【第24話】血の杯チダー


夜。パラレア大教会上層階。

【六角王の栄剣】団長リバルと副長クガクはハローィとラナの過ごす部屋の前に並んでいた。

第一王子の身辺警護作業である。


クガクが昼間あった集団自殺に不自然な点がいくつかあったことを話していた。

もしかすると誰かが仕組んだ…、何者かによる犯行なのではないかと。

怪しい素振りは見せていなかったがあの太った枢機卿が怪しいと彼女は言った。


しかしリバルは軽く受け流した。

この生存者の中に殺人鬼がいるかもしれないのにまるで他人事のようだ。

真剣に考えろとクガクが苦言を申しあげた。


「大丈夫よ。教会側も分かっているはず。預かっている王子様だけは何があっても無事に帰さなきゃいけないことはね」


全国各地に信者を持つフェスタリア教の影響力は国王にとっても無視できない不安の種である。

聖地がこうなってしまった以上、ハローィとラナが婚姻して子を作り血の繋がった身内にでもならなければこれを機に潰されてしまうのが必然であろう。


だから教会サイドに殺人鬼がいたとしても王子には手は出さないはずだ。


教会の人間が教会の人間を消して減る分には危険視しなくていい。


「血も涙もないことを言うけれど私としてはこっちに手を出さないのならもっと殺人鬼さんには頑張ってもらいたいところよ。少なくとも今日の集団自殺で食料には余裕ができたんだから。王都からの救助はいつになるか分からないんだしね」


二百人から二十三人になった大教会の生存者。

食料は二百人から二十三人で分けることになった。単純計算で十倍だ。


それでも切り詰めて二週間分程度の食料だ。


「貴女は救助部隊がグールに勝てると思う?」


二人の立つ位置からは窓の外を眺めることができた。

眼下に広がる夜景には帰路に付かず延々と歩き迷う黒い蠢きが見えている。


クガクの質問への回答は認めたくはないがだった。


噛まれて感染するなんて初見殺し。

情報がない状態でやってきた先行部隊はきっとすぐ壊滅するだろう。

(いつかは弱点を見つけるなりして突破できるのだろうが)


「ふふ…、だから私はもっと減ると思うわよ」


   ◆


大司祭の一人【薬血の杯】チダーは部屋に籠って作業に没頭していた。


束ねられたブロンドの髪、透き通った蒼い瞳、分け隔てなく平等に人を愛する女性大司祭だ。


チダーは大発生したグールの正体はだと推理していた。

アレらは悪霊特攻の【聖櫃アーク】が通用せず、噛まれれば感染するというグールのようでグールではない他の何かだが、新種の病の一種だとしたら説明ができる。

人をグールのようにしてしまう病気、感染症なのだ。


確証はないがもしその予想が当たっていれば彼女の領分であった。


大司祭チダーの奇跡は病人の血を経口接種しその人に合った特効薬を己の血から精製できた。

ガンや成人病にすら効く薬を作れた。


つまりグールの血さえ手に入れればチダーはグールという状態を治せる血清を作れた。


問題はそのグールの血をどこで採取してくるかだったが、その点は既にクリアしていた。


「ウググ…」


彼女はグールに噛まれていた。


あの日リカリシュー内にもグールが湧いたと報告があった時、リスコイン枢機卿は即大教会内にいた者たちに上階への避難を促し、外から逃げ込んできた後続が続く前に【聖糸結界】ダイラ大司祭にすべての階段を封鎖させていた。


チダーはあの時腰の悪い老婆を見捨てきれず下の階に取り残されていた。


「ごめんなさいごめんなさい…、チダー様…、私なんかのためにねぇ…」


「大丈夫ですよ!どうにかなります!」


そうは言っても大教会に逃げてきた者らの中からグールが発生したのを目撃してチダーは恐怖していた。

パニックになった人たちの波に押し流されて部屋の端に追いやられる。

無力さを痛感しながら壁に身を寄せた。


すると窓辺に【見す者】ロテテモがいた。


「ア…、アア…」


女は恐怖で言葉が出なかった。

対して老人は阿鼻叫喚の地獄をいつも通りの様子で過ごしヨガの聖地猿のポーズをとっていた。


「右の通路からすぐ先の小階段はまだ使えるぞ」


そこから先はチダー自身何があったかは覚えていない。無我夢中だった。

気が付けばこの部屋にいた。


きっとロテテモの言う小階段を使って上がってきたのだろう…。

そして右手には血の垂れる噛まれた跡があった。


「ウガガ…」


噛まれたことは問題ではなかった。

病気ならば彼女は奇跡の副次的効果で発症することはない。

病原体もどんな形でも体内に摂取さえできればよかった。


精製には時間がいった。

そのあいだ彼女は体調の記録を残すことにした。


【―――sつtっよいUなぜtytyな~~なぜ見捨てた。見捨てた。三日目私の頭痛は常に痛い。見捨てたのはロテテモ。私が見捨てた。なぜここにロテテモさん大司祭がいない。sれは私が見捨てたからだ。いちふいhklj、おばあさnごめんなsssいt。みすてた見捨てた―――】


書いているつもりだったのだろう。


その作業をリスコイン枢機卿は背後から覗いてゾッとした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る