第26話 モブの子
父グレムを撒いた俺はパーティーのご馳走を満喫した。
ゼルディア家の食事は基本的に質素なので、こういう場所の豪華な食事は案外貴重だ。
ビーフステーキやローストビーフなど、普段食べられない肉を中心にいただいていく。
「っと、あんまり食べ過ぎると兄さんの二の舞だな」
腹八分目で切り上げ、トイレにいって軽く化粧直し。
そろそろ始まるダンスタイムに備える。
「エリザとクレアは誰かと踊るのかな。ああ、考えたらちょっと胸が苦しくなってきた……」
あの二人が主人公以外と踊ってるところとか見たくない。
見たら脳が破壊されそうだ。
ブレファンでは幸い、主人公と結ばれなかったヒロインが適当な男とくっつくという展開はない。
とはいえこの世界で主人公レオンはひとりだけ。
5人のヒロインの内、誰かとくっついても4人は余る。その4人が生涯独身ということはありえない。
いつかは俺の脳が崩壊される事件がおきるということだ。
「うん。今は考えないようにしよう!」
そういう問題はスルーするに限る。
そう思い会場へ戻ろうとすると。
「弱小貴族が……調子乗ってんじゃないわよ!」
人通りの少ない廊下で、何やら貴族の子供たちが揉めているようだ。
ド派手なドレスを来た3人の女の子が、青いドレスを来た黒髪の女の子を囲んでいる。
「えっと……あの……」
「ってか何そのドレス?」
「超ダサくない?」
「成り上がりって嫌ねー」
「こ、このドレスはお母さまが作ってくれたドレスで……だから、バカにしないで欲しいです」
「はぁ? 私たちに指図するつもり?」
「あんた立場わかってんの?」
「伯爵家令嬢の私に逆らったらどうなるかわかってんでしょうね?」
「うわぁ……もしかしてイジメってやつ?」
伯爵家とか弱小貴族とか聞こえたな。
俺は御三家……公爵家のリュクスに転生したから、家の身分とかで文句言われることはいままでなかった。
だがもう少し下の階級の貴族になると、こういった階級マウントがあるようだ。
「あの……もうやめてください!」
お、イジメられてる方の子が強く言った。
いいぞ、負けるな! って……。
「はぁ……生意気なんですけど?」
伯爵家の子は炎の魔法を起動したぞ!?
そして残りの二人は黒髪の子が避けられないように両サイドから羽交い締め!?
おいおい女の子のイジメってここまでやるのかよ!?
「や、やめてくださいっ」
「その見窄らしいドレス、全部燃やしちゃうから!」
いじめっ子は手の平に集約させた炎の魔法を放とうとする。
だが。
「はいストップ」
俺は伯爵家のいじめっ子の腕を掴んで魔法の発動を中止させた。
「伯爵家令嬢の私になんと無礼……なっ!?」
俺の顔を睨んだいじめっ子の顔が青ざめる。
この反応。どうやら俺のことを知っているらしい。
「ま……魔眼の……?」
「きゃああああああ」
「許してくださあああい」
「あ、ちょっと待ちなさい!」
俺が魔眼の子、リュクス・ゼルディアだと知った途端、伯爵令嬢ちゃんの取り巻きだった二人は逃亡した。
「パーティーではしゃぐ気持ちはわかるけどさ……ちょっとやり過ぎだよね?」
「くっ……離しなさい」
「あっ……おい」
しまった。
あんまり痛くならないようにやさしめに掴んでいたから振りほどかれた。
いじめっ子ちゃんはそのまま走って逃げてしまった。
「あいつ……謝らないままで」
顔と伯爵家って情報は得たから、あとで調べておかないとな。それより。
「えっと、大丈夫? 怪我はない?」
まるで夜空のような青いドレスを来た黒髪の女の子。
どこか日本人ぽい雰囲気を纏った美少女は、ぽかんと俺の顔を見つめていた。
「リアクションないけど本当に大丈夫?」
「あわわわ……はい! 大丈夫です……助けて頂き、ありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をする少女。
「わ、私、アズリア・フルリスです。父の爵位が男爵で、それで今日はパーティーに招待していただけました」
「フルリス……」
聞いたことない名前だ。
とんでもなく可愛い子だからもしかして? とも思ったが、ゲームには登場していない子のようだ。
「俺はリュクス。リュクス・ゼルディア。よろしくアズリアさん」
「こ、公爵家令息さま……はわ」
「おっと!」
気絶して倒れそうになるアズリアを支える。
体に触れると「ひゃっ」と悲鳴をあげた。
「ゴメンね。でもあのまま倒れると怪我するかもだし、素敵なドレスが汚れちゃうし」
お母さんに作って貰った大事なドレスと言っていた。俺そういうのに弱いんだよね。
「ああああああありありありがああ」
きっと立場が違い過ぎて緊張しているのだろう。
俺はアズリアをパーティー会場まで引き摺っていき、水を水を飲ませた。
一息つくと、ようやく落ち着いたようだ。
「改めて、アズリア・フルリスです。リュクス様。先ほどは助けていただいて、本当にありがとうございました」
「いやいいって。それより災難だったな。せっかくの楽しい日だってのに、あんな連中に絡まれるなんて」
「いいんです。私の父が元庶民だから……貴族の方々が気にくわないのは当然です」
元庶民……ということは、なんらかの手柄を立てて王から貴族の位を与えられたってことか。
「お父さんは、元々は何を?」
「はい。父は元々、世界各地を回る行商人だったみたいで。それで、前国王様に献上した地元のお菓子が気に入られて男爵位を頂いたんだとか」
「へぇ……優秀な方なんだね」
「そ……そんな公爵令息さまに褒めて頂けるなんて……嬉しいです」
ああ……なんか落ち着く。
というかなんか懐かしい。
というのも、ブレファン世界の住民はみんな顔が西洋風だ。
エリザたちヒロインも、モルガたち使用人もみんなだ。
そんな中、このアズリアは日本人風の顔をしている。
そのためか、酷く郷愁を感じる。クラスで一番可愛かった、片思いだった女の子と再会した気分だ。
うん、この例えはよくわかんないな。
「ええと……リュクス様? そろそろ行かなくていいんですか?」
「え、何が?」
「そろそろダンスタイムが始まります」
「うん、そうだね」
「リュクス様は公爵家令息ですよね? 踊らないとまずいんじゃ?」
え、そうなの?
父からも何も聞いていなかったけど……。
「いや……特に何も言われなかったし大丈夫なはず。それに、ほら……俺、魔眼の子だし。俺が踊ってたら場が白けちゃうし、相手の子にも迷惑だからさ」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。魔眼の子の嫌われっぷりは半端じゃないぜ? みんなには俺が魔物か何かに見えているのさ」
「でも、私には王子様みたいに素敵な男の子に見えました」
「え……? 王子様?」
尋ね返すと、アズリアはボンと音を立てて顔を真っ赤にした。
「あ、あれれれれ私一体何を言っているんだろう!? リュクス様は公爵家のお方で王子ではなくて……」
またあたふたモードになってしまった。
可愛いなこの子。
「ありがとうアズリア。魔眼の子だからって怖がられなかったの、結構嬉しい」
「あわわわわわ」
聞いちゃいねぇ。
また落ち着かせなきゃなと水を飲ませていると、会場が一斉に暗くなった。
人々がぞろぞろと動き、会場の中央にスペースができ、そこに照明が集まる。
そして、数組の貴族の子供達が男女ペアとなって前に出る。
「ダンスタイムが始まったのか……」
どこからともなく曲が流れ、ダンスが始まった。
子供たちのダンスはつたないが初々しくて、楽しそうだ。
曲もいい。
ゲームのどこかで聞いたことあるような懐かしい感じだ。
俺はちらりと王族専用の席を見る。
リィラの姿はない。どうやらゲームのシナリオ通り、会場を抜け出したようだ。
今……王女リィラと主人公レオンはどの辺を探検しているのだろうか。
俺がゲーム時代に見た通りの会話をしているんだろうか。
それとも全く違う会話をしているのか。
ともかく、今この瞬間から、ブレイズファンタジーのストーリーは始まっていくのだ。
「最高の気分だな」
グラスに注いだジュースを飲みながら、楽曲に耳を傾ける。
まるで貴族にでもなったかのような贅沢な気分だ。
あ、俺貴族だったわ。
「はぁ……素敵だな……」
メイド長さんに厳しくダンスを仕込まれた俺にはつたなく見えたが、隣のアズリアはうっとりとした表情でダンスを踊るペアを見ていた。
「随分楽しそうだね」
「だって、貴族様のダンスパーティーだよ!? カッコいい貴族の殿方と踊る……全女の子の憧れだよ! それが見られるなんて……幸せ過ぎるよぉ……です」
完全にため口になっていたのに気付いて最後だけ「です」を付けたアズリア。
別に同い年だしため口でいいんだけど。
曲が進むにつれて、会場全体にあった照れくささのようなものが徐々になくなっていく。
俺たちの周囲でも「僕と踊ってくれませんか?」「よろこんで!」と次々ペアが誕生していく。
「そっか」
こう言っているが……アズリアは今日のパーティーを楽しめたのだろうか?
嫌な女の子たちに絡まれて暴力を振るわれそうになって。
助けてくれたのも魔眼の子という嫌われ者で。
割と最悪な思い出なんじゃないだろうか?
なんか嫌だな。
この最高の日に、嫌な思い出だけ作って帰って行く女の子がいる。
「この子となら……」
踊っても問題ないはず。
ブレイズファンタジーには登場しないこの子なら。
魔眼の子だと知っても気味悪がらないこの子なら。
そう思い、俺は彼女の前にひざまずく。
「アズリア・フルリスさん。俺と――踊ってくれませんか?」
「ひゃっ!? わ、私なんかで……本当にいいんですか?」
「君は俺のことを魔眼の子だなんだと言わなかった。それが凄く嬉しかった……じゃ、ダメかな?」
「嬉しい……私、こんな幸せでいいのかな?」
「幸せになるのに資格とかいらなくない?」
「そうなのかな。ええと……こんな私でよければ……よろこんで!」
アズリアは笑顔で俺の手を取ってくれた。
***
***
ようやく登場人物が出揃いました。
次回から話が動きます。
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