そして再生力もケタ違いなのです。リィラのホーリーフレイムで常にダメージが入っているし、魔法もまともに扱える状態にない。けれど、同時に再生も行われている。破壊と再生、それらがせめぎ合って、あのような状態となっているのです」
「ち、ちょっと待ってくれよリュクスくん。ということは、おじさんはこのまま死ぬことも出来ず、魔法も使えず、ずっとこの状態という訳かい!? 勘弁してくれよ~この炎メッチャ痛いんだけど~」
「お前は黙ってろ」
めっちゃ気さくに話に混じってくるマスマテラに、だったら早く死ねよと言いたい気持ちをぐっと抑える。
「何故そんなことが貴様にわかる? まさか貴様、魔王復活教と繋がっているのではあるまいな? であれば、こやつを手引きしたのも……」
「お父様っ!!」
俺を疑い始めた国王に、リィラが怒鳴った。
娘に初めて怒られた国王は叱られたパグのようにしょんぼりとする。
ははザマァ。
そのまま「パパくさ~い」とか言って国王を絶望させてやってくれ。
「なるほど。魔眼の力だな? 魔眼には優れた観察能力があると聞く。その力の賜物か?」
一方、父グレムはそう尋ねてきた。俺は頷く。
一部ゲーム知識と俺の見解だが、そういうことにしておこう。
「まぁ、この盗人に関しては後で聴取をするとして……問題は」
「あれですな」
大人達の目が、一斉にクレアが持つ偽の聖剣、グランセイバーⅡに集まる。
「え、私の魔剣が何か?」
お前のと違うぞクレア。
「聞いた話ではリュクス・ゼルディアが闇魔法【イミテーション】で作り上げたと聞いたが……」
「そんなことが可能なのですか国王?」
「わからん。闇魔法は使い手が少なく情報も少ない。魔道書とて貴重品だしな……む、どうしたリィラ」
国王の服の裾をひっぱるリィラ。上目遣いで、まるで欲しい玩具をねだる子供のような仕草だった。
「聖剣を抜いた者は王族と結婚できる。そういう言い伝えがありますね」
「あるな……」
「リュクスは聖剣こそ抜きませんでしたが、聖剣に近しいものを手にしました。彼にも王族……この場合、彼は男ですので、女である私と結婚する権利があるのでは?」
「「「ない!」」」
何人かの声が被った。
一人は俺で、もう一人は国王。あと一人は……エリザ?
「おほほ……姫様ったら何を言っているのかしら? リュクスは別に聖剣を抜いた訳じゃないじゃない?」
「そうだぞリィラ。確かに複製したことは凄いことだがそれとこれとは話が別だ! リィラは絶対に嫁にはやらん!」
「ははは! それでは父上。リュクスくんは私と結婚することになってしまいますよ? 私は君のお婿さんかな? お嫁さんかな?」
何故かこのタイミングで会話に混ざってくるルキルス王子。冗談のつもりなんだろうけど一部冗談の通じない人(某エレシア様)が物凄い殺気をこっちに放っているのでやめて下さい。
軽い冗談で失われる命だってあるんですよ。
「しかし……聖剣すら複製してしまえるその観察眼。やはり魔眼とは驚異だな……やがて、我が王家に牙を剥くかもしれん」
国王の厳しい目の矛先が再び俺に向いた。本当に俺のこと嫌いだなこの人。
「それはありえません。お父様」
「何故そんなことが言える?」
再び王と対峙するリィラ。
「彼は……そこにいるマスマテラ・マルケニスの勧誘を一切の迷いなく断っています。私たちが彼にしてきたことを思えば、彼もまた魔王復活教に入っても決しておかしくない。ですが、彼は断った。愚かな私たちを許したのです! そんな彼の度量にまだ甘えるような恥ずかしい真似はお止め下さい」
「ふん、口だけではなんとでも……」
「私のために命を賭けて戦ってくれた者のことをこれ以上貶めることは、たとえ父であっても。国王であっても許せません」
り、リィラ。強い子だなぁ……。
自分の父親に向かってああも堂々と。
「ぐぬう……」
「敵を知り己を知れば百戦危うからず。ギーラよ。何を怯えている。リュクスの魔眼の力、闇の魔力。両方が我が国にあったことを幸運に思うべきだ。リュクスよ」
「はい」
父グレムは俺の目を真っ直ぐ見て言った。
「お前はこれから、闇の魔法に関する研究資料を定期的に王都の研究機関に提出せよ。闇の魔法を研究することは魔族や魔獣たちとの戦いにも役立つ。無駄な犠牲者をお前の研究で減らすのだ」
「はい……」
け、研究レポートの提出か……。それはちょっと厄介だな。
「だが、研究に必要とあらば何でも協力してやるし何でも揃えてやろう。もちろん国の金でな」
「本当ですか!?」
それは結構ありがたいのでは?
表だって活動できるのはありがたいし、今よりもっと凄いことができるかもしれない。
何より人の金で研究して俺が強くなるって最高じゃないか?
「それでよいか国王?」
「ぐぬぬ……しかし」
「ギーラよ。お前が魔眼と闇の魔法を恐れるのは結局『よくわからないから』に他ならない。ならばリュクスに全部教えて貰えばいいのだ。リュクスは魔物でも化け物でもない。一人の人間なのだ。話せば理解し合える、普通の人間だ」
父上……。
「わかった。闇魔法と魔眼の研究……役職や待遇などは後々また伝えよう。せいぜい励むがよい」
「はい。国のため、精一杯頑張ります!」
「うむ。それでだ……その……最後に国王としてではなく、一人の。リィラの父親として言わせてくれ」
「……?」
「娘を助けてくれて、ありがとう」
「国王……」
「お父様……」
そこには一国の王ではなく、ただ一人の父親として頭を下げる男の姿があった。
「私はかつて、魔眼の子ということで君を殺そうとした。それが原因で、他の貴族たちまでもが君を呪いの子として扱うようになる原因を作ってしまった。申し訳ない。これからは私の全霊をもって、魔眼の子の悪しき印象が消えるように努力したい」
これは……。
リィラのお陰なのか? それともマスマテラ・マルケニスというわかりやすい悪を倒したからなのか?
ゲームではあり得なかった王との和解。こんなことが起きるなんて思いもしなかった。
俺はリュクス本人じゃないから、そこまでの本格的な迫害を受けた訳じゃない。だからそもそも国王に恨みなんてないのだ。
今後は良好な関係を築くためにも、ここはもう許しちゃって、研究費とかを融通して貰えるようにしよう。
相手の罪悪感を利用して毟れるだけ毟る。
「いえいえ、俺は気にして『足りんな』
俺が許そうとしたら父グレムが遮った。
「た、足りないとはどういうことだグレム?」
「私の子を貶め傷つけたのだ。それでは足りん。地面に這いつくばってリュクスの靴を舐めろ」
「お、王である私が頭を下げているだけでも……最上級の謝罪なんだが?」
おっと雲行きが怪しくなってきたぞ?
「り、リィラだって自分の父親がそんな姿をさらすのは嫌であろう?」
「お父様がそれをすることでゼルディアさまがお許しくださるのでしたら……仕方ありません。お父様早く靴を!」
「リィラ!?」
「どうした国王、早くしろ」
「ぐぬぬ、貴様グレム! 今日という今日はだなぁ」
あーあ、二人の喧嘩が始まっちゃったよ。
避難しよ。
ええとエリザは……。
「お姉様! リュクスは別にお姉様のライバルって訳ではありません」
「離してエリザ! 可愛い妹を弄んだあげく私から殿下を奪おうとするあの男が許せないの!」
「で、殿下! 殿下もお姉様になんとか言ってください!」
「はは、モテる男は辛いね!」
あっちはコントやってるのか。
それじゃあクレアは……。
「父上母上! 見てくださいこの立派な剣を!」
「ほう色は違うが聖剣グランセイバーそのものだな!」
「素敵なプレゼントを貰えて良かったわねクレアちゃん」
「はい!」
ちょいちょいちょいちょい待て。
「おおリュクスくん! 剣術大会見ていたよ」
「ありがとうございます」
紳士風だががっちりした体型のこの人は、騎士団総帥……クレアの父親だろうか? ということは横に居る人がクレアのお母さんか。
どことなく顔立ちが似ている。
「ありがとうリュクス。一生大事にするよ」
「いやそれ、数日もしたら消えると思うけど」
「え……?」
がーんというSEが聞こえてきそうなくらいショックという顔をするクレア。
まぁ気持ちはわかるけど。
「それ30%くらいは闇の魔力を材料にして作ってあるからさ。その魔力が日に日に消えていって、最後には崩壊するんだ」
「でも今のところそんな様子はないけど」
「それはマスマテラを切り続けていたからだよ。切るとそこから魔力を吸い上げるんだ。俺が毎日魔力をチャージしてれば別だけど、そんなことは現実的じゃないからな」
衝撃の真実に泣きそうな顔をするクレアを見かねたのか、騎士団総帥はとんでもないことを良い出す。
「ではリュクスくん。クレアと婚約したまえ。そして王都に……我が家に住みなさい」
「あらあらいい考えねアナタ。それなら毎日魔力をチャージできるわ」
「いいの父上!?」
「いや『いいの!?』じゃないんだよクレア! 俺の意志! お前の意志!」
「別に私、リュクスだったら婚約しても構わないけど?」
「え……?」
ヤバい。ちょっとときめいた。
なんだろう……胸がドキドキする。
この感覚って、もしかして……?
「リュクスく~ん? 君はもう少し頭のいい子だと思ってたんだけどな~?」
エレシア様の長い爪が俺の首筋に当てられた。
間違いない、この胸のドキドキは……恐怖!
「エリザにちょっかいを出して? ルキルス様に色目を使って? お次はクレアちゃん? 凄いわね~夜の聖剣伝説だわ」
「ご、誤解っす」
怒れるエレシア様を宥めるのはマスマテラ・マルケニスとの戦い以上に厳しい戦いだった……。
そして、協議の末グランセイバーⅡは王国で管理することとなった(宝物庫のものを製造に使ったので、俺としてはそれで問題ない)。
闇の魔力がないと消えてしまう問題に関しては「こいつにぶっ刺しておけばよくね?」ということで、マスマテラ・マルケニスに刺しておくこととなった。
これでマスマテラから常に闇の魔力が供給されるため、グランセイバーⅡが消えることはなくなった。
マスマテラ・マルケニスは魔族を封じる特別な鎖でぐるぐる巻きにされ、偽聖剣を体に突き刺され、さらにまだ聖なる炎が炎上中というとんでもない状態で、王都の地下深くにある牢屋の中に収容されることになった。
後日プロを集め、魔王復活教の情報を吐き出させるという。
こうして俺の想像とはまったく違う形ではあったものの、誰も死ぬことなく、物語のプロローグは終わりを迎えるのだった。
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