第25話 王女の罪
リィラ・スカーレット。
赤毛の可愛い、俺の愛するゲーム、ブレイズファンタジーのメインヒロインだ。
パッケージでもちゃんとセンターを飾っている。
性格は真面目。しかしわがままで世間知らずなところあり。
そんな彼女のルート、リィラルートは王道そのもの。
王女として育ってきたまっすぐなリィラの正義感と、平民として育ってきた主人公の価値観がぶつかり、そこにドラマが生まれる。
いくら恋愛に寛容なブレファン世界とはいっても、流石に王女と平民の恋は許されない。
それでも二人はどうしようもなく惹かれ合っていく。
デートイベントで見られるリィラの世間知らずな反応は必見。
だが許されざる恋の物語の最大の障壁は二人の身分だけではない。
幼きリィラが犯した罪、リュクス・ゼルディア。
それはリィラの誕生日パーティーでのこと。
初めて魔眼の子を「怖い!」と否定してしまった。
それだけならよかった。だがリィラの言葉を深刻に受け止めてしまった国王はリュクスを殺すよう、グレム・ゼルディアに指示。
しかしグレム・ゼルディアはこれを拒否。
この出来事により親友と呼ばれていたギーラ国王とグレムの関係は悪化し、王家とゼルディア家の関係にも波及していく。
全国のギラグレ推しが激怒し、魔眼の子の悪評は国中に広がることになる。
そしてリュクスの父親であるグレムも、愛する妻の自殺と親友との仲違いの原因となったリュクスを憎むようになる。
それから13年、リュクスはひたすらリィラと王家を恨みながら生きてきた。
リィラルートのリュクスは、なんというかひと味違う。
他のルートより鬼気迫るものがあった。
対峙するリィラとリュクス。
そこで、リィラは言う。「ずっと謝りたかった」と。
だがもう遅い。リュクスはもう後戻りできないところまで堕ちていた。
全てが手遅れだった。
リィラとの愛で聖剣を覚醒させた主人公はなんとかリュクスを撃退。だが魔王は復活し、物語は最終局面へと移っていく……。
これがリィラルートでのリィラとリュクスの顛末だ。
「もう覚えていないかもしれませんが……リュクスくん。私は貴方に謝らなければならないことがあります」
だからこの言葉を聞いたとき、驚いた。
本来ならその言葉は、悪魔召喚に傾倒し、魔王に魅せられ、全てが手遅れになったリュクスが耳にするはずの言葉。
主人公にトドメを刺される寸前。
瀕死のリュクスに駆け寄り、リィラは謝罪をしようとするのだ。
だが、その言葉をリュクスは遮り、リィラを殺そうとする。
そして主人公にトドメを刺されるのだ。
だが全ての始まりの日である今日、ここでその言葉を聞けるなんて。
「私たちはかつて、出会ったことがあるのです。私の二歳の誕生日……」
「うん、覚えてる」
リィラの青い瞳が苦しそうに揺れる。
「私はあの時……酷いことを……言いました。そのせいで、貴方は……」
リィラはずっと悔いていた。
二歳だった時の自分の言葉を。リュクスを傷つけたことを。
『君だけの責任じゃない。リュクスが堕ちたのはリュクスの責任だ』とは主人公の言葉だったか。
確かに、当時2歳だったリィラに責任があったとは俺は思わない。
怖いものを見て怖いと言ってしまう。それを誰が責められようか。
悪いとすれば大げさに反応した国王か……いや、そもそも魔眼を忌み嫌うこの世界そのものか。
「本当に……ごめんなさい」
深く頭を下げるリィラ。
ああ、やっと言えたんだ……。
リィラルートをプレイしていた俺は、リィラがこの事をどれだけ悔やんでいたのか知っている。
自責的なのだこの子は。
リュクスが魔王の魂を呼びだしてしまったことさえも、元を辿れば私のせいだと自分を責める。
そんな葛藤や苦悩をずっと見続けてきた。
ゲームのリュクスはリィラに謝罪させず、彼女の心に傷を残した。
リィラルートをやっていた俺は、それがどうしても気がかりだった。
この世界に来て。
剣の修行を頑張ったことで……本来リュクスがいるはずではなかったこの十年祭のパーティー会場でリィラと出会えた。
もしかしたら、俺がずっと頑張ってきたのは、この瞬間のためだったのかもしれない。
今の俺なら、リィラの心の重荷を降ろしてやることが……できる。
「許すよ。俺はもう気にしてない」
いいだろリュクス? お前はゲームで、散々好き放題やったんだ。もちろん辛かったのはわかる。
でも今回は、俺のやりたいようにやらせてもらうぜ。
「……っ!? 私を許すのですか? 私のせいで……あなたは」
「いいんだよ。だからリィラも……もう気にするな!」
「……はい。ありがとうございます」
目に涙を浮かべ、微笑んでくれた。
はい可愛い。
でもそういうキラースマイルは主人公のために取っておこうな?
「ところでリュクスくん? 今、私のことをリィラと」
「あ、やべ」
ついつい呼び捨てにしてしまった。
いやぁ、元の世界じゃ普通に呼び捨てで呼んでたからつい。
ってかゲームキャラの呼び方って、主人公がそのキャラをどう呼んでるかに引っ張られるよな。
自分より年下の先輩キャラとかでも○○先輩って呼んじゃったり。
「すいませんリィラ様」
「うふふ……構いませんよ。寧ろその呼び方は心地良い。どうでしょう? リュクスくんさえよければこれからもリィラと呼び捨てで呼んでくれませんか?」
「いやそれは流石に……」
王女を呼び捨てなんて国王に見つかったら往復ビンタされるぞ。
「リィラ様にそんな無礼はできませんよ」
「様……?」
ぷくーっと膨れて怒る。
うん可愛いんだけど……。
「えっと、リィラ……これでいい?」
「良く出来ました。満点ですよリュクスくん」
そっちは君付けのくせに……なんという理不尽。流石王女。
「ところでリュクスくん。あと一時間くらい後でしょうか。我々子供たちだけでダンスタイムがあるのですが」
「ああそうだったね」
エリザたちがそんなことを言っていたな。
俺は踊る気はないけどね。
「是非、私と踊って頂けませんか?」
「えぇ!? なんで!?」
まさかの提案だった。
一体どういうつもりなんだ。
「な、なんでリィラ様が俺と……」
「様~?」ぷくー
「ああそうだった。リィラが俺と踊るなんて……一体どうして?」
「ふふ。簡単なことですよリュクスくん。君と私が踊ることで、魔眼の子という因縁を今日で終わらせるのです。一生懸命考えた私の作戦なのです」
えへんと胸を張るリィラ。
「魔眼の子を……終わらせる?」
「はい」
自信満々の笑顔。一体何を考えているのだろう。
「いいですかリュクスくん。王家の娘、王女である私が魔眼の子であるリュクスくんと踊れば、もう誰も貴方を悪くいうことはできません。ね? 完璧な作戦でしょう?」
「た……確かに」
リィラのドヤ顔はちょっと気になるが、作戦としては非の打ち所がない。
まさにシンプルイズベスト。
仲良く踊る男女が互いを嫌い合っているということはまずありえない。つまり、俺とリィラが踊っているところを見せつけることで、リュクス・ゼルディアという存在が王女のお気に入りであるということを周囲に知らしめることができる。
それはとても大きな意味を持つ。
俺とリィラのダンスが、王家が魔眼の子を許したという証明になるのだ。
なんて子だ。さすがメインヒロイン……。いい子過ぎるだろ!
「ゴメン……でも俺、君とは踊れない」
「ええ!?」
飛びつきたいくらいの魅力的な提案を、俺は蹴った。
「わ、私の立場を気にしているのですか? でもこれは私の罪滅ぼしだから、私のことを気にする必要はないのですよ?」
「違うんだ……違うんだよ」
ゲームのブレイズファンタジーのプロローグ。十年祭のパーティー。
ずっと退屈していた君はダンスパーティーの間、会場を抜け出して王城の中を探検する。
主人公と一緒に大冒険をするんだ。
主人公とリィラが仲良くなるきっかけ。ブレイズファンタジーの根幹を成す重要な出来事だ。
それを潰すような行動は……ブレファン大ファンの俺にはできない。
だから……。
俺が君と踊るわけにはいかないだ。
「もしかしてリュクスくん……ダンスパーティーの伝説を知っているのですか?」
「え。何それ?」
ダンスパーティーの伝説?
ゲームだと主人公目線だからダンスパーティーの様子なんて描かれない。
何か曰わくがあるのか?
「あ、あはは。知らないならいいです。大したことじゃありませんし」
「そうか? ならいいけど……あっ」
未だにマウンティングバトルをしているおっさん二人の方を見ると、そろそろ決着がつきそうなところだ。
今のうちに離脱しよう。
「ちょっと! どこへ行くのですかリュクスくん!」
「内緒! 父上には上手く言っておいて! それじゃありがとう! 俺のこと考えてくれたの、凄く嬉しかった!」
初めは不安だったリィラとの邂逅だが、無事彼女の心の重りを取り除くことができた。
「ああ! いよいよだ! この後、いよいよ主人公とリィラが出会うんだ……はぁ楽しみだなぁ!」
主人公レオンとリィラの出会いのプロローグ。
俺はそれを見届ける事は出来ないが……それでもファンとして、心躍らずにはいられなかった。
***
***
***
リィラside
「フラれてしまいましたね……」
踊るように駆け出すその背を、私は呆気にとられながら見送った。
あの日、酷いことを言ってしまった男の子に謝りたい。その思いは果たされたが、ダンスを踊るという目的は果たせなかった。
いい考えだと思ったんだけどな……。
「『十年祭のパーティーで踊った男女は将来幸せな結婚をする』。最近流行のロマンス小説のせいで、貴族の女の子たちの間ではこの話題で持ちきりです。でもリュクスくんは、知りませんでしたよね?」
知っていて、その上で断られたら乙女として立ち直れないが、あの様子では本当に知らないだろう。
「おーいリィラ! こんなところに居たのか」
「お父様! ゼルディアさまとのお話しは終わったのですか?」
「五分五分といったころだな。まぁあんなヤツのことはいいんだ。それよりこっちに来なさい。あの英雄とそのお子さんがお前の誕生日を祝いにきてくれたぞ」
「英雄……もしかして、竜殺しのレオさまですか?」
「ああその通りだ! 竜殺しのレオとその息子レオンくん。美しいお前の姿を是非見たいと、わざわざ海外から来てくれたのだ!」
「まぁ、光栄ですわ」
リュクスくんのことは一端忘れ、私は父と共に、英雄さんにご挨拶へと向かいました。
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