第27話 ヒロインside

 エリザside:ダンスタイムの少し前


「いや~今後とも良好な関係を築いていきたいですな……あっ。え、エリザ様も、とてもご立派になられて」

「ありがとうございます」


 どこかの貴族のおじさんたちが、お父様とお姉様の元に代わる代わるやってきては媚びた挨拶をしていく。

 パーティーが始まってから数時間。ずっとこの調子だ。


 お姉様と殿下の仲はすでに貴族たちの間でも広まりつつある。

 もし本当に殿下とお姉様が婚約すれば、コーラル家の力が増すことになる。そのためか、いつもより多くの人がお父様の元へやってくる。

 必死なのはわかるのだが、やっぱり少し退屈だ。


「ここはいいから、遊びに行ってきたら?」


 少し人が途切れた合間を見計らって、お姉様がそう言った。


「で、でも私もコーラル家の一員として」

「今日は特別な日なんだから、素敵な男の子を見つけてきなさいな。そうだ、リュクスくんなんてどう?」

「な、なんでリュクスと!?」

「なんでって、好きなんでしょう?」

「なななななな」


 誰にも言っていないのに、どうしてお姉様にはバレたんだろう!?


 もしかして魔法だろうか?


 恥ずかしくて何も言えなくなる。


「素直じゃないのにわかりやすいわね。最近のエリザ、私は大好き。だからエリザにも幸せになって欲しいの」

「で……でも。リュクスは私のことなんて……昨日も誘ってくれなかった」


 お祭りの帰り際。

 本当はあの時、リュクスから誘って欲しかった。

 自分ではとても、恥ずかしくて言えないから。


「馬鹿ね。待っているだけじゃダメよエリザ! 自分からぐいぐい行かなくちゃ!」

「じ、自分から……?」

「そうよ。私もね、5年前の今日、自分から殿下にダンスを申し込んだのよ」

「そうなんですか!?」

「うん。とっても緊張したし、とっても恥ずかしかった。でも、勇気を出して良かったって思ってる」


 お姉様はまるで聖母のように微笑んで、私の頭を撫でた。


「お姉様、どうしたんですか? 今日は別人のように優しいです」

「んんん……いつも優しいでしょ? でもまぁ強いて言うなら……貴方が恋のライバルじゃなくなったからかな?」


 お姉様に背中を押されて、私は会場内を探す。


『十年祭のパーティーで踊った男女は将来幸せな結婚をする』


 少女たちの間で密かに流行っているロマンス小説のストーリー。

 昔から何度も何度も読み返したシーン。

 幼いヒーローとヒロインの出会いのシーンだ。


 昔は読む度に、殿下と踊れたらどんなに幸せだろうと思った。

 でも、今は違う少年の顔が思い浮かぶ。


「いない……まったくどこに隠れてるのよ!」


 あの強く優しい手をした少年を探す。


 途中グレム様を見かけたが、その隣には居なかった。


 既にダンスタイムは始まり、いくつかの曲が巡っていく。


 頭の中に、少年との記憶が流れていく。


 思えば私はいつも彼の背中を見ていた。

 それは、彼が力強く私の手を引いてくれたからだ。


 だからもし見つけたら……今度は私があいつの手を取る。


 今度こそ素直に、私の思いを……。


「魔眼の子が踊ってるわよ」

「あんなに素敵な方だったの?」

「カッコいいわ……」


「嘘……」


 ヒソヒソ話す貴族の少女たちの目線の先に、リュクスが居た。

 知らない女と楽しそうに踊るリュクスが。


「お相手はなんという方なのかしら?」

「見たことない子だな」


「誰……誰なのよその子……」


 相手の黒髪の子のうっとりした目。

 夢心地で幸せそうな表情を見た瞬間、理解した。

 あの子もおそらくリュクスのことが好きなのだろう。


 そう考えたとき、胸が締め付けられたように痛くなる。


 ここから消えてしまいたい衝動をなんとか抑える。


 昨日、祭りの後。

 私が勇気を出してあと一歩踏み出せていれば。


 素直に踊って欲しいと言っていれば……。


 あそこに居たのは私だったのかもしれない。


「何よ……私たち、まだ十歳じゃない……ここで勝負が終わるなんて、思わないから!」


 だからこの胸の痛みは忘れない。

 決して……。


***


***


***

クレアside


「あはは、もうダンスタイム始まっちゃってるよ」


 私が混み合った会場に踏み入れると、もう既にダンスタイムが始まっていた。

 数組の男女がぎこちなく踊っている。


「私もダンスを踊りたい!」と付き人さんに言ったのが昨日の夜。屋敷の人たちが大慌てで私用のドレスを用意してくれた。

 みんなには今度、ちゃんとお礼をしないとね。


「さて、リュクスはどこだろう」


 私はお気に入りの男の子の姿を探す。

 可愛いドレスを着て、メイクもしてもらって、髪型も女の子らしくセットしてもらって。


 もしかしたら君は、私だってわからないかもしれないね。


 君は驚くかな?


 似合ってないって笑うかな?


 それとも。


 可愛いって言ってくれるかな?


 言ってくれたら、嬉しいな。


 そう思って会場内を歩いていると、見つけてしまった。


 知らない女の子と踊るリュクスの姿を。


 なんで……? 踊る予定はないって言っていたのに……。


「リュクスのやつ……あんな可愛い子とも知り合いだったんだ。あはは! リュクスも隅に置けないな~。これはダンスが終わったら質問攻めの刑だね……」


 あれ、おかしいな。


 頭がうまく回らないや……。


 さっきまでのワクワクした気持ちが全部吹き飛んじゃった。


 この胸の痛みは……なんなんだろう?


「あはは……なんで浮かれてたんだろう私。こんなドレスなんて用意して貰っちゃってさ。屋敷のみんなと大騒ぎして……はぁ……何やってんだ」


 なんでなのかわからないのに、無性に泣きたい気分だった。

 自分の気持ちが、自分でコントロールできない。


 でもとりあえず今は、このドレスを着ていたくなかった。


「着替えよう……」

 そう思い、パーディー会場を後にした。


***


***


***

アズリアside



 貴族とは言っても、私たちフルリス家の生活は普通の商人さんと変わりません。


 領地も人口600人くらいの小さな村と、何の資源も取れない山がいくつか。


 領主たる父の悩みは若い人が都会に流れていってしまうことだそうです。


 そんな場所で育ったから、私は自分が貴族っていう実感が湧きません。

 だから、この十年祭パーティーの招待状が届いた時は、村のみんなで驚きました。


「都会の女の子たちに負けないくらい可愛いドレスを作ったから! これを着てたのしんできなさい!」


 怖くて渋る私の背中をお母さんが押してくれました。


 初めて見た王都はとてもキラキラしていて。

 街を歩く人たちはみんなおしゃれで偉い人に見えました。


「お父さんは偉い人たちとお話しがあるから……アズリアは同い年の子と遊んでおいで」


 お父さんはこれから偉い人たちと仲良くなるために頑張るそうです。

 領地を持つって大変です。


 私もお友達ができたらお父さんの助けになるかも? そう思って勇気を出して声をかけましたが……。

 みんなに鼻で笑われます。


 どうやら貴族の方々には、私が元庶民ってことはすぐにわかるようです。


 あげくの果てには伯爵令嬢さんを怒らせてしまいました。


「成り上がりの分際で私に声を掛けるなんて……生意気」

「はわわ……」


 このまま処刑されてしまうのでしょうか?


 そう思ったとき、王子様のような男の子が助けてくれました。


 お母さんの作ってくれたドレスを褒めてくれました。


 そして、その子は助けてくれただけじゃなく、私をダンスに誘ってくれました。


 へたっぴな私をやさしくリードしてくれて。


 彼に身を任せているだけで、私までお姫様になったみたいで。


 まるで、夢のような幸せな時間でした。


「今のが最後の曲だったみたいだね」

「うん……」


 ダンスタイムが終わって、私はお姫様から、ただのアズリアに戻ります。


「どうだった……かな?」


 彼は不安そうに言います。

 思えば、彼はいつもそうでした。


 何かを提案するとき。笑顔だけど、ほんのちょっと不安そう。


 多分、自分のことが、あまり好きではないんだと思います。


 だから私は、そんな彼の不安を吹き飛ばしたくて。


 目一杯、元気に言うのです。


「最高に楽しかったです! 私、きっと今日の事は一生忘れません!」


 魔眼の子の伝説なんて関係ない。

 だって私は、彼と出会ってこんなにも満たされて、幸せな気分になったのだから。


 だから、リュクス・ゼルディアくん。


 私が出会った、王子様みたいな素敵な男の子。


 どうかあなたが、自分のことをもっと好きになれますように。


 ささやかに祈るのでした。



***

***

***

は…話動けなかったので今日の夜、もう一本行きます

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