【第27話】巨大、神、旋刃
巨大司祭マヤテラの拳が砲弾となってパラレア大教会に突き刺さる。
どこに誰がいるかも把握してない一撃が辺り一面を巻き込んであらゆる物を粉砕した。
人類史上かつてない大規模で大雑把なパンチだ。
実は生き残り髪の毛をプスプスにして柱の陰に身を隠していたゴブルと青いハイゴブリンも津波のようなドパッとした衝撃波に吹き飛ばされた。
大教会は基礎部の根底から揺れる。
しかし倒れない。
鉄筋が吹き飛ばれた位置に次々と肉の柱が突き刺さり補強されたからだ。
「蝗が飛んだ―――…、ラッパが吹かれた―――…、生誕と死来が同居する地に―――…、
聖地に輪っか形状の雲が形成された。
青空が黄色く染まっていく。
教皇ラスの声が天から囁かれ大教会の両端から巨大な翼が生えていった。
マヤテラ大司祭に対抗するための兵器である。
「グルルルル!!」
巨人がまた一度鉄槌を穿つべく拳を握った。
「メリッサ、ラナの居場所を特定して」
「既に。聖女ラナは最上階にいます」
ゆっくり探してやるつもりだったがこうなっては致し方ない。
この地には予想外の怪物が生まれてしまった。
「コルトミューラに暴れないよう指示を出しますか?」
「いやいい。彼には教皇ラスの相手をしてもらっておこう」
コルトミューラは他に赤青黄いたハイゴブリンの骨のやつだ。
名称、蟲蟲蟲の魔王コルトミューラ。
メリッサたちが比較的近年生まれた魔王に対し彼はとても昔の魔王らしい。
黒の王が誕生すると魔王鎮魂空間の奥の方から骨になった状態で現れた。
意思疎通は不可能。ただ虫のような単純な思考回路で王であるゴブルに使役されている。
魔王百足も彼とメリッサの合同制作のもと生み出されたものである。
大司祭マヤテラは彼によって動かされていた。
「聖女ラナの傍には第一王子ハローィがいます。最上階のテラスに出たようです」
廊下をいそいそと歩くのは美しいメイドの女だった。
長い青い髪にメイド服。術式の魔王メリッサである。
窮地を奪取するため本気を出すのに元の人の姿に戻っていた。
少し胸のあたりの露出度が高いのは王の好みに合わせているためである。
「テラスにか…。ラナは無事なんだな?教皇に吸収されてたりしている訳ではないんだね?」
「良健康状態ですよ」
メリッサの前を歩くのはゴブルだ。
ところどころ焦げている。
よかった…と漏らしたゴブルにメリッサは複雑そうな顔をした。
「聖女の無事を案じておられるのですか…?」
「えっ?あ!え?」
好きな子を言い当てられた少年のような反応だった。
「それは…、そりゃあ自分の手で復讐したいからだよ。ほらここまでやって勝手に死なれてちゃがっかりじゃないか」
「黒の王はまだ愛しておられるのですね」
建物が揺れパラパラと破片が落ちてくる通路で青いメリッサは言った。
少しの間だけ沈黙が続く。
「…それはないよ。ラナは僕を裏切ったんだ。好きじゃない」
ウソです。とはメリッサは言葉にしなかった。
ほんのちょっぴりの意地悪だった。
こんなにも想ってくれている女が近くにいるのに昔の女の尻を追う彼への可愛い仕返しである。
自分ならゴブリンの姿を模すことだって厭わないというのに、まったく。
―――本当に復讐するつもりならいい。
―――本当は会いたいだけなんですよね?
口にしなくてもゴブルには通じていた。
深い絆で結ばれた主従の間には心のホットラインが繋がるのだ。
「今は君たちが僕の一番だよ」
「そういうのを聞きたかったわけじゃございません!」
そうは言うが嬉しそうだ。
ふふ、まったくメリッサは妬みっ子だな。とゴブルは思って微笑ましくなった。
そこが可愛いんだけどね。
メリッサからの好感度がかなり高いことには気づいている。
ゴブルは鈍感ではない。
だがまだ想いに応えることはできなかった。
彼には何より優先されるやるべきことがある。
ドゴン!!
目の前を拳の急行列車が通過した!!
またまたゴブルとメリッサは吹き飛ばされた。
二人は通路を転がる。
風圧でメイド服のスカートが捲れた。ガーターベルトだ。
パンツに目に行ってしまったゴブルは受け身を取り損ねて瓦礫に頭をぶつけてしまった。
「コルトミューラ!!あいつ黒の王がいるというのにお構いなしに…!!」
「いてて…」
直撃しなかったのは運が良かった。
大教会にはまた大きな風穴が空いた。
肉柱が補強しに突き刺さるが教皇ラスの顔はすべてマヤテラ大司祭の方へ向かっている。
おかげでゴブルたちには気づいていないようだった。
「でもこれじゃ、この道はもう通れないな」
「黒の王!最上階のラナと第一王子の様子がおかしいです!」
「なに!?大丈夫なのか、どうしたんだ」
「それが位置が…、テラスの端ギリギリに…、何をするつもり…?あっ!二人とも落ちました!」
「落ちた!?無理心中か!?」
マヤテラ大司祭の強襲を見て、もうどうにもならないと身を投じることにしたのだろうか。
それはダメだ。
それは素敵すぎる。愛する二人が儚くも共に死を選び共に死ぬなんて。
あまりにもロマンティックすぎる死に方だ。
ラナがそんな風に死ぬなんて認められない。
ちょうどよく空いた巨大な風穴を利用してゴブルは外へ駆け寄った。
―――宙を天使が翼を広げて舞い降りていた。
それは落下ではなく滑空。
【麗しき織天使】の羽を広げてラナはハローィの手を掴んで空を舞い落ちていたのだ。
その様は美しくて感動を覚えるようなありがたさすら感じる画だった。
「ラナ…」
「黒の王危険です。下がってください」
外では巨大マヤテラ大司祭が暴れている。
蟲程度の知恵しかないコルトミューラは王が見えようとお構いなしに攻撃を仕掛けてくる。
しかしゴブルはそこから飛び降りようとした。
目的のラナは下にいる。その方が手っ取り早い。
メリッサの停止を聞かず一歩落ちるために歩を進めた時だった。
「クヒヒ…」
ガシュッ!と空を駆ける者によってゴブルは斬られた。
「え?」
「黒の王!」
とっさにメリッサがゴブルの腕を引っ張って落下するのを防いだ。
それは空を飛んでいるわけではない、大教会の側面に立つ者だった。
「リバルの言っていた通りだったでさ…。元凶は必ず現れる…。この全部を裏で画策していた奴は必ずやってくるはずだとさ…。一目見て分かったでさ…。お前が…、お前が…!!お前が…ッ!!!!!」
凹凸のほぼないガラス面に屈んだ状態で張り付く女は目にも見えない速さで壁を疾駆する。
「私は【
一振りの剣は細身の彼女には手に余る大きさだったがスピードがすべてを補う。
重力に逆らい走る神速の剣技。
一昔前王都含め諸国を恐れさせた暗殺の一刃、暗い旋律のクガク。
何よりも早く確実に命を絶つが為、傷ついたゴブルへ彼女の剣が迫った。
◆
何も【見す者】ロテテモがウソを付いていたわけではない。
三人の生存者はラナとハローィとクガクであった。
教皇ラスはもはやロテテモの定義する人の範疇にいなかっただけだ。
大教会に生えた翼が空気を仰いだ。
突風が刃となって周辺の建物を切り裂きながらマヤテラを襲う。
だが傷つけたのは薄皮一枚であった。
当然である。マヤテラ大司祭の肉体は魔王コルトミューラによって強化されているからだ。
具体的に言うと皮膚下に固い甲虫が敷き詰めることで単純な防御力を上げていた。
しかし今の教皇ラスの攻撃には別の意図が隠されていた。
ただ単に少しの時間が欲しかっただけである。
十数秒ほどの隙、力を溜める時間を。
大司祭との間が空くと、大教会の正面に肉が湧いて顔が形成された。
教皇ラスの五十メートル大の顔だ。
「哀れな―――…。大司祭マヤテラ―――、眠れ―――…」
口から凝縮された【聖櫃】の極大光線攻撃が放たれた。
マヤテラの胸に穴が開く。
背後のレレーダに激しい火柱が立った。
数百万のグールが今の一撃で灰燼に消えた。
一撃で地形も景色も変わっていく。
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