第12話 デニスside
『おお素晴らしい!』
『これが希少属性か!』
『君は我が校の伝説になれるかもしれない』
学園入学当初、私は周囲からこのように持ち上げられていた。
学園始まって以来の雷属性適性持ちという期待を一心に受けていた。
だが入学から数週間でその評価は地に落ちる。
同学年にエレシア・コーラルという才女が居たこともあり、同級生や教師たちからの私の評価は「期待外れ」「基礎すらできない落ちこぼれ」というものへと変化していった。
悔しかった。
雷魔法は文献や資料が少なく制御が難しいのだ。
仕方ないのだ。
だがそんな言い訳は御三家の自分には許されない。だから寝る間も惜しんで努力した。
しかし結果はついてこない。
同学年の殿下やエレシアと常に比較され、貶め続けれる。やがてその評価は父上の耳にも届くだろう。
考えただけで恐ろしい。
なんとか夏の間に挽回せねば。そう思っての帰省だった。
「兄上の魔法が見たいのです!」
弟からそう言われ、私の心は少し和らいだ。昔から雷魔法に感心があった弟は、よく私に魔法を見せてとせがんできていた。
魔眼という呪いを受けて生まれた哀れな子だ。
父からは居ないものとして扱われ、母は自らの命を絶ってその存在を拒絶した。
悪魔召喚などと妄言を言う時期もあったが、私が学園に入ってからは、剣の修行を始めたという。
この世界で頼れるのは自分だけ……そう思ったのだろう。強くなる必要があるとこの年齢で気付いたのだろう。
だがそれは違う。
お前には頼れる兄がいるのだと、気付いて欲しい。
そう思っていたのだが。
「は、はは……お兄様の魔法は凄いです」
私の魔法を見た後、弟は失望したようにそう言った。
失望しつつも、しかし兄である私を傷つけないように取り繕うような態度を取った。
その瞬間、私の中で何かが弾けた。
初めは弟に対する怒りかと思った。だが違う。この湧き上がる力は自分の不甲斐なさへの怒りだ。
弟に気を使わせてしまった自分への怒りだ。
だから私は変わらねばならない。
学園の成績など最早どうでもいい。私の魔法を無邪気にはしゃいで楽しんでいた弟の笑顔を取り戻す。
お前にもこんなに頼れる味方がいるのだと、知って欲しい。
最後まで期待してくれていた弟の思いだけは、裏切ることはできない。
私はその一心で研究と鍛錬に挑んだ。
***
夏も終わりに近づいてきた頃。
屋敷から離れた訓練場に弟を呼びだした。
「兄上……一体どうしたのですか?」
「ふぅん。先月、お前に見せた魔法サンダーボルト。あれは私の全力ではなかった」
「そ、そうなのですか?」
「そうだ。今からこの私の全力を見せてやろう……いくぞ」
私は杖を天に掲げ、全神経を集中させる。
この一ヶ月、厳しい鍛錬と研究のお陰で魔力量は信じられないほど増加した。
後はその魔力を魔法へと変換し解き放つのみ。
「見ているがいいリュクス――捌きの雷・ジャッジメントサンダー!」
発動と同時、天から雷が降り注ぐ。そして、訓練場の地面を抉った。
成功だ。
どうだ?
私はお前の期待には応えられたか弟よ……?
「す……凄いです! これほどの破壊力を持つ魔法を扱えるなんて!」
「ふぅんそうだろう。これが私の全力だ」
「もっと色々な魔法が見たいです!」
「そうかそうか。では今日は私の魔力が尽きるまでやってやろう」
弟の目を見て、兄としての威厳を守れたことを確信する。
不気味な魔眼の奥に、それでも微かな輝きがあったからだ。
憧れという小さな小さな輝きが。
***
***
***
リュクス視点
部屋に戻ると、俺はベッドにダイブした。
兄であるデニスが披露してくれた多くの魔法を観察した結果、コピーには成功したものの、全身に疲労感が漂っている。
そんな俺をいたわるように、モルガが言った。
「お疲れ様ですリュクス様。お目当ての魔法を見ることはできましたか?」
「うん、凄かったよ兄さんは」
まさか雷属性最強魔法であるジャッジメントサンダーまで使えるようになっているとは思いもしなかった。
「ここ一ヶ月、頑張ってもんな……」
「それを言うならリュクス様だって、この一ヶ月頑張っていたじゃないですか」
「まぁね」
この一ヶ月、俺は兄にバレないようにこっそりと、デニス強化作戦を実行していた。
イミテーションで作り出したコピー料理をばれないように食事に混ぜたり。
時にはモルガたちに頼んで差し入れの水として飲ませたり。
お陰でデニスの能力は急激に上昇していった。
「ふふ、全てリュクスさまのお陰ですね。デニスさまも優秀な弟を持たれて幸せでしょう」
「いや」
俺はモルガの言葉に首を振った。
「確かに裏からいろいろサポートはしたけど、あれほど上達したのは兄さんの努力の成果だよ。本当に凄い人だ」
ゲームでのブレファンを知っているからこそわかる。
主人公ですら習得できない魔法をこの短期間で習得したデニスの凄さが。
「さて、夕飯まで少し寝ようかな……色々な魔法をコピーしたから疲れてしまったよ」
「では添い寝してあげましょうか?」
「いや出て行ってもろて……ん?」
その時、ドアがノックされた。入ってと促すと、メイド見習いのデポンが手紙を持っていた。
「リュクス様宛に手紙が届きました」
「手紙?」
「はい。おそらく、十年祭のお知らせかと」
「十年祭……!」
ついに来たか。
十年祭。
主人公とメインヒロインである王女リィラ・スカーレットとの幼い日の出会いが書かれるプロローグ的なイベント。
他にも何人かのヒロインが参加する超重要なイベントだ。
「手紙には剣術大会参加申し込み書も入っておりましたが……」
「参加! 絶対参加する!」
十年祭。
毎年王都にて開催され、その年に10歳を迎える子供たちの成長と健康を祝うお祭りである。
祭りは三日間続き、さらに貴族たちは王城で開催されるパーティーにも出席できる。
少し早いが社交界デビューも兼ねているのだ。
そして初日に開催される剣術大会ではヒロインの一人であるクレア・ウィンゲートが出場する。
王国騎士団長総帥の娘であるクレアは剣の天才で、その腕前と剣戟スキル数は主人公を抜いてゲーム中最強。
最強のプレイアブルキャラクターだ。
リュクスはそんなクレアと剣術大会の決勝でぶつかり、魔眼によるデバフ付与という反則をしながらも実力で負けたという設定がある。
クレアルートのリュクスはその時のことを一方的に恨んでおり、主人公とクレアの中を引き裂こうとしてくる。
だが当然俺は卑怯な真似はしない。
純粋に剣の腕を競いたい所存である。
ジョリスの地獄みたいなトレーニングに耐えてきたのも、この剣術大会で確実に決勝まで勝ち上がるために他ならない。
「リュクス様? 震えているようですが……?」
「震え? ああ大丈夫。これは武者震いってやつだ」
「むしゃ?」
興奮で全身が震える。
「ようやくだ……ようやく始まるんだ」
王女様やクレア、そして主人公にも会える。そんなブレイズファンタジー最初のイベントがもう目の前まで迫っていた。
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