【第23話】駆け引き

集まってきた人間たちは大広間の大ドアの前から中の様子を探る。

動く死体を嫌というほど見てきた彼らは部屋に入ろうとはしなかった。


ピクリとも動かないテーブルに突っ伏す人たちと首を吊ったトト大司祭を見れば何があったかは容易に想像できた。

念のため聖医師ヤマラがドアから近い位置に座っていた数人の脈をとり「残念ながら…」と首を振る。

そしてコソコソと足音を立てず外へ戻ってきた。


グールに包囲されたパラレア大教会で起きた集団自殺、大司祭トトの死、意外に一番ショックを受けていたのは第一王子ハローィだった。


「なぜだ…、トト大司祭…。なぜ自らの命を捨てたのだ」


歳が近い二人は気の合う友人関係だった。

第一王子直々に結婚式の神父をやってほしいと頼んでいたほどにだ。


「ハローィ…」


ラナが心配そうな目を向ける。


トトは奇跡を持たないと噂されていた大司祭だった。

誰も権能を行使するところを見たことがなかったためである。


しかし彼に大司祭である資格がないとの言葉を向けた者は一人もいなかった。


立派な奇跡を示さずともなくとも有り余る人徳があったからだ。


「ハローィ殿…、大丈夫ですか」


「リスコイン枢機卿…。狼狽えてしまったな、お恥ずかしい…」


「いえいえ気持ちは分かります…」


誰もが認める聖職者に相応しい人格者。

だからこそ枢機卿リスコインは大司祭トトを殺していた。


彼にとって恐ろしいのは若い者らが徒党を組んでしまうことだった。


そうなれば必然的に立場が弱まっていくのはリスコインのような普段若さを見下し偉そうにしている汚い金で肥えてきたおじさんである。

籠城が長期戦となった場合、限られた食料を最初に分け与えられなくなっていたのは彼になっていたことは間違いなかっただろう。逆の立場なら絶対そうするのでリスコインは確信していた。


しかしそれらを危惧する必要はなくなった。


王都サイドと聖地サイドの橋渡しをできたトトが排除できてしまえば第一王子も怖くはない。

どれだけ偉かろうと王子にとってここはアウェーだ。

外様に人をことはできない。


「ここはすぐ封鎖しましょう…。もしかしたらグールが湧くかもしれない」


「トト大司祭をあのままにするのか…?」


「第一王子…。気持ちは分かりますが危険です。私だって無念だ…」


「くッ…」


その証拠に場をコントロールしているのはリスコインだ。


笑うことを我慢する。全てが思惑通りに進んでいた。


もはや百八十名程度の死を重く考える者はこの場にはいない。

「また悲劇か…」と言いたげな様子で集団自殺に用いたやり方も道具も分からないなら分からないままでも別にいいといった感じだ。

トトの死に様やリスコインの「集団自殺」というワードで疲れ切った彼らは納得してしまっていた。

それよりもグールが湧かないかの不安の方が強くあった。


神に仕える者が自殺を?なんて疑問を抱いた者もいたが、グールに感染して死を冒涜されるよりはマシな死に方だよなと勝手に納得してしまう有様だ。


しかしこのおかげで直面していた食糧問題も危機は遠のいたことになる。

ここで死んでいる者の数だけ自分の食べ物の取り分は増えたことになるのだ。

誰も言葉にはしないがむしろ残された者にとってこれはラッキーなことであった。

わざわざ野暮な突っ込みを入れる空気の読めない者はいなかった。


人は辛いとき自分の都合に良い事だけを取捨選択してしまう生き物なのである。

それをリスコインは痛いほど熟知していた。どこまでも人は愚かなのだ。


「それでは…」


ドアを閉める前にリスコインが代表して祈りを捧げる。


「導かれた御霊たちに、フェザール―――…」


臭い物に蓋がされるようにドアは木材で固く封鎖された。

これで事件の真相に辿り着けることは誰にもできない。


神の寵愛を受けていない彼が聖地ナンバー.2の座にいるのはこうやって常に先手先手を取ってきたからである。


―――もしもそんな謀略のプロたる男と渡り合える者がいるとすれば、


「クヒヒ…、これは変でさぁ」


それは王宮内の魑魅魍魎たちから王子を守り抜いてきた騎士であろうか。




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